5-4 夏休み、第2会議室





 ランチタイムは終了。

 黒板の上にある時計は、1時40分を指していた。



「ねえ、上杉くん。小嶋くん。

 最初から我慢してたけど、

 ここの空間の魔力を感知してますの?」


「空間の魔力?」


 小嶋が反応してしまった。

 今井は席を立ち、窓辺に寄り、

 小指で窓ガラスをキュッキュッとこすりだす。


「埃、埃にまみれてる。

 黒い魔力です。黒い魔力です。

 こっ、これはまさか……」



 ぼくは、セーラー服の立ち姿をながめていた。

 身長、159センチ。

 体重、47キロを意識してしまった。

 今井雪、少女めいた体躯をしていた。



「穢れたガラス、穢れた空間、

 暗黒の力が……ここまで侵攻しているとは」


 ぱぁーっと今井の顔が異様な輝きを放ち、

 声のトーンが変調しだした。

 このままでは、また意味不明な中二病が発現する。

 たしかに会議室を埃っぽく、

 掃除しなければならない。

 今井はその事を言いたいだけなのだ。

 ぼくは、中二病を阻止しようと企てた。


「今井! 汚いから掃除をしよう。

 そう言いたいんだな! 掃除しよう! 掃除!」


 彼女のペースを遮るように伝えた。

 すると今井は大袈裟に腕をくみ、

 顎を斜めに上げ、ぼくをにらんだ。

 そして、敵対心をあらわにして唱えた。



 「 ──詠唱 絶対零度


   273、15度────…… ・ ・


   浄化魔法────  」



 アニメ主人公の必殺技のごとく、

 クールで神秘的な詠唱をした。

 見たこともない指の形で決めポーズ、

 も、忘れてはいない。

 それから今井は窓を全開にして、

 外の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

 すこやかな振舞いをみせて、

 夏の光を浴びている。

 背中を隠したロングの黒髪がまぶしい。

 ぼくの視線は、無意識に彼女にとまっていた。



 会議室は予想以上に汚かった。

 雑巾を絞ったバケツの水はまっ黒で、

 濁水を交換する度に、室内はきれいになった。



 掃除はおしまい。

 今井は黒板の前に立ち、

 水色のチョークで何かを書き始めた。

 カッ、カァーッ、カッ、と綴られていく字に、

 ぼくも小嶋も固唾をのみ見守る。




──────────────────



  『文蚊祭(悪 VS 神) 聖戦まで。


   あと29日!』



──────────────────




 美しい。

 あまりにも美しい、今井の文字に感動した。

 行書体っぽく書かれた、奥ゆかしい字形だった。

 一文の中心軸が真っ直ぐにそろい、

 文字間隔のバランスも絶妙だ。

 ちなみに漢字の間違いなど

 細かいツッコミを入れるのは控えた。




「あっ、そうだ! 連絡とれるように、

 LINEでグループ作っとくか! 

 グループ名は、内申同盟でいいな」


 小嶋はスマートフォンを操作しだした。


「トップ画面は、わたしに作らせて!」


 今井はスマートフォンをいじり、

 創作活動に励みだした。




「よし。今日はこれで撤収にしようぜ」


「そうだな」


「うん、わたし、予定あるから……」




 室内を片付けて、カバンを持ち退室した。

 第2会議室のドアの鍵をかけた。









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