9-4 VRグラス
8月も中旬を過ぎた。
夏の終盤がじりじりと近づいていた。
第2会議室に、
ぼくらは何度も集っまっていた。
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【自殺管理法の議論 第12回】
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文化祭は間近におし迫っていた。
黒板を見ると、
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『文蚊祭(悪 VS 神)
聖戦まで、あと3日!』
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と書いてある。
準備にぬかりはない。
パソコンには積み重ねてきた議論と、
資料がまとめてある。
ここ数日間は、特に上々の議論ができた。
ぼくも、小嶋も、今井も、
各々が人間の、生と死、
自殺と安楽死、尊厳死について、
学び知見を深めたからだ。
あとは発表の予行練習をするだけだ。
一番手に発表するのは、反対派のぼく。
二番手は、中立派の小嶋。
最後は、賛成派の今井という順番にした。
国会をまねた体裁でやろうと案をねっていた。
けれど議長役がいなかったのだ。
それで昨日、
クラス会長の矢野に頼み、快諾を得た。
ぼくは、黒板の上の時計を見た。
会議室の時計は3時を過ぎていた。
突然、小嶋が、
かしこまった口調で話しかけてきた。
「……ぜんぜん、
関係ない話になるんだけど、
二人に相談がある。内申同盟の同志として」
いつもの陽気さはなく切実な面持ちだった。
「小嶋、なにかあったのか?」
「知っとるかもしれんが。
おれには、気になっている女子がいる」
「会長の矢野のことだろ」
ぼくが即答すると、小嶋が苦笑した。
クラス会長の矢野は、
活発で人当たりの良い女子で、
クラスでは男女問わず親しまれていた。
小嶋とは一学期から仲が良く、
互いに好意をもっていると推しはかれた。
「ああ。矢野に、告ろうと思っている。
が、どうすればいいんだ。
直球で告ればいいのか、
それともメールで、やんわり接近するとか。
ああぁ──っ! わかんねぇ~よ!」
頭をかかえ悩んでいた。
日焼けした顔は、
夏休み前より、ますます茶色い。
「今井ちゃん、どうすればいいんだ。
女子の意見を教えて!」
「そうね……」
今井は、左手の小指のさきっぽを口元にあてた。
ぼくは割り込んだ。
「こう見えても、今井は神の化身だぞ。
神様が、人間の色恋沙汰に興味はないだろ」
「神様は万物を、存じている」
半眼になり、
微笑して仏像ポーズをとっている今井。
それにすがる小嶋。
「女子目線は大事だ!
今井ちゃん、おれは、どうすればいい?」
すると、今井は厳かに口をひらいた。
「禊かな。
まずは山に籠って滝に打たれ、
清めるべきよ」
「は?」
ぼくが嘆息をもらしたと同時に、
「は!」
今井は掛け声をあげ、
手のひらをぼくに向けて、ポーズをキメた。
このところよく登場する気功師に迎撃され、
怪しい話しが続く。
「まずは、穢れ腐りきった心身の、
暗黒邪気を払うの。
そして、聖なる存在の純然たる、ヤノ。
に、相対する」
今井は小首をかしげ、
左の指で髪をすきながら命じた。
全身から勝者の余裕をハンパなく放出中だ。
「なるほど。さすがに山籠りはできんが、
風呂で水浴びはできるか」
おい、なにを納得しているんだ小嶋。
恋は人を盲目にさせるとはこのことか。
恋の病で免疫力が低下して、
中二病が感染しやすくなっている。
「ありがとう、今井ちゃん」
小嶋の表情は固く一抹の不安を帯びていた。
その後も今井は、
ブツブツと執拗にアドバイスをする。
ぼくが彼女に目線をむけると、
指を唇のまえに当てるジェスチャー。
黙ってて、とアピールされた。
帰宅の支度をしながらも、
荒唐無稽で危険な助言は延々と続いた。
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