第五話 剣術道場の斜陽

 その日、優弥が帰宅すると見慣れない男性と、先日面接に来たリディアとジュリアがリビングダイニングの椅子に腰掛けていた。


「ただいま……あれ?」

「ユウヤさん、お帰りなさい。えっと……」


「君が鉱山ロードのユウヤ・ハセミ殿かね?」


「リディアさんとジュリアさんは分かるけど、貴方は?」

「私はキャベンディッシュ剣術道場の師範でハリー・ウェイン、二人の父親だ」


 胸を張ってやや上体を反らしたハリーの尊大な態度が若干気に入らなかったが、大方の用件の予想がついたので彼も着席する。


「ソフィアは部屋に行ってていいよ」

「はい、でも……」


「いいから、後は俺に任せて」

「分かりました。失礼します」


 彼女を苦々しい表情で見送ってから、父親が優弥に向き直る。


「鉱山ロード殿があのような躾のなっていない使用人を傍に置かれているのはいかなる理由か?」

「待て、今なんと言った?」


「躾のなっていない使用人、そう言ったが聞こえなかったか?」

「リディアさんとジュリアさんが彼女を使用人と?」

「主に家事や買い物をされると聞きましたので」


「そうですか。余計なお世話、とお答えしておきましょう」

「なんだと!!」


 ハリーが大声を張り上げたが、優弥はそれを覚めた目つきで睨みつけた。


「人の家に上がり込んで大声を張り上げる無礼な師範とやらの話を聞く耳は持っちゃいないが、とりあえずさっさと切り上げたいので用件はなんです?」


「貴様! 鉱山ロードとて容赦はせんぞ!」

「やかましい! 用がないなら帰れ!」


「父上、私たちは鉱山ロード様とケンカをしに参ったのではありません!」

「う、うむ。そうだったな。鉱山ロード殿、頭に血が上ってしまったようだ」


「こっちは仕事から帰ったばかりで疲れてるんでね。用があるなら早く言ってくれませんか?」

「我が娘たちが不採用になった理由を聞きたい。むろん、何かの間違いだとは思っておるが」


 予想した通りの用件だった。


「不採用は間違いではありませんよ。理由はお答え出来ません。そのように募集に書いてあったはずです」

「解せん。我が娘であればキャベンディッシュ道場の名が抑止力となり、不埒者ごときは寄りつけんようになるのだぞ」


「で、俺の肩書きのお陰で道場には入門希望者が押し寄せ、貴族にも顔が利くようになる、と」

「結果的には、だな」


「つまりお宅の娘さんたちはこの家の警護ではなく、俺の肩書きが欲しかったんですよね」

「もちろん警護はするとも。先ほども申した通り、いるだけで抑止力にもなるだろうて」


「娘さん、真剣は木偶相手にしか使ったことがないと聞きましたが」

「ああ。だが剣筋は見事だぞ」


「先ほど今回採用した二人に会って聞きました。彼女たちは幾度も魔物討伐の経験があったにも拘わらず、殺人を犯した極悪非道の盗賊相手でさえ、人を斬るのに足が震えたそうです」

「何が言いたい?」


「貴方の娘さんたちでは経験不足、とてもこの家の警護は任せられないと言ってます」

「なっ! そんなことはありません!」


「刃引きされた剣でしか人を相手にしたことがないお嬢様が、飛び散る血飛沫に耐えられるものか!」

「我が道場の剣術が温いとも聞こえるが?」


「俺は剣術はさっぱりでしてね。温いかどうかは知りませんけど、依頼の内容を履き違えておられるようだ。給金を払ってお宅の道場の宣伝塔になるつもりはありません。繰り返しますが不採用は間違いではありません。お引き取り下さい」


「貴様! 後悔することになるぞ!」

「それはキャベンディッシュ剣術道場としての脅しですか? それとも師範個人としての脅しですか?」


「我が道場を敵に回したと知るがいい」


「いいでしょう、受けて立ちますよ。もっとも、後悔するのはそちらかも知れませんが」

「なんだと!?」


「どうやら俺はこれでもそこそこ人気者のようでしてね。あ、そうだ。サットン伯爵はご存じですか?」

「もちろん知っているが」


「あそこの家と私兵には縁があるんですよ。泣きついてみることにしましょうか。鉱山ロードが街の剣術道場に脅されていると」


「ま、待て! そんなことをされれば……!」

「俺にケンカを売った時点で終わりなんだよ。ハリーさん」


 実はサットン伯爵家から夜盗討伐の件で、報酬を受け取らない代わりに何かあれば後ろ盾になると約束されていたのだ。それすらも煩わしいと感じていたのだが、ちょうどいい機会だと彼は考えた。


(これで伯爵家とは貸し借りなし、チャラだ)


 さらに悪いことに、すでにハリーは道場の名で懇意にしている貴族宛に、夜会の招待状まで出していたのである。しかもメインゲストは巷で話題の鉱山ロード、つまり優弥としていたのだ。


 面接が昨日だったので驚きの行動力だが、警備員の募集自体はもっと前だったから、その頃からすでに準備していたのかも知れない。そして娘たちが面接を受けることとなり、採用は決定したとでも思ったのだろう。


「も、もう一度話し合おうではないか」

「話は終わりだ、帰れ! それとも警備隊を呼んだ方がいいか?」


 このやり取りがあった数日後、彼がサットン伯爵家に告げ口したわけでもなかったのに、キャベンディッシュ剣術道場は意外なところから傾き始める。


 これまで道場は王都でかなり幅を利かせていた。門下生は一般市民を見下し、一部では手下に街の破落戸ごろつきを飼っているとの噂も流れていたほどである。


 その道場がやらかしてしまった。実際には師範のハリー・ウェインが張本人なのだが、彼は実質的に道場の責任者である。その責任者が、よりにもよって『鉱山ロード』を出汁に使ったのだ。


 それでも成功すれば道場は元より、ハリー自身も一躍時の人となっていただろう。だが、すでに招待状が配られた鉱山ロードを招いての夜会は、優弥との間に生じた軋轢あつれきにより実現不可能となってしまった。


 もっともそれだけなら、単に道場が不名誉を被るだけで済む。予定通り夜会を開けば、出席者は少ないだろうが最低限のメンツは保てるというわけだ。


 問題は優弥が自分から求めない限り、今後貴族や商会などからの招待や訪問を一切受け付けないと通達したことである。理由はキャベンディッシュ剣術道場からの脅しがあったからだとした。

 むろん同居人であるソフィアとポーラへの接触も禁じた。彼女たちに取り入って彼に取り次がせようとするのを防ぐためだ。


 これには多くの貴族や商会が激怒した。なんとか優弥を自陣に招き入れられないかと画策していた者たちにしてみれば、たかが街道場ごときに出鼻をくじかれてしまったのだから当然である。


 接触の機会を窺っていた者、贈り物などの準備を進めていた者にとっては安くない打撃だっただろう。


 また、脅しの事実について道場には王国から捜査の手が入り、これまで関係を否定していた破落戸共が道場の中から次々と検挙されたのである。


 当然、市民も激怒した。加えて道場と懇意にしていた貴族たちも一斉に離れていく。王国に目をつけられた者に関わるなど、貴族としては考えられない愚行だったからだ。


 こうして、ほんの少し前まで隆盛を極めていたキャベンディッシュ剣術道場は、衰退の一途をたどることになるのだった。

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