序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その17
馬車から降りた我々は、ラフォー・ドリューズの手配してくれた雇われ執事と使用人に馬車と荷物を託したよ。荷物ぐらい自分で運びたくもなるが、誰かの仕事を奪うことは良くない。彼らからすれば、ゲストにそれをさせてしまうことは罪になる。無粋な真似をしないのも礼法ではあった。
「ソルジェは荷物を持ちたがるところがあるな」
視線では、バレバレだったようだ。
「筋肉を鍛えたいんだよ。なまっちまっているから、とくに」
「そうか。殊勝な心掛けである」
「だが、今日はなまけるよ」
「ん。予定よりも、遅かった。どこかで怠けて来たのではないのか?」
「働き者なんだぜ」
リエルに、『ツェベナ』でのことを教えた。喜んだよ。人間族とエルフの恋物語は大好きだからね。あとは、喜劇も嫌いではない。
「めだたい仕事をしていたんだな」
「そういうことだよ。そっちも、忙しかったか」
「うむ。いくらあっても薬が足りることはない。世の中の常だ。豊かなものばかりではない。とくに、あの街の南側は貧しいから、少しばかり多めに薬と食料を供給したのだ」
森のエルフの弓姫も、多くを学んでくれている。誇らしくなるね。
「いい判断だ。喜ばれる」
「ああ。あとから、たっぷりと褒めるように」
「今からでも、オレはいいが―――」
「―――す、スケベな顔をするでないからして!?……い、今は、その……実は客人もいるのだ」
「客人?」
「彫刻家の方から、来てくれたぞ。予定では、明日、依頼を出すはずであったが。まあ、無下に追い返すと、仕事で手を抜かれるかもしれん」
「そうですねえ。芸術家は、みなさん、とても気難しいか変わっているかのどちかかですし」
「『例外』と出会ったことがないよな」
どこの土地でも、どんな文化でも、芸術家はいる。だが、どいつもこいつも変わってはいるのだ。
「なので、あそこの離れに滞在してもらっているぞ。本館は、ヒトの気配がして芸術活動の邪魔になると言っていたからな」
「いきなり、変わり者らしさを出して来ていますね」
「期待できそうだ」
「良い腕だぞ。私も、絵を描いてもらった。とても美しい乙女が、描かれたのだ!」
「モデルが良いからね」
「うむうむ。その通りである!今は、カミラが描いてもらっているぞ、もしかしたら、ジャンの番になっているかもしれないが」
「ジャンもか」
美しい女性を絵に描きたいという願望は分かるが、ジャンも……か。『狼』のときの絵ならば見たい気もするが、普段のジャンはどうなのだろうか?当然、団長としては見たくもあるが、客観的に興味深い題材になるとも……。
「没個性的な絵に仕上がりそうである!」
「言わんとすることも、分かる。だが、芸術家だぞ?……何か、手段を講じるんじゃないか?」
「手段……?」
「構図を考えたり、あとは、何かポーズをさせたりとか、でしょうか」
「それだよ、言いたかったのは」
「何だか、ずるいぞ。ロロカ姉さまが言わなければ思い出せなったであろう?」
「芸術には疎いからな。じゃあ、ちょっと後学のためにも、見物……いや、見学しに行くか!」
「興味深いですね。でも、邪魔にはならないでしょうか?」
「大丈夫そうですよ、ロロカ姉さま。あの女は、集中すれば周りが見えない。被写体以外に興味がなくなるようでした」
「面白そうなヤツだな。ガンダラは、どうする?」
「私は食事前に読書をしたいですな。絵は、全員のものが完成してから鑑賞させていただきましょう」
『働き者』の副官さんは、きっと連絡のために暗号文をしたためてくれるんだろうな。
「雨も、近く降るから、それも良いか」
「ええ。さすがですね」
当たりらしいよ。オレたちの大切な『仲間』である『フクロウ』たちも、翼が雨で濡れることは嫌がるものだ。翼が重たくなれば、疲れやすい。それに、飛ぶ速度を失いもする。気配りすることは、大切なんだよ。とくに白い『フクロウ』はオレの頭皮に当たりがちだしな。
「では、芸術を楽しんで来てください。また、後ほど」
「ああ」
「こっちだぞ」
リエルに案内されて、ロロカ先生と一緒にアトリエに向かう。湖にせり出すように建てられた、作業小屋。圧倒される豪華さも美しさもないが、静けさで集中力を研ぎ澄ませるためには実用的な建築といったところさ。
風を採るためにだろうな、高い位置にも窓がある。あそこを開けていれば、夏でも湖の上を冷やされながら走った風がアトリエのなかに入りそうだ。『プレイレス』の建築技術は、相変わらず技巧に満ちている。見ているだけで、賢さが増えそうなほどだ……ん。
アトリエから、顔を赤くしたカミラが出て来る。
しばらく、空を見上げていたが……やがて、我々に気づいた。
「あ、ああ。ソルジェさま、ロロカさん、お帰りなさいっす!」
「うふふ。ただいま、です。カミラ、何かあったのですか?顔を真っ赤にして」
「そ、その、なんというか……」
「セクハラでもされたのであるか?」
「い、いえ。そうじゃなくて。むしろ、その……と、とにかく。これは、自分よりもソルジェさま向けの状況っすよ!」
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