10-11 文化祭  閉幕




 ソースの焦げたこおばしい臭いがした。

 吹き抜けの中庭には、

 白い煙が立ちのぼっている。

 模擬店が軒を並べ、生徒の行列ができていた。

 ぼくらは食い物とスイーツ各種を買いこんだ。


 日影に入り、三人で食べていたら、

 ひずんだギターの爆音が、

 でかいスピーカーから響いた。

 パン! パン! パン! パン! パン! パン! 

 クラッカーが弾けて、

 雪のように紙吹が5階から降ってくる。

 文化祭のメインイベントである、

 バンド演奏が始まった。

 ステージで飛び跳ねるボーカルと、

 アッパーな曲調にノリノリの生徒の波、

 中庭一帯がライブハウス状態になり、

 熱量は上昇していった。




 気がつくと日は傾いていた。

 文化祭の垂れ幕がはずされ、

 生徒は後片づけにおわれた。

 文字どおりの祭りの後といった空気感で、

 人気は減り学校は閑散としていった。

 空には赤黄色の雲が浮かび、

 セミの鳴き声はもうない。


 ぼくら三人は、

 校庭の丸い花壇に腰をおろした。

 向日葵が立っている。

 黄色い花びらは枯れて、

 たくさんの種を実らせていた。


「祝杯をあげるか」


 ぼくはアイスコーヒーを手にして、

 小嶋はスポーツドリンク、

 今井はレモンスカッシュだ。


「お疲れ! 乾杯!」


 ぼくらは口数が少なく燃え尽きていた。

 ぼくは、

 ただただ平常に戻っていく校舎を見守った。



「……ふられちゃったよ。ハッハッハッ」


 ぼそっと小嶋がつぶやき、

 肩を落とし、カラ元気で笑っていた。


「なにかあったのか?」


 ぼくがきくと、小嶋が事の顛末を話しだした。

 どうやら議会の後に、

 矢野に告白して、断られたらしい。

 励ますように声をかけた。


「きいた感じだと、望みは十分あると思うけど」


「おれ、もう、わかんねえ」


 背中を丸めた小嶋は、足元に視線を落とした。

 今井は花壇に登り、

 向日葵を指先でいじっている。

 枯れた花びら、でっかい頭花には、

 種がぎっしりと詰まっている。

 包葉がトゲトゲしかった。



「ヒマワリって、ひとつの花にみえるけど、

 ちいさな花の集まりなのよ」


 花壇の上から、今井の声が聞こえた。

 彼女は、物知り顔でせっせと種を採っていた。

 それから、ぼくと小嶋に歩み寄ってきた。


「はい、どうぞ。

 いつか、どこかに植えて、咲かせてね。

 ひとり3粒。約束よ」


 今井は向日葵の種を、

 ぼくと小嶋の手のひらにのせた。

 自分の左手に置かれた、三つの種を観察した。

 1センチ位の黒光りした種には、

 白いラインが数本あった。


「サンキュー」


 小嶋の返事は、

 心ここにあらずといった感じだった。



「文化祭、終わっちゃったぁ──っ」


 今井はそういって、

 その場でクルリと一回転した。

 長い髪とスカートもふんわりとまわった。

 それから、一歩踏み出し、

 ぼくと小嶋に接近した。

 膝小僧に手を当て、体をかがめ、

 今井は、ぼくと小嶋に視線を定めた。

 花壇の上から、見澄ましてくる。

 彼女のまっすぐな黒髪は

 花壇の土にふれそうで、ゆらゆらとゆれていた。



「内申同盟。第三条の追加を提案するわ」


 今井の瞳には、

 赤子を諭すような慈愛をたたえていた。

 今までみせたことのない、心象だった。



「内申同盟、第三条。

 我々は、明るい未来を目指して、

 今日一日を楽しく生きる」



 にっこりと屈託のない笑顔で、今井は宣言した。

 耳をとおりすぎた透明な声、

 陽光がこもる瞳には、

 夏の終結をおもわせる色がにじんでいた。



「なんだか、小学生のクラスの、目標みたいで、

 ダサいな」


 ぼくは素直に言った。

 左手の中にある種を握りしめた。

 西の空には、真っ赤な夕陽が燃えていた。


「かっこいいです。かっこいいです。かっこいいです。かっこいいです」


 早口でまくし立てる彼女をよそに、

 ぼくは小嶋の肩を軽くたたいた。


「まあ、明るい未来を目指して、

 今日一日を、楽しく生きる。

 には合意する。小嶋は?」


「もちろんだ!」


 ぐっと手のひらの種をにぎり、

 さっぱりとした顔で小嶋はガッツポーズをした。

 今井の想いに、応えたのだろう。


「フフフッ、内申同盟、第三条の成約だな」


 アニメのセリフ調で今井は口にした。

 ひととき、ちいさな唇から、

 かすかな笑みをこぼした。

 ぼくは、彼女を見つめていた。

 無垢で純真すぎた。

 ぼくは、まぶしすぎて直視できず地面を見た。

 日光に照らされた向日葵の狭間に、

 三人の影が並んでいた。

 夏と秋の境目に立っていた。


 夏休み前日の授業。

 あの日、あの時、

 ぼくの胸に芽生えた、ささやかな思慕の蕾。

 ひと夏の光を浴びて、ふくらんだ蕾。

 胸中を超えて、ひらきそうだった。

 君がくれた小さな蕾、ぼくの中心で動いた。





第一章 おわり


第二章へ











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