第16話 家族公認無能公爵カマセ
「国から任された孤児院の火災事故。これで奴の信頼も失墜し、公爵と言う爵位も下がる事だろう!」
「そうですね。カマセ様」
護衛の傭兵とこの国で一番国民から支持を得ている公爵家と敵対している公爵カマセ。カマセと対立している公爵は宮廷貴族である。
ワイングラスを回しながらそう呟いた。
この国では国に尽くす貢献度により爵位が与えられる。
貢献度が高ければ平民から貴族に成り上がる事も可能だが、かなり難しい。
貴族でも、世代を繋いで爵位を上げるのが基本。
年始に階級指定制度がある。これは昨年の累計貢献度により爵位が入れ替わったり与えられたりする制度。
貢献度が低ければ貴族としての爵位が剥奪される可能性もある。
そして、爵位の与えられる数は決められており、貢献度が高い順から収まる。
そして、この貴族は貢献度が低く、次の階級指定が始まれば公爵と言う最高位の爵位は剥奪になり、その下の爵位へて落ちる。
何故なら、彼が収める領地から国に流される税金が少ないからだ。
金を収める以外にも、国民にどれだけ支持されるか、その他諸々。
国に与える影響と国民に与える影響、その総合が貢献度。
カマセと呼ばれた貴族の先祖は確かに凄かった。
小さな辺境の領地を開拓し、今では観光地として有名な場所まで大きくした。
その功績はカマセが跡を継ぐまで続いていた。
しかし、カマセは自分の身内をひたすらに裏で処分し、跡を継いだ。⋯⋯その価値は無いのに。
継いでからは増税を重ね、しかも国に収める金をちょろまかし自分の為に使っていた。
さらに、領地管理を家臣に丸投げして王都と言う大都市で自堕落する日々だ。
領民の不平不満は募るが、力でねじ伏せる。それでも必死に観光地として維持する領民達の努力は、カマセのタプンタプンの脂肪に変わるのだ。
「失礼します」
ドアをノックして入って来たとはカマセの娘であった。
「なんだ? ワタシは大切な右腕と酒を交わしているのだぞ」
「まぁまぁカマセ様。折角帰って来たお嬢様です。一度席を外しますね」
尊敬など全く感じないセリフを漏らして傭兵は外に出て行く。
「で、なんだね」
「今日も月一の領民アンケートをまとめた資料を渡しに来ました」
「どうせ税を下げろとかだろ? そんなの要らん要らん。捨てておけ」
「⋯⋯無能の豚足が」
「なにか言ったか?」
「いいえ」
娘に勉強と称して領地へと行かせていた。
娘はその場にいる家臣と一緒に協力し、裏で色々と根回しをしてた。
それにより、何もしなくてもこの家は公爵として維持出来ていた。
(私がどれだけ信頼を取り戻すのに頑張ったと思ってんだこのクソ豚が)
親を兄を姉を暗殺者を使って殺した事を、増税するだけして政治は丸投げな事を、全てを知っている娘。
この娘は先祖返りと呼ばれる程に優秀であった。
(自由な金があったらてめぇを私がぶっ殺してるわクソが。母様が貯金を頑張ってるけど、この豚の浪費が⋯⋯母様。耐えてください。いずれ必ず、幸せに暮らしましょう)
そんな内心なんて考えれる筈もないカマセの元に傭兵が戻る。
娘も下がり、外に出て母親の元に向かう。
「孤児院の火事、原因知ってるか?」
「さっきこっそりに盗み聞きしました。あの傭兵は気づいているみたいでしたが。やっぱりあの無能が主犯だった」
「そっか。終わったな。俺たち」
「そうね。終わりよ」
それはその子の兄であり、最近片思いしていたエリスと言う少女に逃げられた男だ。
「俺も、あの無能が居なかったら、エリス様と結婚出来たのに」
「いや無理無理。お兄様の年齢は18よ? 10も差があるのにさ。止めてよ」
「だって、あの子凄く可愛いんだよ」
「知ってるけど。止めてよ? ほんと」
「大丈夫。もう心を入れ替えた。初恋は辛いな」
「キモ」
そんな二人の元に母親が近寄った。少しだけやつれて、服装は良くても見た目が貴族らしくない。
「二人元、逃げませんか?」
「母様、どこにですか? 元々は国営予定だった孤児院を宮廷貴族様が⋯⋯」
「エリス様⋯⋯」
「⋯⋯完璧な形で完成させた。さらに、大きな教会との繋がりを作った。しかも、宗教に入らずに。そんな優秀な貴族相手にあいつが勝てる訳無い」
「政教分離とは」
「あくまで同盟関係よ。それも今では怪しいけど」
「はぁ。二人ともごめんね」
「「お母様が謝る事ではありませんよ」」
カマセは無能だが、息子と娘は優秀だった。
息子は幼女思想に走りそうになったが、想いを寄せていた相手に逃げられた事で覚めた。
そして娘は超優秀。
そして、母親も貴族の娘。三人は今後の事がある程度予測出来ていた。
「国の秘密情報暗殺機関、『陰』には嘘も通用しない。なんでそんな上流階級常識を知らないのよあいつ」
「俺も不思議で成らん」
「政略結婚は辛い。今でも辛い。でも、二人に会えて嬉しかった」
「「⋯⋯」」
「私はあの豚が許せない。罪もない子供や教会の使徒の命を、自分の保身の為に消すなんて⋯⋯自分の手で下せないのが、情けないよ。あの傭兵、本当に何者なのやら」
毒殺、寝込みを襲った暗殺⋯⋯全てが未遂。
「俺も。みんな可愛いのに。許せん」
二人の目が冷たくなり、弁明を始める息子くん。
「なんで自分が低いから、周りを下げて公爵を維持しようと考えるのやら。やり方もバカだし」
「バカだからだろ。向上心があり、まともならきちんと領地に居るよ。あれでも領主だぜ?」
しかし、この三人に予想外な事が数日後に起こる。
全ての真実が明るみになるのは、宮廷貴族の悪評が広まり、孤児院の火事事件から五日後である。
その前に、大きな火事が起こる。
「誰か、あの豚。処分してくれないかなぁ」
娘がボソリと呟いた。
屋敷が焼き尽くされるのを条件にそれは果たされる事に成る。
そしてカマセ達の所ではワインが無くなっていた。
「空か。持ってこい」
「は、はい」
隠れるようにしていた獣人が現れて、新たな瓶を持って来る。
その首には鉄の錠がしてあった。
奴隷⋯⋯この国では禁止されている存在であった。
「カマセ様。この後はどうしますか?」
「そうだなぁ。今頃、あそこの娘と彼奴は大きな盗賊団に襲われて、絶望している頃だろう。他にも一つ一つ潰していくさ。金はこっちの方が多いからなぁ!」
「そうですな」
「いやぁほんとお前を雇って良かった!」
「いえいえ。こちらこそ、泥水を啜る生活から、まさかこんな高級な酒を飲める生活が出来るなんて⋯⋯カマセ様には感謝していますよ」
「そうだろそうだろ? どうだ、奴隷で遊ぶか?」
「そうですね⋯⋯では、地下室八番の子で」
「良かろう」
近くに控えている奴隷の表情は変わらない。
もう既に心が壊れており、瞳に光が無かった。
無能な主人と飼い犬の傭兵。地下には複数の奴隷。
優秀で父を本気で死ねと思う娘と息子。自分の身を削って家臣の給料を出す母親。
それがこの家の現状であった。
「やっぱり、犯人を探るのが一番だったな。ギリギリ間にあいそうだよ」
「誰だ貴様!」
傭兵が剣を抜く。
「今まで気配が無かった。何者だ」
「あったろ? こっちは気配を消す技術は無い」
ベランダへと繋がるガラスドアを破壊して中に入って来るのは女の子であった。
「まさか、さっきまでの虫の気配が⋯⋯」
「虫でも殺す認識を持つんだったな。⋯⋯一つだけ質問しよう。孤児院の子供達が死んで、なんとも思わないのか?」
「ワタシの為に死ねたのだ? 感謝するのが普通だろう。なぁ?」
「えぇ。カマセ様の仰る通りです」
「⋯⋯そうかい」
冷たく鋭い眼光が二人を捉えた。そして、その部屋のドアを強く開いて中に入って来る娘達。
「何事⋯⋯誰?」
「り、リーシアちゃん! いや、違う。お前は誰だ!」
「お兄様が知ってる⋯⋯孤児、いやでも」
「リーシアを知ってくれている人が居たのか。君達の会話を聞いて一時間も無いけど、悪いのはこのカマセって言う豚だろ? そして、それを守るお前も敵だ」
女の子はそう言い、近くに立っている奴隷を見る。
「ここでは違法だろ? その陰とやらにもバレてるんじゃないか?」
「それは問題ない」
傭兵が答える。
「⋯⋯娘と息子、地下にも奴隷が居るらしい。そいつらを逃がしてやれ。やってくれ。そして、この屋敷に居る人を全員外に出て、逃げろ」
「分かった!」
娘は何も質問せず、その意見に従った。
彼女は見た。女の子の瞳に宿す『殺意の炎』を。
そして、カマセ、傭兵、女の子の三人だけがこの部屋に残った。
「じゃ、始めようか。それと、さっきの話的に上位の人しか知らない陰の存在、そして奴隷の存在を知られない理由を吐いて欲しいな。こっちは情報も欲しいんだ」
「どうだろうな」
「あっそ。その外道を守るなら、お前も容赦なく殺す」
「俺がお前を殺す」
そして、傭兵と女の子の戦いが始まった。
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