第五話 晴れた街道
結局天候が回復したのは翌々日で、ウィリアムズ伯爵邸には二泊することになった。お陰でババ抜きと大富豪まで教えることが出来たので、結果的にはよかったのかも知れない。
もっとも伯爵も婦人ももっと降り続ければよかったのになどと、優弥一行の旅立ちをとても残念がっていた。五人の令息令嬢たちも、別れを惜しんでいたのは言うまでもない。
「トランプの設計図は完成させましたので、職人に作らせてみて下さい」
「承知した」
ちなみにエースは勇者、絵札のキングは国王、クイーンは王妃、ジャックは王太子として描かれることになった。国王の許可はトランプ製造を開始する前に伯爵が取りつけるとのことだ。さすがに無許可で王族を模したカードは作れないらしい。
余談だが大富豪のルールは国王には言えないと、伯爵が頭を抱えていたのには笑えた。
「そのうち他のゲームも手紙でお知らせしましょう」
「うむ。楽しみに待っておるからな」
「それでは閣下、奥様、皆様も大変お世話になりました」
「うむぅ、やはり帰ってしまわれるのか」
「申し訳ありません」
「仕方がない。次はぜひもっとゆっくり遊びに来てくれ。貴殿らならいつでも大歓迎だ」
「ありがとうございます。ぜひそうさせて頂きます」
「必ずだぞ。むろんユウヤ・ハセミ殿として参られるがいい」
「お心遣い、感謝致します」
「ポーラちゃんもソフィアちゃんも、シンディーちゃんもニコラちゃんもきっとまた連れてきてもらうのよ」
「「「「はい!」」」」
一行の馬車が走り出すとウィリアムズ伯爵家の面々が、使用人まで総出で手を振って見送っていた。
「おお、君はあの時の!」
ピターバラの門に差しかかったところで、優弥たちの馬車を見た門番の兵士が声をかけてきた。入門の際に宿の心配をしてくれた兵士である。
優弥は直接顔を見たり話をしたりはしていなかったが、御者を務めているのが同じシンディーだったので気づいたのだろう。
(女性の御者は珍しいみたいだからな)
「どこかいい場所が見つかったのか?」
「はい。たまたま知り合いがいましたので、そこに泊めてもらいました」
「そうかい、そりゃよかった。心配してたんだぜ」
「ありがとうございます」
「飲みに誘おうと思って探したんだが、君どころか馬車も見つけられなかったよ」
「すみません」
ところでその門だが、優弥一行が伯爵邸に泊めてもらうきっかけとなった大きな商隊の馬車が列を成していた。このままでは町を出るだけで相当な時間を要することになりそうだ。
しかも無事に出られたとして、彼らも王都に向かうようなので大渋滞に巻き込まれるのは避けられそうにない。荷を積んだ商隊の馬車は速度が遅いからだ。
「悪いな。アイツらの検問はただでさえ時間がかかるのに、ある程度まとまらないと出立しようとしないから、余計に混んじまってるんだ」
「いえ、仕方ありません」
それを聞いて優弥がシンディーに、耳を貸せと指でサインを送る。
「あの、兵隊さん」
「兵隊さんなんてよしてくれ。俺はカールってんだ」
「失礼しました。私はシンディーと申します」
「おお! シンディー! シンディーちゃんてえのか! それでなんだい?」
「門はあそこしかないんですか?」
「いや、ご領主様専用の門と領主軍用の門ならあるが……」
「でしたらそのどちらかを通して頂けませんか?」
「あっはっは! いくらシンディーちゃんの頼みでもそれは聞けないよ。そんなことをしたら俺の首が飛んじまう」
「なら、これでいかがですか?」
「うん? これは……ウィリアムズ家の紋章……?」
シンディーがカールに見せたのは、美しい紋章が刻まれた名刺サイズの金のプレートだった。ブレンドン伯爵から別れ際に授かった、後ろ盾を約束するという証である。先ほど優弥から耳打ちされた時に手渡された物だ。
名門貴族であるウィリアムズ家は、同じ伯爵位でもサットン家とは格が違う。そのサットン家と仲が悪いとされるテイラー侯爵家すら一目置くほどなのだ。故に王都でも十分な威光を発揮するだろうが、それが領内であればなおさらである。効果は絶大と言っていい。
カールの顔から血の気が引いたのも無理からぬことだった。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくれ! まさかシンディーちゃん……シンディー様は貴族様なのでしゅか?」
(むさいヤローが噛んでんじゃねえよ)
「いえ、私は旦那様方の護衛として雇われている者です。こちらのプレートは旦那様がブレンドン伯爵閣下より頂かれました」
「そ、そうか。少し待ってくれ。俺一人じゃ判断出来ねえ」
「分かりました。でも……」
「でも?」
「あまり待たせないで下さいね。私の旦那様はそれほど気の長い方ではありませんので」
「しゅ、しゅぐにしぇ、責任者を呼んできましゅ!」
キャビンの中では、三人の女の子たちが一斉に吹き出していた。優弥は平手打ち覚悟でシンディーにエッチなお仕置きをするしかないと考えたが、そのせいでソフィアに嫌われたら元も子もないと思い直す。
カールが走り去ってから間もなく門兵の責任者が現れ、プレートを確認すると領主軍用の門を通された。それを見ていた商隊の者たちが文句を言っていたが、集まった兵士に剣を向けられ渋々引き下がったようだ。
(お前らのせいでこっちはえらい迷惑を被ってんだよ)
ところが門を出たところで、商隊の馬車三台に進路を塞がれていた。特別に通してもらった領主軍用の門はすぐに閉ざされ、近くに門兵もいない。つまり陰湿な嫌がらせである。さすがにこれには優弥はもちろんのこと女性陣も激怒した。
「お前たち、舐めたマネしてくれるじゃねえか」
キャビンから飛び出た優弥は、相手の馬車に向かって大声を張り上げた。しかしそれぞれの馬車の御者たちは、ただニヤついているだけである。
「ふーん、ケンカ売ろうってんだ」
「ケンカ? 何のことです? 我々はここで仲間たちが出てくるのを待っているだけですよ」
「そうか。なら悪いが道を空けて通してくれないかな」
「申し訳ありませんが勝手に動くと怒られますので」
「なるほど。それじゃ仕方ないか」
「分かって頂けたようで何よりです」
「俺はちゃんと話し合いで解決しようとしたからな」
「はい?」
彼の言葉は連れの女性陣に向けたものだったが、窓から覗いた彼女たちの表情はまさにやっちゃえ、というものだった。
「あ、そうだ。お前たちの商隊、どこの商会に属してるんだ?」
「エバンズ商会ですよ。王国で一番大きな商会です。聞いたことはありませんか? 苦情を言われても貴方のような個人の言うことなど取り合ってもらえませんから」
「苦情? どうして俺がそんなことをすると? アンタらの動けない事情は理解したぞ」
「そ、そうですか。ならよかったです」
「ただ、俺から一つ忠告しておこう」
「忠告?」
「馬はちゃんと躾けておいた方がいいと思うぞ」
言うと彼はビー玉ほどの小石を三つ、無限クローゼットから取り出して、商会の馬車馬の尻に向けて弾いた。馬が可哀想なのでめり込まないようにSTRを加減したが、痛みを与えるには十分なはずだ。
予想通り効果は抜群で、三頭の馬は
(もしかして一頭だけでよかったか?)
さすがにちょっとやり過ぎたかと思ったが、女性陣が親指を立ててグッジョブとサインを送ってきたので、彼も親指を立てていい笑顔で返した。
もはや王都へと続く晴れやかな空の下に、優弥たちの行く手を遮る物は何もなかった。
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