第44話 ヒスイは誰にも渡さない
警戒しながら見守っている。
クズはのっそりとヒスイの元へと近づいている。
もしも変な動きを見せたら一瞬で首を刎ねる予定だ。
近づく度に殺意が増していく。
痛みに悶えられても困るので傷は回復させた。
クズはヒスイに右手を掲げて呟く。
「契約解除する」
それだけ言ったら終わるなのか?
もしも適当な演技だったら⋯⋯その意思を込めて殺意を飛ばした。
その圧にすぐに気づいてビビり散らすが、それで大丈夫だったらしい。
痛々しく刻まれた奴隷紋は空気に溶けるように消えて行く。
「ぜ、ら⋯⋯さ」
「ヒスイ!」
確かな光を瞳に宿して痺れる体で無理矢理笑みを浮かべてくれる。
それでもう大丈夫だと確信したつかの間だった。
本な僅かな油断が俺を絶望へと叩き落とす。
「舌を噛みちぎれ!」
既に奴隷契約は破棄された。
つまりはクズの命令に従う事はないと、そう思っていた。
だが、解除直後はまだギリギリ効果は発動するようだ。
ぼーっとした意識の中に来る命令にヒスイは⋯⋯舌を噛んだ。
「⋯⋯え」
だが、それでも解除しているから浅くだった。
血を出すが死には至らない。
俺は一瞬でクズへと接近した。
《──────ザザ───ザザ──ザ》
俺は今物凄く自分が嫌いだ。
解除したからって言うだけで安堵して油断してしまった。
その結果再びヒスイが舌を噛み切ると言う出来事を起こしてしまった。
死ななかったから良いなんて詭弁は通じない。
俺のミスだ。
すぐに回復薬をぶっかけて回復させたが、この怒りと不甲斐なさは消えない。
怒りのままクズを殴って殺したいと思った。
だが約束を破るような奴になるのは嫌だった。
だから俺は冷静にアイシアの剣を右手に持ってゴミに近づく。
「な、何を!」
「これはてめぇが招いた結果だ!」
俺は相手の手と足の指を全て切り飛ばした。
そのままただフラフラしているヒスイを肩で担ぎ上げて、ドアを蹴飛ばして部屋を出る。
ゴミの断末魔を聞きながら。
「⋯⋯ごめんなさい」
そう言ってヒスイが前のめりで倒れて、床に転がる。
俺は床につかないように支えて一緒に腰を下ろす。
今は無理に動かす訳にはいかないので、一旦休む事にする。
無駄な広い宮殿の床はとても冷たかった。
「ごめんなさい。弱くて、簡単に精神支配されて、ゼラさんに辛い思いさせて。私が警戒しなかったばかりに⋯⋯」
「違うよヒスイ。それは間違ってる。君は悪くない。全部俺が悪かったんだ。最初から怪しさはあった。もっと警戒して全てを調査するべきだった。俺にはそれが出来たのに⋯⋯人間の国ばかりに目が行って、近くの事を疎かにした。それが招いた結果だ。俺が悪いんだ。ごめん、ヒスイ」
俺は俯いてそう言った。
ヒスイがサファイアのような瞳を歪ませて涙を流し、サラサラで綺麗な金髪を揺らしながら顔を横に動かして否定してくる。
「私は主なんだから、私が悪⋯⋯」
俺はヒスイの頬に手を押し当てた。
これ以上何も言わさない為に。
悪いは全部俺なんだ。
国の事が気になって時間があればすぐに外に行っていた。
だからこの宮殿やゴミ達、部屋の調査を疎かにしてしまった。
俺には調べる力が大いになる。
『陰』の奴にも一目置かれる程にはある。
姿形が変えられるのだから調査は簡単な筈だった。
なのに、俺はそれをしなかったんだ。手を抜いたんだ。
油断した結果、甘すぎた俺が招いた。
ヒスイが痛い目にあって、怖い思いをさせてしまった。
怖かったろう。辛かったろう。
奴隷と言う屈辱を与えてしまった。守れなかった。
柔らかく若々しい肌に傷を刻ませてしまった。
解除されても、まだ痕が少しだけ残っている。
この生々しく痛々しい傷は俺が与えてしまったのと同じだ。
なんでこれには回復薬の効果が通じないんだよ。
「ヒスイ、俺には君を守れるだけの力がある。この国の事情を調べるだけの力がある」
「ゼラ、さん」
「だけど、あるだけで俺はこの力を全く使いこなせていなかった。心の中ではヒスイを守るって誓っているのに、それを完璧な形で行動に移せなかった」
「そんな事はありません!」
「あるんだよ! だってそうだろ。俺は一人で解決出来る力を持っているのに、それを使えなかった。宝の持ち腐れも良いところだ」
「ゼラさん。⋯⋯私達は互いに弱いですね」
「あぁ、そうだな」
それは的確な言葉だった。
ヒスイは精神力や総合的な力が弱い。だけど、それでも奴隷拘束の力に一度抗っている。
俺は大軍相手にも勝てるだけの強さがある。だけど、その扱い方などがまるでダメ。
互いに欠点があり強みがある。
でも、ヒスイの言葉の反対にはポジティブな事がある。
「俺達はまだ、成長出来る。強くなれるな」
「勿論ですよ。今度は誰にも縛られず、ゼラさんにだけ任せるようなマネはしません」
「もうこのような事が起こらないように俺は日々の警戒心を上げるよ」
僅かな時間俺はヒスイの頬に手を置きながら見詰めあった。
何かを言う訳でもなく、何かを考える訳でもなく。
ただお互いの無事を確かめあって安心し合う為に。
「もう、絶対ヒスイは誰にも渡さない」
「⋯⋯ッ!」
ヒスイは俺が守る。
少なくとも、ヒスイが里に帰るまでは。
或いはヒスイが俺よりも信頼し信用出来る相手が出来るまで。
ヒスイが大切な誰かと添い遂げるまで。
俺は彼女の傍にいて、絶対に守る。
あんなゴミのような奴には一切触れさせない。
もう仮初でもあのような身体的拘束はさせない。
ヒスイの心を無理矢理縛らせる事は絶対にさせない。
俺は魂に再び刻む。
ヒスイを絶対に守ると。
「ゼラ、さん」
ヒスイが頬に当てている手に手を重ねて来る。
その感覚が来たのと同時に俺は顔を上げてヒスイの目を見る。
頬をピンクに染めて唇を噛み締めて、何かを覚悟したかのような顔になる。
力を抜いて目を瞑り、こちらに向けて来た。
「ヒスイ⋯⋯大丈夫か! どこか痛いのか? それとも疲れたのか? 大丈夫だぞ。少しだけ寝てても」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ! ゼラさんのバカっ!」
「ごめん!」
「そう言うのじゃないです! ⋯⋯はぁ。ゼラさんはゼラさんですね」
「当たり前だろ?」
《────────》
ヒスイはその後腹から笑い出した。そして立ち上がる。
「他の方々が心配です。行きましょう!」
「いや。俺達はこの上に行く。獣人達は⋯⋯ルーに任せれば大丈夫だ」
「分かりました!」
そして俺達は宮殿の上まで向かう。
「私の場所良く分かりましたね」
「あぁ。シルフの声が聞こえたんだよ。あの子を助けてって。後は風の流れに従って」
「シルフ様が! それは、ありがたいことですね」
「ほんとだよ」
最初聞いた時はびっくりした。
だけど、それと同時に脳内にノイズが流れるようにもなった。
俺の焦りと怒りと同時にノイズは大きくなり、テレビの砂嵐のような音が頭に響いた。
今は何も聞こえない。きっとヒスイがいるからだろう。
アレは良くないモノな気がする。
⋯⋯でも、アレはもう二度と頭に流れない。
だって、もう絶対にヒスイを泣かせる目にはあわせないなら。絶対にだ。
俺は動きながら人間の姿からリオさんの姿へとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます