第66話 憤怒と強欲 覚醒エルフと絶望ゾンビ

「あああああああ!」


「なんやねん、お前えええ!」


 ゼラはデッドロードに迫っていた。


「ゾンビ共、殺せえええ!」


 デッドロードの咆哮が周囲のゾンビを集め出す。

 しかし、そんなのは意味無いと炎の魔法で焼き飛ばされる。

 その炎には神聖力が含まれており、神聖魔法の一種だった。

 当然ゾンビには特効があり、簡単に消滅させて行く。

 しかし、一部のゾンビだけは残っていた。


(なんでナイトゾンビが少し残ってんねん)


 迫り来るゾンビなぞゼラの敵ではなく、障害物にもならない。

 逃げている間にも体が回復して行くのはデッドロードも同様で、全回復へと向かっていた。

 ゼラに襲いかかっていたナイトゾンビの動きは止まっていた。


「お前⋯⋯支配権を上書きしたのか!」


 デッドロードのスキル【強欲】の力『略奪』を使った主の上書き。

 それを使って騎士の風貌を持つゾンビの動きを止めていた。

 中には普通に消滅しているゾンビもいるが。

 動きの止まったゾンビの横を通りデッドロードを追いかけるが、そんなゼラが止まる。

 怒りに狂って殺しに向かっていたゼラが明らかに動揺した風に止まったのだ。

 それはデッドロードも足を止めて観察する程である。


「ゼラお姉さんだよね!」


「久しぶり!」


「お、俺、覚えてる?」


 強くなれるかな、と聞いた事のある男の子。

 その人がゼラに話しかける。

 目が真っ赤なゼラに対しても怯える様子はなく、昔と変わらずにこやかに迫っている。

 それがゼラの脳内に過去の映像をフラッシュバックさせる。


「そうだ。リーシアちゃんも居るんだぞ! 会ったか? ゼラお姉さん?」


 子供達が疑問符を浮かべる。

 何も返事をしないで唸るだけのゼラが不思議に思ったのだろう。

 行動を起こさないゼラは正に隙だらけ。


「⋯⋯殺せ」


 デッドロードの無慈悲な呟きと共に、子供達は意識を刈り取られた。

 この場合既に記憶などはなく、ただの命令を聞くゾンビと同じになったのだ。

 皆が近くの瓦礫を拾う。骨の武器は出せない。

 そしてゆっくりとゼラに近づき、頭に向かって振り下ろした。


 瓦礫は体をすり抜けて、ゼラにはダメージがなかった。

 今のゼラに物理攻撃は意味が無い。故にゾンビの攻撃は意味がなかった。

 リーシアは骨を武器にして、その武器には魔力が流れており精神生命体のゼラにもダメージを与えれたのだ。

 そんな事はどうでも良く、『子供達が攻撃した』と言う事柄が重要だった。


「ナンデ」


 ゼラが怒りに狂ってから初めてまともな言葉を呟いた。

 それと同時に空間が揺れる。大きな地震が起きかと錯覚するほどに。

 ゼラの魔力が覆う場所の重力は魔力の圧により上昇する。


「ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ」


 意味が分からなかった。

 自分の事をしっかりと認めて関わってくれた人達が攻撃して来る現状が。

 無表情に殺そうと無意味な攻撃を繰り返す事が。


「ナイナイナイナイナイナイナイナイアリエナイ」


 それは静かな怒りだった。

 こんな有り得ない現象はデッドロードが行っていると分かる。

 それを自覚するとさらに怒りが沸く。

 怒りと共に魔力量は増えて周囲に影響を与える。


「ダメか」


 デッドロードは一気に離れる。

 魔法の準備をしながら。

 ゼラは静かに怒りを燃やしながら攻撃をして来る子供達を抱きしめた。

 子供達の攻撃は体をすり抜けて地面に激突したり、体を貫くだけで終わる。


「大丈夫、大丈夫」


 それはゼラの『人間的』な言葉だった。

 徐々にゾンビの子供達は疲れきったように眠り出す。

 支配権を上書きした。


「⋯⋯ユルサナイ⋯⋯ああああああああああああああああああ!」


 そして再びただの破壊の怪物が生まれた。


 対してヒスイとリーシアは同等の勝負をしていた。

 二刀流スタイルで戦うヒスイはトリッキーな動きをして攻めるが、リーシアは攻防しっかりとして迎え撃っていた。

 一撃一撃が軽いが速いヒスイ、一撃一撃が重く硬いリーシア。


「骨武器、刀」


 いつからか、リーシアには不思議な知識が植え付けられていた。

 ゼラとの繋がりで認識出来るようになった日本の知識。デッドロードとの繋がりで得たこの世界の知識。

 そして生まれたのは刀。

 盾を所持していない侍的な戦い方。


「テンペスト!」


 黒い暴風を纏ったヒスイは風の精霊のようだった。

 見た目は少しだけ悪魔に近づいているが。

 暴風によって強化された機動力と一撃の重みはリーシアの足を地面に埋まらせる程である。


「あああああああ!」


 それを力強く弾く。

 離れた箇所に着地するヒスイ⋯⋯刹那、リーシアとヒスイは脳内に痛みを覚える。

 それは虚しくも悲しい怒り。


「あああああああああああああ!」


「いやあああああああああああ!」


 怒りに苦しみ悶える。

 その感情に一人だけ笑う存在がある。そう、悪魔だ。


『ああ素晴らしい。流石はゼラ様。これ程の感情⋯⋯美しい』


「⋯⋯何これ、痛いよ悲しいよ」


 これが今感じているゼラの感情だと言うのはヒスイが一番理解している。

 だけどそれを受け入れる事が出来ず、痛みに苦しむ。


『この素晴らしい感情を受け入れなさい。貴女はゼラ様の契約者なのだろう?』


「⋯⋯言われなくても、私はゼラさんの全てを受け入れるつもりよ! それが仲間であり主の役目だから!」


 言葉で言うは簡単、行動に移すは至難。

 その身を狂わす程の怒り。

 伸し掛る魔力の圧力は元来魔力との親和性が高く魔力量も多いヒスイには意味がない。

 それはリーシアも同じ事。

 互いにゼラから流れる感情に悶え苦しむ。


(私なら大丈夫。いっぱいゼラさんに助けて貰ったもん。拒絶なんてしない。リーシアちゃんよりもたっくさんの時間を過ごしたんだ。寝ている時も一緒だし、冒険も戦いも、だから大丈夫!)


 ヒスイの髪色が銀髪へと変わる。

 それはハイエルフと悪魔がゼラの魂を中心に深く混ざりあった証拠だった。

 赤き血のような瞳、鍛えられた剣よりも輝く銀髪。

 その魔力量は前までのゼラと同等。

 それつまり、ハイエルフと言う枠を突破して上位魔物に近い魔力量。


「⋯⋯行くよ、リーシアちゃん」


 未だに感情に苦しむリーシアだが、無理矢理命令に動かされる。

 痛みに苦しんで血のような涙を永遠と流す。


「すぐに解放してあげるから」


『くくく。これはハイエルフも超えそうですね。さぁ頑張ってください』


「ちょっとは手を貸してくれても良いのよ!」


『もう必要ないかと』


 ヒスイはにっと笑った。


(里に居た頃はまさかこんな事になるなんて夢にも思わなかったなぁ。凄い濃厚な魔力⋯⋯だけど、何故か綺麗に感じる魔力。今の私なら、リーシアちゃんにも負けない!)


「もう、苦しまなくていいんだよ。絶対に、助ける!」


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」

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