第36話 一騎当千の白騎士
ゼラ達の会談と同時刻。
「エース殿、不本意ながら、手助け願う」
「正直者ですね。勿論です」
「⋯⋯」
「ん?」
少し明るい口調な事に疑問を持つビャだったが、気を取り直す。
男の獣人が六人、女の獣人が四人、ヒスイ、人間の騎士が二人だ。
ビャとアイシアが先行して森の中を進む。
副騎士団長と言うある程度の強さを持つ二人が揃っている理由は、アイシアの監視をビャが行うためだ。
「あと少しで到着する。魔法を使える者は詠唱を始めろ! エース殿は魔法を使うのか?」
「はい。ですが、問題ないです。既に始めてます」
「会話をしながらか?」
ビャとエースの会話を騎士達は聞いている。
「⋯⋯ッ! 止まってください!」
「どうした!」
「どうしましたか?」
ビャとアイシアがヒスイの言葉に耳を傾ける。
ヒスイは片膝を地面に置いて、森を良く観察する。
「自然的じゃない。どこかしらに人工的な跡がありますね。罠がある可能性が高いです」
「それは誠か!」
「はい。その点に関しては自信があります。獣を捕らえる罠ではなく、人を捕らえる罠。それなら十八番ですよ」
「え?」
ヒスイはエルフだ。里の場所は世界的に知られている。
エルフを奴隷として売る為に捕まえようとする人は普通に居る。
そのため、動く人を捕まえる罠に関しての知識や経験はヒスイの中に蓄積されている。
だが、今回は少し違う。
待ち伏せ、迫り来る者を妨害する為の罠である。
その為、使うのが少し違う。やり方も違うだろう。
だからこそ、より慎重に森を観察して、人の手が加えられてない森をイメージする。
その元の森からどのように手を加えられたのか確認する。
「まだか!」
「もう少しです」
風の流れで空間の位置も把握して行く。
「分かりました。今から魔法でマーキングします。その場所に足を置かないで」
ヒスイが詠唱を始める。イメージ魔法は出来るが、イメージの流れがすぐには出来ないので詠唱を使う。
魔法の詠唱を覚えて、それぞれの性質を理解しているが、それをイメージに変えるとまた違うのだ。
「我が目にその場を固定し示せ、マーキング」
ヒスイが認識した罠全てに赤い光が宿る。
それを確認して全員が走り出す。ヒスイは木に登って皆とは別行動する。
「エース殿⋯⋯あの方は一体何者だ? これ程までの魔法技術を⋯⋯」
「ビャ副団長、各々詠唱が終わりました。いつでも発動可能です!」
「了解した。アイシア殿、それでは」
「はい。ご武運を」
獣人の騎士を四人引き連れてアイシア達は別行動をする。
基地を挟み撃ちにする為に動くのだ。
だが、同時に攻めるのではなく、時間をずらす。
その為、魔法の準備を終えた騎士とアイシアは先行する。
開けた場所の崖にぽっかり空いた穴、そこに盗賊達は居る。
「敵襲だああああ!」
「獣王国の奴らだ! 全員武器を持てえええ!」
「門番は魔法で蹴散らせ! 魔法撃てぇ!」
炎の魔法が門番に向かって放たれた。
すぐに放たれた魔法は防ぐ事も出来ず、その身を焼かれて行く。
「リオ様からの指示もある。なるべく殺さず捕らえろ!」
生かして捕らえる。それがリオのドッペルゲンガー、ゼラから言い渡されていた。
それを理解している獣王国の騎士達も意識はしているが、簡単では無い事も理解している。
魔法を打ち終えて、洞窟から出て来る盗賊達には剣を抜いて攻める。
「我々は誇り高き獣人だ! 野生の力を扱える存在だ! 行くぞおおお!」
リオの咆哮は獣人達の身体能力を向上させる。
これはゼラとリコオだけが自覚している彼女の力、【指揮者】と言うスキルの力だ。
人を指揮する際にその対象の力を上げる事が出来る。
そして獣人は獣の力をその身に宿した存在である。
その特徴としては当然、その獣の力などを扱える事や身体能力の高さだ。
魔法ではなくフィジカルで戦うのが獣人のあり方だ。
魔法を使うのは先制攻撃のみ。
「白速剣!」
剣に手をかけて引き抜く。銀色の筋を残して盗賊の腕を切り飛ばした。
速剣、そう呼ばれる程のスピードの斬撃である。
「腕がああああ!」
「同胞達を解放して貰うぞ!」
既に臭いで居る事は確信している。
助けが来たと喜び、僅かな笑みや希望を込めた言葉が微かに聞こえる。
それだけあれば、ビャは、彼女は剣を躊躇わず振るう事が出来る。
そして、個の力だけで副団長まで上り詰めた彼女の力は、後ろに居る有象無象の騎士達よりも何倍も強かった。
「血が出過ぎだ。白炎剣」
剣に白炎が宿り、それを腕の切断面に押し当てて止血した。
そして蹴飛ばして無力化をする。迫り来る盗賊達も同様に腕を切り飛ばして無力化する。
気絶はさせない。絶大なる痛みを与えて苦しみ、そして無力化するのだ。
逃げようとしても問題ないと言う確信が彼女にはある。
それを証明するように、精神の強い者が騎士達の隙を突いて逃げようとした。
だが、その膝を狙って矢が飛んで来る。それは百発百中。
「やはりな。悔しいが、リオ様が認めるだけの実力はある」
痛みに悶えて必死に逃げるだけの盗賊には避けれない。
そのくらいにまで弓の精度を上げたヒスイ。それにはゼラとの特訓の成果もある。
そしてドラゴンの素材を使った弓をはかなりの速度で矢を放てる。
ある程度の力がないと弦を引く事も出来ないのだが、移動中の筋トレでそれも解決である。
「⋯⋯逃げろ! こいつらは化け物だ!」
盗賊の一人がそう叫んだ。
しかし、そいつの背後により一層の大きな男が立つ。
「そんなのは俺が許さない」
「ビデオ様!」
それは盗賊の親玉だった。
ビデオは周囲を見渡す。騎士一人が盗賊二人を相手してようやく互角。
それだけ獣人の騎士達の戦闘力が高い事を示している。
洗礼された剣術、獣の勘と身体能力。近距離戦で人間が獣人に勝つのは難しい。
ビデオは一人の女に目を向ける。
修羅と化しているビャ。炎の剣を構えて、その周囲には腕を無くして悶え苦しむ盗賊が沢山居た。
「ビデオ様⋯⋯」
「おい。ガキ共持って来い。奴は俺が殺る」
「わかりました!」
盗賊の一人が洞窟の中へと逃げて行く。
鉈を取り出すビデオに飛んで来る矢。それを軽々しく鉈で弾いた。
「獣風情が、調子に乗るなよ」
「雑魚は数が居ても変わらないと再確認したよ。お前は、雑魚か?」
「行くぞ」
構えを取るビデオだが、ビャは構えを取らなかった。
そんな舐めた態度に苛立ちを表しながらも、真剣に相手を見る。
「飛速一閃」
「お前も弱い。白炎剣、輪」
炎の斬撃が一瞬、弧を描く。刹那、ビデオの両腕が綺麗に落ちる。
「⋯⋯は?」
「我が騎士達よ! いつまで攻防戦をしているつもりだ! さっさと終わらせろ!」
ビデオの断末魔が響く。丸太ように太い腕は輪切りにされており、炎によって止血されている。
「あああああああ!」
「獣人を舐めすぎたな」
綺麗に腕は斬られている。返り血も浴びえていない。それがビャの技術の高さを表していた。
そして、ビデオの敗北で混乱し、連携を崩した盗賊達も制圧される。
「ここは最弱の基地なのか? 流石に弱過ぎじゃないか?」
「いえ! ビャ副団長が強過ぎるだけかと! 実際盗賊達も弱くはありませんでした」
「買い被りだな。それはお前達の訓練が足りないだけだ。⋯⋯団長に言って訓練をもっと難しくして貰おう」
「お前、余計な事言うなよ」
「まじで空気読めない自分が嫌いだわ」
ビャは個人として認めらている。それは周囲の憧れとしても見られているようだった。
そして、洞窟内は機転を利かしていたアイシア達が制圧していた。
「クソっ! なんで、なんでだよ。簡単な仕事じゃ無かったのかよっ!」
そんなビデオの言葉に獣人達は冷ややかな目を向けるだけだった。
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