第三話 大金貨

「ようこそ参られた。当家の招きに応じてもらえたこと、感謝申し上げる」


 玄関ホールの奥には幅の広い数段の階段があり、踊り場から左右に分かれてさらに階段が続く。そこまで赤い絨毯が敷かれており、両脇には一糸乱れぬ四十五度に腰を折ったメイドたちが十人ずつ。


 そして真正面には艶々したグレーの生地で出来たスーツを着た男性と、派手さはないが仕立てのよさそうな水色のドレスを纏った女性が立っていた。

 ブレンドン・ウィリアムズ伯爵と、その妻だと思われる。


 伯爵はスラリとした長身で、ヘアスタイルはツーブロックのイケオジといった感じだ。髭は生やしておらず清潔感に溢れている。年は四十代半ばくらいだろうか。


 一方の夫人は三十代後半と思われるが、小柄であるにも関わらずウエストがキュッと締まっている。加えてメロンほどありそうな双丘が殊更に存在を主張していた。


「こちらこそ、困っていたところをお招き頂き感謝します。あー、あんまりかしこまった言葉遣いが出来ませんので、無礼があればお許し下さい」

(ソフィアもポーラも、吹き出してるんじゃねえ!)


 二人は普段の優弥からは想像もつかない言葉が飛び出したので、笑いを堪えるのに必死のようだった。


「どうかお気になさらずに。いつも通りで構いませんわよ。お疲れでしょう? チャド、皆様をお部屋にご案内なさい」

「かしこまりました」


 邸も大きかったが、割り当てられた部屋もだだっ広かった。優弥が通された部屋のベッドは、ソフィアたち四人と並んでも充分に寝られるほどだ。


 ちなみに一人一人に部屋を用意してくれていたが、落ち着かないとの理由で四人は一部屋にまとまることにしたらしい。

(俺もあっちに行きたい……)


 その後の夕食には伯爵夫妻の他に、二人の息子と三人の娘も同席した。会話は雑談がメインで、特に何かを探ろうという意思は感じられなかった。


「ポーラさんとソフィアさんはユウヤさんと一緒にお住まいなんですね」

「ええ、まあ……」


「普段はどんなことをされているんですか?」


「私は職業紹介所で働いてます。ソフィアは家事とお昼に宿屋の食堂で給仕の仕事を」

「私たちはソフィアの護衛が主な任務です」


 これには伯爵家全員の頭にクエスチョンマークが見えた。ポーラはまだいいとして、護衛対象のソフィアが家事や給仕をしているというところが疑問だったようだ。


「あの、使用人は雇っていないんですか?」

「平民で使用人を雇えるのはよほどの金持ちか、大きな商家くらいですよ」


「知りませんでした。もっと色々教えて下さい!」


 長男以外の次男と三人の令嬢は庶民の暮らしに興味津々で、ソフィアたちを質問攻めにしている。ポーラから救出を願う視線が飛んできたが、最初の挨拶の時に笑った罰として彼は素知らぬフリでやり過ごした。


 食事が終わっても質問攻めが続いていたので、彼がこっそり部屋に戻ろうとしたところで伯爵に呼び止められ、会議室へと連れていかれた。


 壁際には数人の兵士が控えており、上座に伯爵夫妻と長男。下座に優弥という位置関係で各々が着席する。


「ユウヤ・ハセミ様。改めて、当家の招きに応じて頂いたこと感謝致しますわ」


 最初に口を開いたのは伯爵夫人のエルシィだった。


「いえ、こちらこそ助かりました。食事に部屋までご用意頂き、心から感謝致します」


「はっはっは! なんのこれしき。ユウヤ・ハセミ殿が当家にもたらした一角鹿の角に比べたら、領地の一部を差し上げても足りないほどだよ」

「希少種とは聞いてましたけど、そんなになんですか?」


「最後に我が領内で一角鹿が捕らえられてから、少なくとも五十年以上は経っている。私が産まれる前の話だからな」

「なるほど……」


(シンディーとニコラが狩ったのはわりと最近みたいだけど、角のことは何も言ってなかったな。メスだから角がなかったとか)


「宿の主人は肉も届けてくれてな。絶品だった。ユウヤ・ハセミ殿も食したと聞いたぞ」

「確かに思わず笑っちゃうくらい美味かったですね!」


「そうか、笑っちゃうくらいだったか!」

「あなた!」

「おっと、いかんいかん」


 妻に窘められた伯爵は、そこで居住まいを正した。


「まずは謝罪だ」

「謝罪、ですか?」


「鉱山ロードである貴殿は貴族商会の招待や訪問を禁じていると聞いている。にも拘わらず呼び立ててしまって申し訳なく思っている」


「ああ、それなら肩書きではなく俺個人としての招きだったのと、一角鹿の角の礼ということでしたのでありがたく受けさせて頂きました。ですからどうかお気になさらずに」


「ふむ。聞いていたのとはだいぶ違うな」

「何がです?」


「ホール宰相閣下を言葉でねじ伏せ、アスレア帝国から流れてきた夜盗を殲滅し、王都のキャベンディッシュ剣術道場を閉場に追いやったそうじゃないか。どれほど恐ろしい人物なのかと肝を冷やしたが、実際に会ってみれば極普通の良識のある青年だった」


「あの、伯爵閣下」

「うん?」


「その良識ある云々のくだり、ポーラたちにもよく聞かせてやって下さい」

「はっはっは! 尻に敷かれているようだな」


「あなた! 鉱山ロードの称号を得た方は、そこのユウヤ・ハセミ様を含めても有史以来わずか三人なのですよ。極普通だなんて、失礼ではありませんか」

「そ、そうだな、すまんすまん」


「いやいや、奥様。俺自身は普通のつもりですから。それと俺のことはどうぞ優弥とお呼び下さい」

「まあ。ではそういうことにしておきましょうか。お名前の件は承知致しました」


「ユアン、あれを」

「はい、父上」


 ユアンと呼ばれたのは同席している息子である。弟の方はここにはいない。自分の姉妹も含めた女性陣と楽しく歓談中なのだろう。

(ちくせう)


「ユウヤ様、こちらをお納め下さい」


 そう言ってユアンがテーブルの上に置いたのは、美しい装飾が施された四角い箱と、以前にも見覚えのあるサッカーボールほどに膨らんだ麻袋だった。箱の大きさはブルーレイディスクのケースほどだが、厚みが十センチくらいある。


「えっと……?」

「箱には大金貨が、麻袋には金貨千枚を入れておいた。一角鹿の角の礼として受け取ってほしい」

「は? いやいや、こんなに受け取れませんよ」


「ユウヤ殿、これでも安いくらいなのだ。大金貨に関しては平民の貴殿には扱いに困る物だとは承知している。それでも、どうか受け取ってはくれまいか」


「どうしてここまでして下さるんですか? 俺は雨が止むまで連れと一緒に泊めてもらえればそれで十分ですよ」

「そうだな、その話はせねばなるまい」


 ブレンドン伯爵はそう言うと、目を閉じて深く息を吸い込むのだった。




――あとがき――

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