見えない糸

12-1 見えない糸




 今井雪と、接触するチャンスを探していた。

 彼女が部活を終え、

 校舎を出た後を狙うのが最善だろう。

 それまでの時間をつぶすため、

 放課後、ぼくは、図書室で勉強をした。



 

 正面の窓を見た。

 空は橙色に染まり、日が傾きかけていた。

 ぼくは、図書室を退室し、

 とめどなく校内をさまよった。


 カキィーン!

 グラウンドから野球部のかけ声が聞こえる。

 エイヤーッ!

 覇気のある雄叫びに、竹刀の衝突音がなった。

 運動部の一年生が、ジャージ姿で廊下を走る。

 第2体育館では、

 バスケットボールの弾む音がつづいていた。


 久しぶりに、

 ぼくは、例の場所へと行ってみた。

 北棟にある、階段の踊り場だ。

 昇降口から階段に入り、

 3階まで上り、ぼくは上を見た。

 上部の大きな窓ガラスから、

 青白い光がうっすらとあふれている。

 逆光のため、窓枠が黒い十字架のように見えた。

 清心な感覚がした。

 踊り場の、広い壁にもたれた。

 4階の音楽室から、

 チェンバロの音が響いてくる。

 音楽部員が演奏しているのだろう。

 思い出してしまう。

 夏休み、第2会議室へ行くときに、

 ここに立ちどまり、いつも演奏を聴いていた。

 静謐で澄みきった音色、甘美な旋律、

 調べは、思い出をからませ想起させる。

 過去は記憶となり、

 心に堆積していくものだと感じた。



「変奏曲、12番までか」


 7月に聴いたときは、9番までだった。

 今は9月下旬。

 2ヶ月間で、着実に演奏の腕を上げていた。




 階段を下り、第1体育館へ行った。

 だれもいなかった。

 正面には横長の舞台があり、

 壁には校歌と校訓が飾られている。

 目をとじると、文化祭のシーンがわきあがる。

 置き忘れた、

 バスケットボールが隅に転がっていた。

 手に取り、ドリブルした。

 床に弾けるボールの音が、高い天井まで反響した。

 オレンジ色のリングと白いネット、

 床には、

 直線と曲線が交錯したラインが走っている。

 ぼくは、ゴール前にある、

 半円のフリースローラインに立った。

 シュートを打つ。

 リングに数回跳ねて、

 ネットに吸い込まれていった。





 ロッカーで靴を履きかえ、校舎を出た。 

 校門の手前にある、丸い花壇に座った。

 今井の下校を待ってみる。

 まちぶせだ。

 花壇には向日葵の姿はなく、

 雑草が生えているだけたった。

 前を眺めた。

 視界の左半分は、5階建ての校舎が占め、

 右には、夕方の空に、ちぎれ雲が浮遊している。

 ときおり吹く風が、

 深まりつつある秋を教えてくれた。



 生徒の一群が、玄関から出てくるのが見えた。

 陸上部の女子たちだ。

 そのなかに、今井がいた。

 しゃべりながら歩き、距離が近づいてくる。

 彼女の方をながめていると、

 遠目で視線が重なった。

 今井は一瞬、ぎょっと驚いた表情をした。

 ぼくの心拍数が突飛に上昇した。

 逃げるように地面に視線を落としていたら、

 ぼくと花壇の前を通り過ぎて、

 今井は部活仲間と帰り、行ってしまった。













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