第42話 ラウラの誕生





 屋敷を追放された少女は、子を産んだ。

 女の子だった。


 貧しい実家に子供を抱えたまま帰っても致し方なかった。

 少女は夜泣きする乳児を連れたまま、昼夜を問わず働き続けた。

 酒場に部屋を借りて給仕をし、夜には安宿でその身体をひさいだ。


 そのうち彼女は持ち前の器量の良さと献身的なサービスにより評判となった。

 馬鹿な客たちは「母乳が出る」と喜んだことだろう。

 だが、幼い子供を抱えながらの無理が祟った。

 いや、むしろ少女の身体はたいそう丈夫だった。

 出産の負担にも耐え、さらに過酷な生活にも三年以上、持ったのだから…………。


 少女は体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。


 少女は死の直前、我が子を教会に預けた。

 その子は自分の母親のことをおぼろげにしか覚えていない。






 夫人は激しく後悔した。

 いや、ふしだらな夫を恨みもした。

 言い訳もできる。

 当時は自分の出産に加えて分家との攻防で大変だったのだ。

 だが、よく確かめもせずに身重の少女を真冬に屋敷の外に追い出したのは自分なのだ。


 報告によると、少女の産んだ子は教会で保護されているとのことだった。

 彼女はラウラと名付けられているらしい。


「会いに行きましょう……」


 会って何ができる訳でもない。

 その子から母親を奪ったのは自分なのだ。

 だが、この事実を隠したままにすることに夫人は耐えられなかった。


「せめて、一言、謝らせていただけたら、それだけでも……」


 そうして夫人は教会に出向いた。

 計算が正しければ少女の子は現在12歳だ。

 もし、一人で寂しそうにしているのなら、せめてもの罪滅ぼしに伯爵邸で育てようと思っていた。


 突然の来訪に教会の神父は驚いた様子であったが、事情を言えば、詳しい話を聞かせてくれた。


「ラウラ君なら、すでに婚約者がいますよ」


「…………? 今、12歳ですわよね?」


「はい。同じ孤児院の男の子です」


 神父はすぐにラウラたちを呼びに行った。

 夫人は彼らを呼びつけることを申し訳なく思い、彼らが同棲しているという部屋へ自分から伺おうかと思ったが、神父に止められた。


 二人は昼過ぎに教会へ来るという。

 それまで、神父は二人のこれまでを話してくれた。


 端的に言って、夫人は驚いた。

 本当はラウラの現在を見に来たにも関わらず、その婚約者のエルヴィンという少年に興味をそそられてしまったのである。


「本当に10歳の子供がお店を?」


「はい。後で見に行かれてはいかがですか。大変繁盛しておりますよ?」



 そうして、約束の時間よりも少し早く、二人は姿を見せた。


 ラウラはまさにあのメイドの少女に、生き写しの様にそっくりで、美しかった。

 そして、エルヴィンと言う少年の背に身を隠すようにして彼の肩越しに夫人を伺っていた。


 エルヴィンは夫人に気さくな笑顔を見せつつも、その目の奥底には強い警戒感をにじませていた。


 なるほど…………、今のあの子には、ナイトが付いているのね……。





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