9-5 VRグラス




 玄関のガラス扉を押し開けると、

 頬に、そよ風を感じた。

 日差しはやわらいでいる。

 気温を確認したら26度だった。


 校舎を出て、少し歩いた。

 ぼくは、右の向を見た。

 玄関から校門に向かう途中に、

 丸い花壇がある。

 直径は5メートル位で、高さは膝ほど、

 縁は赤茶色のレンガで組まれていた。

 花壇には、

 10本ほどの向日葵が植えられている。

 黄緑色の茎は1メートル以上も伸び、

 黄色い大きな花が咲いていた。

 らんらんとしていた。


 ぼくら三人は、花壇の縁に腰を下した。

 となりに座っている、小嶋には元気がない。

 おそらく、恋の病のせいだろう。

 セミの声はデクレシェンド、

 だんだんと弱くなっている。 


 僕は顔を上げた。

 青い空、白い雲。

 ひっそりとした5階の校舎。

 人影のないネット越しのグラウンド。

 駐輪場の倒れたままの自転車。

 やがて、8月末日を迎える。

 なんとなく、

 ぼくに映る景色は、寂しげだった。




「必殺ジャ──ンプ!」



 ピョンと飛び跳ね、

 はらりとスカートを浮かせて、

 今井は花壇に登った。

 黄色と黄緑色にまぎれていく。

 向日葵の横に立ち、並び、

 子どもみたいに背比べをしている。

 つま先立ちで。

 そして、

 ぼくと小嶋の方を見ながら、彼女は言った。



「いま、我が守護星、ジェミニから、

 ご神託が降臨した」



 いきなりだった。

 今井の中二病発言がでたのは。

 声質から察するに、

 巫女が天から、予言を授かったシーンのようだ。

 それから、

 花壇の神殿に立ち、彼女が続けて話した。



「あたらしき盟約を、賜りました」



 彼女は土の上に転がる枝をひろった。

 そして背すじをピンと立て、

 花壇の端をゆっくりと歩きはじめる。

 左手を腰にあて、

 小枝を剣に見立て、右手で振りまわす。

 さらに、顔の前で、斜め十字を斬った。

 まるで神楽を舞っているような

 華麗で神聖さがあった。

 そして、

 小枝の剣を、ぼくと小嶋の方に突きつけた。



 「内申同盟、第二条。

  我々は、己の志を信じて、

  恐れずに挑戦する」



 今井が、凛々しい声で宣言した。



「良き盟約、くわえようではないか?」



 さらに賛否を要求してきた。

 彼女の、背後にならぶ向日葵も、

 ぼくをみている。

 考えた。

 賛成すれば、

 小嶋は矢野に、告るしかないということだ。

 スゥーッと剣がいっそう接近し、

 ぼくと小嶋の鼻先に交互に詰めよる。


「守護神が、我の舌を使い語っておる。

 従わぬなら、暗黒の拷問の歴史について、

 いまから長時間の、白熱解説をする。

 が、どうじゃ?」



 今井が花壇の上から見下ろす。

 彼女を下から見上げるのは新鮮だった。

 ぼくの方が背が高いためだ。

 ほそい首に華奢な体つきで、

 ちいさな顔には精悍な眉がキリッとしていた。

 瞳には、凛とした、

 烈日を映す眼光がきらつく。



「暗黒の拷問はどうでもいい。

 だが、条文の内容は良いので、賛成だ」


 ぼくは、右手を挙げながら返答した。

 小嶋も頭をかきながら、手を挙げ苦笑いした。



「では、刻印しよう」


 今井はスマートフォンを手にして、

 内申同盟のトップ画面に、

 第二条を書き加える様子だ。



 ぼくは、花壇をながめた。

 向日葵は堂々と咲き誇っている。

 黄緑色の幹を、まっすぐ天にのばして。

 うるわしき夏風、

 黄色い花びらがはためく、

 それと、長い黒髪もたなびく、

 ぼくの胸もゆれていた。










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