誕生日と賭け

22-1 誕生日と賭け

 



 日向ぼっこがしたくなる小春日和だ。

 吹奏楽部の演奏が響き、

 体育館からボールの弾む音が聞こえてくる。

 下校のためガヤガヤする駐輪場を抜け、

 ぼくは校門を出て、左に曲がった。





「キンモクセイって、

 ロマンチックだとおもわない?」

 

 君が、ぼくにきいた。

 まぶたをおとし、鼻先を花にちかづけている。


「こんな所にあったのか」


 毎日、通っているのに気にもとめなかった。

 校庭の金木犀が、

 塀からせり出し、歩道にとびでていた。

 小さな花が、幾千も咲いていた。

 淡い橙色で、石鹸のような甘い香り、

 そこはかとない郷愁に誘われる。

 鼻をくんくんとさせ、

 君は少女めいた顔つきをしていた。


「描写魔法で、絵画を描く」


「は?」


 意気揚々にバチバチと、君は、

 スマートフォンのシャッターを切りだした。


「魔法じゃないだろ、

 スマートフォンで写真を撮ることは」


「魔法よ。縄文人からしてみれば」


「まあな」

 

 画角にうまく収まらないようで、苦戦していた。


「上杉アシスタント。その上の花の房を、

 下に10センチさげてくれないか」


「はいはい」


 しつこく指図されながらも、ぼくは渋々と従った。

 花を背景に自撮りまでしている。

 やっと納得のいく写真を撮れたようで、

 君は、達成感に満ちた笑みをみせた。



 プップウッ───────────ッ!!!



 突如、甲高い音が耳を突いた。

 ぼくは後ろを振り向いた。

 車道を走るトラックが、

 道路を横切るとする生徒たちへ、

 数回、クラクションを鳴らした。

 その音が、ぼくを一気に現実に引き戻した。

 ぼくは、一人だった。一人で、

 校庭の塀の前で、立ちどまっていた。

 回想していたのだ。

 去年の秋、

 今井雪と一緒に、

 金木犀を見ていたことを。

 思考にどっぷりと浸かり、

 記憶を、現実のように感じていたのだ。


 目前には、

 とっくに花を落とし、

 緑の葉がゆれている金木犀。

 下を見ると足元には、

 色あせた、

 小さな花がたくさん散らばっていた。


 ぼくは思った。

 君と出会ってから、

 ありふれた日常に埋もれている、

 美しい存在を、つかめるようになったのに。

 忘れてしまった。

 美しい、景色も

 美しい、音も

 美しい、花の香りも

 美しい、君の手の感触も



  いま、自分がどこにいるのかも、

  忘れそうになる。


  遠い空には、銀色の月が光っていた。














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