第五話 翡翠色の魔石
「足は痛くないか?」
「大丈夫ですよ」
「それじゃ、連れてってくれ」
「はい」
サットン伯爵邸が夜盗に襲われる少し前、優弥はソフィアを少々高級な料理屋に誘った。そして食事を終えて魔石の指輪を買うため、取り扱っている店を彼女に尋ねたところである。
もちろん、これから彼女の分を買いに行くなどと言ったら断られるのは分かりきっているので、あくまで彼が見てみたいからということにしてあった。
「魔石ってきれいなんですよ」
「ソフィアは見たことあるのか?」
「はい。前に雑貨屋さんのおばあちゃんに見せてもらいました」
「雑貨屋で売ってるんだ」
「生活用品ですからね」
「火起こしに真水に湯沸かし……確かに生活用品か」
「ユウヤさんはどんな魔石が欲しいんですか?」
「ま、見てから決めるよ」
そして二人は目的の雑貨屋に到着。
「あらソフィアちゃん、いらっしゃい。こんな時間に珍しいじゃないか」
「あ、ミアさん、こんばんは!」
店に入ると腰の曲がった老婆がニコニコしながら彼女に話しかけてきた。その視線が緩やかに優弥に流れる。
「こちらの方はお連れさんかい?」
「はい、前に話したユウヤさん」
「ああ、例の彼氏かい。へえ、いい男じゃないか」
「か、かかか、彼氏じゃありまふぇん!」
突然の爆撃に、ソフィアは顔を真っ赤にして噛みながら否定した。
「ソフィア、確かに君の言う通りだけど、そこまで必死に否定されるとさすがに俺も傷つくぞ」
「ゆ、ゆゆ、ユウヤしゃん違……違わないけど違うんでしゅ!」
「しゅ?」
「もう! ユウヤしゃんなんて知りません! 私はあっちを見てきまふ!」
「ああ、ついでに足りない物があったら選んでおいてくれ」
「分かりまひた!」
そんな彼女の様子を見て、ミアはケタケタと笑っている。
「可愛い彼女じゃないか。大切にしてやんなよ」
「彼女じゃないがそのつもりさ」
「そうかい。それで今日は何か欲しいモンでもあるのかい?」
「魔石の指輪を」
「指輪? 魔物でも出た……ああ、そうか。ソフィアちゃんにあげるんだね?」
「もう一人の同居人にもね」
「アンタ、あんな可愛い彼女がいるのに、別の女もいるってか。もげるよ」
「なぜ女と決めつけた? まあ女だけど二人とも彼女じゃねえって」
老婆はまたもやケタケタ笑いながら、硬そうな木で出来たアタッシュケース大の宝石箱を取り出した。開けると中には大小さまざま、色とりどりの指輪が光っている。
「効果の強さで値段は変わるが、値段が倍だからって効果も倍ってぇわけじゃない」
「ゼブラレオってのを除けられる指輪は?」
「んなぁモン、あるわきゃねえ!」
「そうか。金貨一枚のだと効果は?」
「そこそこ悪くはないよ」
「金貨二枚だと?」
「そこそこ悪くはないよ」
「同じかよ」
「そう言っただろ」
彼は金貨一枚で買えるものを並べてもらい、そこからまずポーラの指輪を選ぶことにした。サイズは調整してくれると言うので、色とデザインを見比べていく。
しばらく眺めてたまたま手に取った赤い魔石の指輪が、聞いていたポーラの指のサイズに合っていたので、リングケースと共に購入を決めた。それから間もなく、まだ少し足を引きずっているソフィアが戻ってくる。
「わあ! やっぱりいつ見てもきれいです!」
「ソフィア、そっちはもう済んだ?」
「はい。洗剤が足りなくなりそうだったくらいで、後は大丈夫だと思います」
「よし、それじゃソフィアのを選ぼうか」
「は……い?」
「この中から好きなのを選んでいいぞ」
「あの、意味が分からないんですけど」
「万が一の魔物除けだよ。俺からのプレゼント」
「ユウヤさんからの……プレゼント……?」
「あ、いや、もちろんポーラにもだぞ。そっちはもう選んだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「だったら……」
「ん?」
「だったら私もユウヤさんに選んでほしいです」
「いや、ソフィアが好きなのを……」
「ユウヤさんが選んで下さい!」
「俺、センスなんかないぞ。気に入らなくても知らないからな」
「気に入らないなんて絶対にないから大丈夫です!」
彼はミアがずっとケタケタ笑っている意味が理解出来なかったが、ソフィアの瞳と同じ翡翠色の魔石を見つけたので手に取った。
「これはどうだ? 言っておくけど否定しないとこれになるからな」
「否定なんてしません。きれい……」
「ソフィアの瞳の色だよ」
「え? あ……」
「俺、この色好きなんだ。気に入った?」
「私の瞳……ユウヤさんが……好き……? ユウヤさんが……私を……好き? ひゃぁぁぁぁ」
しかしこの呟きは声が小さ過ぎて、彼はほとんど聞き取れていなかった。
「ソフィア?」
「ふぇ? は、ひゃい! とても気に入りまひた!」
「じゃ、後はサイズだな。ソフィア、指出して」
「はいっ!」
彼女は思わず叫ぶと真っ赤になった顔を背け、どう見ても左手の薬指を差し出したようにしか見えない出し方をした。
(ポーラは冗談で左手の薬指なんて言ったが、ソフィアの場合は深い意味なんて考えていないだろうな)
そんな解釈をした彼は、そのまま手を取って指輪を嵌める。するとどうやらこちらもサイズはピッタリのようだった。
「おやまあ、これなら調整の必要はなさそうだねぇ」
老婆が今度はニヤニヤ笑っている。一方のソフィアは優弥に嵌めてもらった指輪を目の前に持っていき、頬を染めたままうっとりと眺めていた。
ところがどういうわけか、急にミアの顔色が青ざめていく。
「ん? どうした、婆さん。持病か?」
「いや、それが、言いにくいんだけど……」
「なんだ寿命か。安心しろ。代金はちゃんと棺に放り込んでやる。だから化けて出るなよ」
「アンタ、ひどいねぇ」
「んで、言いにくいことって?」
「ちょっと耳貸しな」
「あん? 舐めるなよ」
「アホかい! 実は……」
「き、金貨五枚ぃっ!?」
ソフィアは指輪に夢中だったため、二人の会話は聞こえていなかった。
「ちなみに聞くけど効果は?」
「かなりいいよ」
「よし、ならあれでいい」
「そうかい、こっちが間違えたのに悪いね。代わりに洗剤はサービスしとくよ」
「湿気たサービスだなぁ」
彼はソフィアに気づかれないうちに、ポーラの指輪代も含めて金貨六枚を支払った。
「ソフィア、帰るぞ」
「……はっ! 指輪、本当にいいんですか!?」
「いいよ。さ、帰ろう」
「はい!」
何の気なしに手招きしたつもりの手を、それが当然であるが如くに彼女が握ってきた。一瞬彼は硬直してしまったが、嬉しそうなソフィアの笑顔を見てそのまま歩き出す。
商店街はまるで二人を祝福しているかのように明るく、そして賑やかだった。だからこの後起こる悲劇を予想する者など、誰一人いなかったのである。
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