第10話 よびすて

 あれから1週間が経って、俺たちは喫茶店に集合して状況を報告しあった。


「おぞましの情報はSNSを中心に伸びてはいる。けれど、対峙した人間は、俺たちしかいない」


 報告の口火を切った俺の組は冴島・谷口とのトリオだ。国会図書館での資料探し、過去の判例や調書、通信業界のお偉方とのお話、この1週間で、われながらよくも動いたものだと称賛できる密度だった。


 それでもこれだけの成果なのだ。おぞましは、いったい何をしているのか。


「我々と同じ進捗のようだな。念のため提携する国にも照会をしたが、おぞましとの遭遇どころか痕跡そのものが国外にはなかった。一ノ瀬さん、あなたが最後の遭遇者だ」


 続けて報告したのは、美しき捜査官、鶴島雫。彼女の組は、氷上だ。氷上は、どうあっても譲らなかった。それにしても彼女の調査に対する配慮は細かかった。彼女の手配がなければ、一販売員に過ぎない俺が、通信業界のお偉方に話は聞けなかった。冴島が、鶴島さんなくして特捜部は成り立たない、と話していたのは間違いない。


 冴島といえば、鶴島さんたちをバトルで知っていたにも関わらず、ぬけぬけとマジェスティは7人と話していた。忘れていたのか、とつついたら「時が来れば話す。それだけよ」などと、クールに返答されてしまった。


「なによ。あまり見られると法的な対処を考えてしまうわ。職業柄、ね」


「いやなやつだな、と思ってただけだよ」


 つい見てたら、これだよ。全く。


「ふふ、同感、同感」


 またもクールに返してくる口元は、今日もにやついていた。


「相変わらず仲がいいね、一ノ瀬くんと涼子ちゃんは」


 進藤がにやにやと茶化してくる。彼は野中・山崎との組だ。


「冴島さんとは、天敵であると互いに分かり合えていると思いますが」


 俺が返すと、冴島もにこやかに頷いた。


「進藤くん、すぐに茶化さないの。話を戻すと、私たちも進捗はないわね。おぞましに関する事件も、おぞましに関連した症例もない。事件・症例がないのは、とても良いことだけれど、ね」


 野中が話すと、場が整う。多くの人の心理と向き合う彼女は、バランス感覚がいいのだろう。


「おぞましはんは、相当に目立つ装いですけど、その服装を手がけた人は国内外にいませんでした」


 山崎も続く。おぞましの服装に着眼したのは、コーディネーターである彼女だけだ。言われてみれば、ラノベで出てきそうな、白で統一された服装は特注品だろう。面白い視点だと思ったが、こっち方面も空振りだったようだ。


「わしも収穫なしやな。潜むとしたら、それなりにルートが決まってるもんじゃが」


 今日もTHE忍びの装いの霧島。何と誰にも見つからずに出歩いているという。今日もいつの間にか喫茶店の中にいて、俺は声を上げて立ち上がってしまった。


「えぇ。わたしのネットワークにもかかりません」


 枝松が同意する。この人もこんなに穏やかで優しいのに、怖い人なんだよね。特装の拠点に限らず、喫茶店・バーをはじめとする情報が集まる場所には人脈がある。







「なぁ、内林さんからは連絡が来ないままなのか?」


 カウンターで、ぶつくさと何やらうなる冴島に話しかける。


「うん。まぁ、よくあるのよ。メディアからの注目が大きいから。それだけに道具を持たない輝は、役立たずと言っても足りないぐらいなのよ」


 容赦のない言葉とは裏腹に、表情が冴えない彼女の隣に、どかっと腰掛ける。


「前も似たようなことが?」


「大丈夫よ、あなたに心配されると調子がくるう。今すぐやめてちょーだい」


「それもそうだな」


 コーヒーを追加で注文する。ほどなくして淹れたての風味豊かなコーヒーが届けられる。


 横目で冴島を確認する。目があった。ため息とともに豊かな風味が流れていった。


「一ノ瀬さんって、おせっかいだと言われるでしょ?」


「いや、記憶にある限りは、おせっかいと言われたのも初めてだ」


 人に関わるなんて、面倒なだけだからな。ただでさえ、いやおうなく人と接する仕事だし。人と関わるのが嫌いではないけど、な。


「私は、おせっかいだと、よく言われるの。ただ、気になっちゃうだけなのにね」


「それがおせっかいって言うんだぜ」


何だか、心がざわつくのを違和もなく感じていた


「なによ、その語尾。だぜ、なんてキャラじゃないでしょ? 全然、似合ってないから。おかしい」


 ころころと笑う姿は、いつも以上に可愛らしかった。


「接客なんてやってはいるけれど、話すのが得意ではないんだ。できるようになるのと、慣れるのは違う。どこまでいっても、にこにこ滑らかに話すことに慣れる日はこないのだろう」


 コーヒーを飲むと、ビターな味わいに、ほどよく心が落ち着いたように感じられた。


「そうね。よくわかる。私も弁護士なんてやってるけれど、今流行りのAIに代行して欲しいと考えているぐらいなのよ。もちろん、法廷では戦うけどね」


 穏やかに話す冴島は初めて見たが、むしろこちらが彼女の本質なのではないか、と思えた。


「今このときの冴島さんが、一番、話しやすいよ」


「私もよ。それにしても」


 そういうと堪えきれないといった体で笑い始める。何か、変な話をしただろうか。


「一ノ瀬さん、あなたに冴島さん、なんて言われるとくすぐったいわ」


「直人でいい」


「え?」


「冴島がいやなら、涼子でいくから、涼子も直人でこいよ」


 ほほが熱くなって、視線をどこかへ投げ飛ばした。


「ありがとう、直人」


 礼を言う涼子は、きっと可愛らしいんだろうな。






 からん。


 扉を鳴らすベルに、顔を向けると内林の姿が現れた。滑り込むように店内に入るや、静かに告げた。


「おぞましは、異世界から来たに違いない。この目で、やつが輝いて飛ぶのを見たんだ」


 魔法? 舞空術? いずれにしても、異世界の言葉が全てを繋ぎ合わせた。呪い、魔法、外タレのようにイケメン。ラノベやアニメの世界が、現実に起きたのだ。


「輝くん、久しぶり」


「進藤さん、お久しぶりです」


「よく抜けてこられたね」


「1日オフがもらえまして」


「そうだったんだね。ぼくはてっきり、おぞましが変装して現れたのかと思ったよ」


 何言ってるんだ、進藤は。


「進藤さん、輝がおぞましだなんて、論理が飛躍し過ぎて、ただの妄想じゃないの?」


 涼子が冷たく告げる。


「輝くん。君の言う通り、おぞましが異世界からきて、魔法も使えるのだとしたら、十分にあり得る話だろう?」


 涼子には構わず、進藤は内林に告げる。


「変装は異世界の定番ではあるな」


 俺も同調せざるを得ない。


「でも、それを言い出したら、この中の誰にでもおぞましが成り代わっている可能性があるといえる」


 続けて、釘を刺すのも忘れない。


「そうだね。それに、おぞましが成り代わっていようとなかろうと、それをここで話す必要はなかったね。いずれにしてもチームに疑心暗鬼が生まれて、亀裂が入るだろうから」


 応じる進藤の意図は読めない。


「進藤くん、ならどうして切り出したのかしら? 冷静なあなたらしくもないじゃない」


 野中がクエスチョンをなげかける。


「輝、どうして黙っているの?」


 涼子が話をぶった斬って、内林に近づいていく。二人の間に入り、涼子の足を止める。


「直人、どうして?」


 返答せず、内林を見つめる。


 初めて会ったのは、マジェスティ結成の日だったか。そのときと様子が変わらない。服装も髪の乱れも何もかもだ。


 試合で見る彼は、涼しげに南米選手のような彼なテクニックをみせ、クリスティアーノのような豪快なヘッドも決める。いつだって自然体で、好感のもてる何一つとして欠点のない姿だ。


 それが大好きだった。それが不自然に、今は思える。


「一ノ瀬さん、何もするわけないでしょう」


 ようやく漏れた言葉は、力の抜けた自然体の内林だった。


「約束は守りましたからね」


 続けて告げると、輪郭を失くしたように笑った。そのまま去っていく彼を誰も引き止めなかった。


 からん。

静かにベルが響いた。しばらくして、強い音がした方向に目をやると、進藤が静かに床を眺め続けていた。

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