第六話 斬っちゃダメです!
「こ、ここに住まわせて頂けるのですか!?」
「もっと小さいと仰っていたような……」
詰め所が完成し、シンディーとニコラをロレール亭から連れてくると、二人は感激のあまり涙ぐんでいた。
ロレール亭で二人に用意されていたのは一人部屋だ。そこに二人で泊まった五日間ではあったが、彼女たちは全く苦に感じていなかった。
有り金は底をつきかけており、正式に仕事が始まるまで食いつなぐために野宿も覚悟していたからだ。加えてランチの残りだから無料でいいと、女将のシモンは夕食まで出してくれた。朝も毎日ではなかったが、焼きたてのパンを差し入れてくれた。
間もなく冬が訪れるこの時期の野宿は辛い。まかり間違えば凍死すらあり得る。いや、現実に毎年何人もの凍死者が出ているのだから、いつ自分たちがそうなってもおかしくはなかった。
それがどうだ。鉱山ロードの肩書きを持つあの雇い主は、まだ就労前だというのに温かい寝床を用意してくれたのである。
「宿代は女将の好意だから気にしなくていいよ。その好意も二人がソフィアの護衛だからだし、礼を言うならソフィアと女将に言ってくれ」
ロレール亭での素泊まりは一室一泊で銀貨三枚。しかし彼女たち二人の所持金は、その一泊分にさえ届いていなかった。装備品を売って金に換えることも考えたが、それではせっかくありついた仕事に支障が出てしまう。最悪は雇用を取り消されかねない。
なんとかして詰め所が完成するまで持ちこたえなければならないと苦慮していたところへ、宿の提供は本当に感謝しかなかった。
「受けたご恩はしっかりと返させて頂きます!」
「しっかりとソフィア様を護らせて頂きます!」
「ソフィア様はやめて下さい。私の方が年下ですし、ソフィアと呼び捨てでお願いします」
「「分かりました」」
「ま、危険なことは滅多にないだろうし、今は貴族の訪問も禁じているからソフィアの安全にだけ気を遣ってくれればいいよ」
「「はっ!!」」
「それとこれは就労祝いだ。少ないが最低限の身の回りの物を揃えるといい」
「「はい?」」
二人は優弥からそれぞれ小金貨二枚を手渡されて困惑する。
「寝具は用意したけど、他に足りないものがたくさんあるだろう? 簡易キッチンしかないが、食材を買ってくれば料理も出来るはずだ……料理、出来るよな?」
「もちろん出来ますが……こんなに……いつまでにお返しすればよろしいですか?」
「言っただろ。それは就労祝いだって。だから返さなくていいよ」
「うふふ。ユウヤさんは身内には優しいんですよ」
「身内……そんな、鉱山ロード様の身内だなんて恐れ多過ぎます!」
「ソフィアとお茶友になってくれるなら身内も同然だからさ。そう恐縮しないでくれ」
その後ソフィアが商店街に買い物に行くというので、早速シンディーとニコラに護衛として付き添ってもらうことになった。実はこのタイミングでの買い物はソフィアの案で、二人の生活必需品なども買い揃えてくるつもりらしい。
女の子には色々と必要な物がある。だからなんとか二人に給金の前借りをさせられないかと相談を受けたのだが、前借りは言わば借金と同じだ。しかし最初から借金で縛るようなことはしたくなかったので、急遽彼は就労祝い金を出すことにしたのである。ソフィアが優弥は身内に優しいと言った所以はこれだった。
また、今夜は二人の歓迎会として庭でバーベキューを予定している。食材はすでにソフィアが下ごしらえを終えており、ポーラの帰宅を待って始める予定だ。
実はこれまで何度かバーベキューを催していたが、その度にソフィアとポーラが大興奮だった。
「外で食べるのがこんなに美味しいとは思わなかったわ!」
「いつもと同じ食材なのにすごく美味しく感じます!」
以降二人は何かと理由をつけてバーベキューをやりたがるようになった。それはまるで酒飲みが酒を呑む理由を、何かにこじつけてまで探すのと同じようなものだ。
当然、歓迎会は格好の理由となったのである。
(娯楽の少ないこの世界ならそうなるよな)
ちなみにバーベキューセットは、ベッドや家具を新調した時に利用した工房に、簡単な設計図を渡して作ってもらった。
余談だが、その工房がとある貴族にうっかり設計図を見られてしまい、用途を問い詰められて逆らえず話したところ、すぐに制作の依頼がきたそうだ。
しかしさすがに優弥に無断での受注はマズいと考え、工房は彼にロイヤリティーを支払うことで了承を得ようとした。ところが彼自身が貴族に自分の名前が伝わることを嫌ったため、バーベキューセットに関する権利一切を工房に譲ったのである。
それでも工房は開発者としての利益を横取りするような真似を好まず、今後バーベキューセットが売れた際には売り上げの一割を彼の口座に振り込むことで、双方が納得する運びとなった。もちろん彼の名が表に出ることはないとした上でだ。
バーベキューセット自体は彼が開発したわけではないが、それは地球でのこと。この世界には存在していなかった物なので、彼はそれほど罪悪感を感じていなかった。
なお、モノトリス王国での特許的なものは、開発者として総合管理局に登録した時点で保護される。無断複製は重罪で、関わった者全員が斬首されるという恐ろしい罰が与えられるのだ。それが貴族であれば当主は自刃を命じられ、家は取り潰しの憂き目に遭うという厳しいものだった。
話を戻すが、優弥は三人を買い物に送り出してからロレール亭へと向かった。シンディーとニコラの二人は素泊まりの約束だったのに、食事まで出してくれたと聞いたからだ。
「女将さん、世話をかけたね」
「なーに、あの二人は酔っぱらって暴れた客を懲らしめてくれたからね」
「マジ?」
「マジもマジ、大マジさ。お陰で宿も壊されずに助かったんだよ。メシなんてお安いご用さね」
「そうか、役に立ったならよかった」
「そうそう、あの二人をソフィアちゃんと一緒にランチの間だけうちで雇わせてくれないか? もちろん給金はこっちで出すよ」
「そんなに儲かってるのかよ」
「てんてこ舞いさ。ソフィアちゃんがいなかったらと思うとゾッとするね。厨房でも一人雇ったくらいだよ」
「まあ彼女たちはソフィアの護衛だし、二人がいいと言うなら構わないよ。給仕が出来るかどうかは知らんけど」
「そこはちゃんと教えるさ」
「うちの給金もそんなに高いわけじゃないし、買い物から戻ったら聞いておこう」
「そうかい。そうしておくれ」
早速戻ったシンディーとニコラにシモンからの申し出を伝えると、任務の延長だから給金はいらないがランチの手伝いはするとのことだった。しかし仕事の大変さを身をもって知っているソフィアから怒られ、ちゃんと給金を受け取ることになったのである。
共に働けることにはソフィアも喜んでいるようだった。
「あの、鉱山ロード様」
「あー、その呼び方はよくないな。ユウヤって普通に呼んでくれていいよ」
「と、とんでもない! 鉱山ロード様は私たちの雇い主様ですから、それでは旦那様ではいかがでしょう」
(旦那様キターッ! 悪くない。悪くないぞ)
心の中で叫んだつもりが顔に出ていたようで、ソフィアにジト目で見られてしまう。彼は咳払いをしてから、話しかけてきたシンディーに向き直った。
「では旦那様で。それでなにか用?」
「その、本当によろしいのでしょうか。私たちは旦那様に雇われている時間に他の仕事をすることになるのですが」
「ああ、いいんじゃないか? ランチ客に不埒者がいるとは思わないけど、ソフィアにちょっかいかけるような奴は打ちのめしてくれ」
「けっこういますよ。お尻とか触られそうになったこともありますし」
「なんだって!」
むろんそんな客はシモンが蹴飛ばして出禁にしたらしいが。
「シンディー、ニコラ、特別任務だ。そういうふざけた客はぶった斬れ!」
「「はっ!」」
「ゆ、ユウヤさん! シンディーさんもニコラさんも! 斬っちゃダメです!」
それから間もなくポーラが帰宅し、五人のバーベキューが始まるのだった。
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