第21話 最高に頭のおかしい主
「それでは、行きましょう!」
「バイクになる?」
「いえ。そこそこの距離なので、ゼラさんの魔力の事も考えて飛んで行きます。⋯⋯風よ、我が身を乗せて、目的地へと導きたまえ、フライト」
ぶわりと風が起こり、ヒスイの体が空へと上がって行く。
そして自由に飛行して、「これで行きます!」と言って来る。
俺は自分の背中から翼を生やして空に飛び立つ。
これなら魔力を消費する事も無い。
「⋯⋯なんでもありですね」
「今更? 運ぼうか? ヒスイの魔力節約にも成るし」
「あ、いえ。空を飛ぶの久しぶりですし、今後の事も考えて練習したいので、当分はこのまま行きます。さぁ、行きますよ!」
ヒスイは自信満々に直線的に飛び立った。
しかし、俺はその後を追い掛ける事はしなかった。
それに気づいたヒスイは急停止して戻って来る。
「なんで来ないんですか!」
「いや、あっちだろ」
俺は右側の方を指さす。
宿から指した方向と国への出入口の門の位置的にブレが生じた。
それを指摘し、ヒスイが地図を開いて考え込む。
「そうですね」
「全く。俺の保護者ならしっかりしてくれ」
「えへへ。申し訳ない。にしても良く分かりましたね」
「太陽の位置的にな。行こう。ヒスイの魔力が無駄になる」
「はい!」
そしてそれから正午の時間帯に成るまで飛び、湖の傍で降り立った。
今知ったのだが、ヒスイの魔力量はかなりある。
ひたすら飛んでいたのに、疲れている様子が見えない。
「あ、不思議に思ってますか?」
「まぁ」
「シルフ様の加護を持つ我々は風の扱いが上手です! 故に、消費魔力を最小限に抑えて最高効率で飛べるのですよ!」
「へー」
「反応薄いですね!」
薪を集めて、掌を向ける。
目を瞑りイメージ映像を強く作り出す。
どうやって火が出来るのか、どのように火が灯るのな、何が必要なのか、細かくイメージをする。
ぼう、火が出て来る音を鳴らして薪に火が灯る。
見事に成功した。俺のイメージだけの魔法である。
しかし、具体的なイメージだと時間が掛かるので、実用的では無い。
もう少し短縮したいところだ。今のは、木を擦って火を付けた。酸素を使ってどのように火が上るのかもきちんとイメージした。
ライターのイメージでは出来ないからだ。マッチやガスバーナーでも試してみたい。
「ゼラさん⋯⋯いつの間に魔法を覚えたんですか。と言うか、詠唱をどこにやりました?」
「いや知らんし。イメージで出来るならその方が実用的だなって思ってたし。その方が自由度もあるし」
「えー。無詠唱なのに全然満足そうでは無いですね」
肉を焼きながらお湯も沸かす。水には豚の骨を浮かばせている。
硬い野菜も投入して行く。
「そりゃあな。こんな遅い発動だと実戦に役に立たないだろ? それじゃ意味無いじゃないか」
「そうですか。凄い事なんですけどね」
ある程度焼いた肉を火から離して、タレを付けてヒスイに渡す。
他の肉を取り出して切り刻み、お湯の入っている鍋にぶち込む。
「ありがとうございます」
ある程度煮込んで来たので、他の調味料を入れて、柔らかい野菜をぶち込む。
そのまま数分グルグル回す。味を確かめて問題ないと判断し、皿に盛り付けてヒスイに渡す。
「流れる様に料理しましたね」
「硬い順から野菜入れた鍋は料理って言わないだろ?」
余っても、保温性の筒に入れれば保存可能だ。
魔法があるこの世界の保温性は完璧である。ただちょっと荷物が嵩張る。まぁ、弁当箱はいずれ使えるかもしれないし、持ってて問題ないだろう。
車が欲しくなる。今の俺が成れるのはバイクくらいだからな。
ご飯が終わり、ヒスイのお花摘みが終わったので、再び飛び立つ事にした。
月が上るまで飛んで、川の近くでテントを張った。
晩御飯を終えて眠りに入ったヒスイを見送り、右手を釣竿にして、湿った地面を掘り起こして入手したミミズを括り付ける。
気持ち悪い。するんじゃ無かった。しかもこのミミズ、めっちゃ歯が生えてる。
目を逸らし、川へと垂らした。
「釣りが出来るかの検証だけど⋯⋯これ、糸切れないよね?」
それって俺の腕が切れるのと同じなんだよな。
引っつける事は可能だけど、夜の川で細い腕を探せないだろう。
「先日の汚点掃除、我々の代わりに行って頂き感謝致します」
「⋯⋯」
俺は振り返る事はしなかった。
こいつは多分、あの傭兵との戦いで横槍を入れた奴だ。
背後に居るのに、ちゃんと意識しないと姿が確認出来なくなる。
背後に居るのに、気配を全く感じない。
⋯⋯と言うか、空を飛んで移動した俺達にどうやって付いて来たんだよ。
「貴方が犯した事は罪には成りません。証拠とか関係なく、元々処分する予定でした。なので、後悔など悔やむ必要は無いです」
「安心しろ。そんなのは無い。こっちはクズだからな」
「そうですか。⋯⋯それと我が主から⋯⋯陰にスカウトする様なお話があります」
「それが本題か。なんで?」
「姿形を変え、見ただけで相手の技術を盗むその武芸の才、それを高く買っております」
「君には勝てないようだけどね」
「経験の差です」
こいつは傭兵が言っていた、凄そうな陰の奴らかもしれない。
それ程までに実力差を感じる。
「望む環境を用意すると言っています。孤児院の先生として過ごすのも許すそうです」
「そりゃ良いな⋯⋯でも、お断りします」
「理由をお聞きしても」
聞くまでも無いだろ。俺は横目でテントを見る。
一度深呼吸して、俺ははっきりと告げる。
「こんなクズを仲間って言ってくれる、最高に頭のおかしい主が既に居るからだよ。てめぇの主なんか今の主に比べたら足元にも及ばないね」
「その考えは深く理解出来ます。私もそう思いますからね。それではこれをプレゼントします」
ノールックで投げ渡された物を受け取る。
目の前に持って来ると、巻物の様な感じだった。
「陰の技術が載せてあります」
「良いのか?」
「貴方は確実に我々と敵対しない。寧ろ仲間になる。だから問題ない、との事です」
「どこにそんな保証が」
「あのエルフの里と我が国は同盟関係にある。だからあのエルフも我が国へと最初に来た。そんな相手を敵に回しますか? 貴方の名ずけ親、貴方のお友達が笑っていたこの国を相手にしますか?」
「そりゃあずるいな。ありがたく受け取っておくよ」
「それでは私はこれで。離れ過ぎてしまったので急いで帰ります」
俺達を追ってこれた理由がこの巻物にあるのかな?
流石に無いか。なんか基礎って書いてあるし。
気配の消し方とか探り方とか、あるのかな?
スキルが手に入るのかな?
「あ、あと。孤児の子供達の墓なんですが⋯⋯」
「ちゃんと浄化してくれた?」
「寧ろその逆で、遺骨も何も無かった様ですよ」
「⋯⋯は?」
「私に殺気を向けないでください。死霊系の魔法が使われた形跡があります」
「⋯⋯そうか。だけど、もう俺には関係ない。もう、別れたから」
「そうですか。我々も掴めてない事が多いです。これが我々の知ってる事です。犯人は誰か、死体はどこに行ったかは分かりません」
「そうか。こっちこそ感謝するよ」
もしもそいつがクソ野郎で、殺したいと思った時は⋯⋯確実に殺る。
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