第39話 残りモノの救済
「おい! もっと速く歩け!」
「す、すみま⋯⋯」
転ける鉄の首輪を着けられた犬の獣人。身体中に痣などがあった。
体は痩せており、数日間まともな食事が無かった事が伺える。
それをウザそうに睨み、顔面をつま先で蹴飛ばす。
「うぐっ」
軽く吐血して痣が顎に出来る。
「ほら行けノロマがっ!」
「全く。こいつらは身体能力が高いのが特徴だって言うのに⋯⋯」
「なぁ、お前も見てないで手伝えよ」
そんな二人の男の会話。
ただ何もかもを諦めたような瞳に変わる獣人。
毎日のように助けを求めた希望の瞳から光が消えた。
そんな所に一人の女性が現れる。
真っ黒な黒髪がツヤツヤで腰まで伸びしている。
同様に底が見えないような真っ黒な瞳が目にはある。
顔立ちは良く、身長も高い。スタイル抜群である。
どこか作り物のような優れた見た目。
「ね、君達。奴隷売買は禁止される筈だよ? なーんで持っているのかな?」
「なんだお前?」
「お、結構美人じゃん」
若々しい肌に顔立ち。しかし、スタイルは綺麗なお姉さん。
見るからに人間だが、本能が鋭い獣人の子だけには少しだけが怯えが浮かぶ。
見た目は人間。歩き方や喋り方も人間に近い。
だが、その瞳の奥の奥、その人の本質的な何かには何も無いのだ。
だが、ほんのり優しさが滲んでいる事にも気がつく。
「外の人かな? 別に良いんだよ。どうせ直ぐに元に戻るんだから」
「戻る?」
「あぁ。こんなのは一時的なのさ。亜人は人間以下だ。奴隷にして、男は死ぬまで働かせ、女は壊れるまで使う。それが普通なんだ」
「そうなんですか?」
「そうそう。こいつの言う通りさ。こいつは仕事があるからさ。俺と近くのバーで飲まない?」
そうやって近づく男の一人。
ゆっくりと警戒心の無い動き。ただの私服で武器も持っていない女性一人敵では無いと判断したのだろう。
しかし、奴隷を引っ張っている男の警戒心は鋭かった。
この場所は裏路地。
どこかに繋がる近道と言う訳でもない。
だと言うのに、自分達の前に現れた外の人間。
しかも、男二人で武器を持っているにも関わらずわざわざ近づくのだろうか、そう考える。
正義感が強いから。そんな理由で片ずける事は出来ない。
何故なら、それだったら直ぐに奴隷とこの男を離すからだ。
さらには大声で叫んだりして威嚇する。
しかし、この女は全く持ってそう言うのがない。
冷静に状況を分析して悪い面を言葉に出す。
それを理解した瞬間に奴隷を持った男は手を伸ばし叫んだ。
警戒心が確信へと変わった。だから仲間を止める。
──この女はやばい。
その確信に従って。
だが、遅かった。
既に女に肉薄していた男は殴り飛ばされていた。
それによって起きた風に黒い髪は靡き、僅かに照らす月明かりが輝かせる。
そして、女性に浮かぶ優しくも悪魔のような笑み。
「すみません。手が滑りました」
「ちくしょう! 何もんだお前っ!」
腰に担いでいた剣を引き抜こうとしたが、一瞬で肉薄する女。
その手には殴り飛ばした男から奪っていた剣が握られていた。
スピードが圧倒的に違う。
剣を抜く前に切り飛ばされる。そう自覚した。
「で、何をしているのかな?」
「殺す気は無い⋯⋯ようだな。話すから」
「ならば剣から手を離せ」
「わ、分かった」
剣から手を離して両手を上げて、地面に両足を着ける。
同時に女は獣人の女の子の首輪を斬り外した。
無くなった事を首付近の空気を握って確かめる。
うるうる涙を浮かべる女の子を優しく抱擁する。
「もう大丈夫だよ」
優しい声に泣き出す女の子。
この隙だらけのタイミングで逃げ出そうかと考えた男。
しかし、その周囲を悪魔のような殺気が包み込み、動く足を止めた。
「で、何をしていた?」
「お、俺は元々奴隷を商人に売っている卸業者だ」
「この子はどこで?」
「近くの草原で遊んでいるのを⋯⋯拉致した」
刹那、女から相手の意識を刈り取る重たい殺気が放たれた。
その重圧に男程度の精神力では耐えきれず、泡を吐き出して、白目を向いて横に倒れた。
「さて、近くの里とかに住んでるの?」
「あ、えと。その。ま、街の方に⋯⋯」
「どこの街かな?」
「わ、分かりません。自分の街の名前、分かりません」
「ここまで来るのにどのくらいの日時が掛かった?」
「五日くらい、です」
「そうか。とりあえず、大きな街、獣王国に行こっか。そこにはたっくさんの獣人が居るよ」
「うんっ!」
カラスのような黒い翼を女性は生やした。
「烏種のお姉さん?」
「秘密。俺はゼラ」
「おれ? ティナって言います!」
「行くよ」
ティナを抱き上げて翼を広げて飛び立つ。
しっかりと顔を抱き締めて首が折れないようにする。
そして月が照らす夜の世界を素早く黒い人間が飛ぶ。
「綺麗」
星が煌めく。
高速で飛んでいる状態で星空を眺めるティナ。
ゼラはそんなキラキラした瞳を空に向けるティナを微笑ましいに見る。
どんどん加速して行き、地上を進んでいた時よりも何倍も速く、たったの三時間で獣王国へと到着した。
「あ、こ、この街です!」
「それは良かった。どこら辺に住んでるいのか覚えている?」
「えっと。おっきな建物で、色んなお友達と一緒に住んでいました!」
「もしかして孤児院かな? 確かあっちの方向だったような」
ゼラは記憶を辿って孤児院の場所に飛んだ。
ティナが「あれです!」と孤児院を指さした。
「ビンゴだな」
そのまま門の場所にティナを置く。
ちょうど近くを歩いていた孤児院の管理人が向かって来た。
「ティナ!」
直ぐにティナだと気づいて抱き着く。
数日前から行方不明となり、諦めかけていた。
そんな時に戻って来た。管理人の感情は簡単には分からない。
「烏のお姉さんが助けてくれたの」
「烏の? どこ?」
「え?」
後ろを見ても既にそこにゼラは居なかった。
◆
「もう夜が明けたか。速く帰らないとな」
俺の体が肥大化して行き、ドラゴンの体へと変わる。
結局これが一番速いスピードを出せる。
起きる時間に俺がいないとヒスイが驚いてしまうからな。
それにしても、やっぱり全体的に今回の同盟は冗談だと思ってるんだよなぁ
それだけ人間絶対至高主義は大きいのだろう。
長年の考えは国民に浸透しており、簡単には変わらない。
それを変える事は難しいだろう。
そもそも変える必要はないのかもしれない。
太陽が登って行くのを見ながら風を感じる。
ドラゴンの体になっていると、凄く好戦的になってしまう。
⋯⋯あれ? あんまり変わらない?
体が凄くでかいからちょっと扱い難い感じはする。
それでも、どんな体よりも力がある。
そう言えば⋯⋯この母体となったあのドラゴン、結局なんだったんだろうか?
誰かに操られていたと言うか、洗脳されていた感じがしたドラゴン。
殺してくれと願う程には苦しい思いをしたのだろう。
何が目的だったのか、既に知る由もないけど。
「ま、知ってても関係ないか」
城壁が見えたので人間の姿に戻って、俺は城へと戻った。
明日は朝食、自由時間、そして会談だ。
特に問題はないし、直ぐに終わる事だろう。
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