序章 『雨音は湖畔の屋敷に響く』 その13


 料理が運ばれて来るよりも前には、出て行くよ。二人きりにしてやるべきだろう。クロエは少し緊張しているだろうが、いきなり出来た義弟やら謎の赤毛のケットシーとか、竜太刀担いだ大男がいては、素敵な夜が台無しだからね。


 オレも、用事があるんだ。


 新しい婚約に結ばれた二人を置いて、我々は『ツェベナ』を後にする。市庁舎へと向かうんだよ。ロロカ先生とガンダラを待たせているからな。おしゃべりな我々は、再建途中の街並みをほろ酔い気分で歩きながらでも、語り合えるから問題はない。


「はあ。緊張したー。でも、終わった、スゲー良いカンジになったよな。少し、想定外が過ぎることもあったけどさ、良かったじゃん?」


「めでたいことだらけね。おめでとう、カイさん」


「フルネームで呼ばれる距離感から、元に戻れて安心したよ」


「これからも、末永くビジネス上のお付き合いをさせていただきますからね。仲良く過ごしておきたいんですよ」


「了解でーす。いいビジネス・パートナーとなろうじゃないか。『ツイスト大学』はさ、『大学半島』の東部沿岸だから……」


「西側にある『レフォード大学』周りが『縄張り』の、お前の家の会社にとっては開拓したい土地ってことか」


「さすがは、総大将。意外と、賢い」


「ロロカの入れ知恵が大半だがな。それに、商いというものは、戦にも似ている」


「うわ。出たよ、職業病!これだから、達人たちは……」


 うんざりした顔をされる。本気で嫌がってもいないんだろうが、今日は日が悪かった。


「ストラウス卿も、仕事し過ぎなのは問題ですね」


「戦闘は、していない」


「仕事って、剣やら槍を振り回して竜に乗って飛び回ったりすることだけを言わないんだぜ?」


「戦士は、そういうのが仕事だよ。椅子に座って、話し合いをし続けるのも、傷には良いだろうが……飽きて来る。戦いたい」


「根っからの戦士なんですよね。頼りになりますが、ちょっと休息が必要かもしれません。本来は、もうお休みの予定なのに、カイさんの事情に付き合わされてしまいましたし」


「そうだね。ほんと、感謝だよ、総大将たちには。でも、ちょっと悪かったね」


「面白かったぜ」


「う……ん。面白がられていたことには、自覚がある」


「私も笑えましたよ、久しぶりに」


「それは、良かった。ハッピーエンドだから、オレも別に腹は立たないかな。はあ……ほんと、マジで良かったよ。お義兄さんにも気に入られた、ような気がするし。少なくとも、嫌われていない。ビックリする……ほどにね」


「亜人種への差別は終わったんだよ。それに、あの二人も、お前たちも、世の中がどうあろうと同じ結果だった。何百年も、何千年も前でも、『狭間』はいた。種族の差などで、愛は止まらん」


「……うん。そうだね。でも、さ。驚きには値する。『ツェベナ』は、オレのイメージではもう少し保守的だと思っていたよ」


「伝統を守るということは、価値観を継承するということでもありますから。たしかに、意外なほど、あっさりと変わってしまっています。これは、おそらく……」


 太陽が長く居座る夏の夕焼けを見上げながら、リサ・ステイシーの表情は祖母のフラビア学長のような厳しさを浮かべた。不安と懸念、賢さは、世界の深みを覗き込むことに長けている。


「……政治的な勝利だけでなく、『アリーチェ現象』の結果でもある」


「『アリーチェ現象』ね。そういう呼び方は、いかにも学者らしい」


「はい。学者なので、どうしてもそうなります。巷で使われている『奇跡』の方が、真実に近いのかもしれませんが……学問としても、この状況を解明しておきたい。議論し、理論を高め、残したい」


「……先生も、同じこと言っていたね。総大将、学問を責めるなよ。多少は冷たい言い方になるかもしれないが、あの子の起こした『奇跡』を軽んじているわけじゃない。むしろ、その逆だから」


「ああ、理解している」


「なら、いいんだ。でも……たしかに、この状況は『出来過ぎてはいる』んだろうね」


「政治的勝利が、社会の価値観を大きく変えるなんてこと、あまりないですから。敗北していたら、支配者に強いられることで起こり得ますが……勝者の価値観が、かつてのモノから、こうも変わってしまうなんて……」


「歴史的な珍事か」


「……はい。『アリーチェ現象』が、私たちの心理に大きな影響を与えています。正しい変化だと信じていますが、少し、過度で急進的な変化は……違和感もある。もちろん、良い傾向なので、このまま変化の波を大きくしていきたいですね」


「環境に応じるのが、ヒトだ」


「ですね。私たちにとって、正しい状況を維持し……定着させないといけない」


「つまり、『これ』が、一時的な状況になりかねないって……こと?」


「そう、ですね。端的に言えば、そうなります。でも、誤解しないでくださいね。私は悲観的になっているわけじゃなくて、『定着』させるための努力をすべきだって、信じているだけなんですから」


「……だよね。オレも、そうだ。オレたちの子は、『ハーフ・エルフ』になる。お義兄さんたちの子も、そうなる……迫害させたりしないさ」


「ククク!いい顔をしているな、若者!」


「総大将だって、若者と言えば、若者なほうだろうが」


「学生に混じって若者と主張できるような立場とは、思っちゃいないが。まだまだ、若輩ではある」


「落ち着き方は大ベテランだけどな。でも、意地悪なところはある!そういうのは、大人気ないことだぜ」


「自重するよ、可能な限り。さてと、市庁舎が見えて来た。君らは、どうするんだ?良ければ、メシでもおごってやれるが……」


「親睦を深めたいところですけれど。仕事もありますので」


「ああ、そうだったな。たしか……」


「『ツイスト大学』の『モロー校』を作りたいんです。『十大大学』から、距離的には最短ですしね。『モロー』は、差別的な街でしたから、亜人種のための教育機関なんて、ありませんでしたし。そういうのがあれば、『アリーチェ現象』……あの『奇跡』の遺産を定着できるかもしれません」


「既成事実を積み重ね、世の中を変える」


「はい。戦略で言えば、そうですね。武術と戦の達人からして、どう見ます?この戦略?」


「とても良いものだよ。教育が、人生に与える力は大きい。ガキの頃に覚えた感覚は、死ぬまで引き継がれもする」


 世界を、変える。そのためには鋼を使った勝利やら、欲深い政治の力だけでは、足りんのだ。『奇跡』の力でも、永遠とは限らない。教育……そいつで、刻み付けてやらねばならん。

学者たちが、この調和を維持するために貢献するのだ。文明に優れた、この土地らしい。




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