3-2 十七歳の夏の授業




 自殺。

 まったく関心がなかった。

 死にたければ、楽に死なせてもらえる、

 なんて愚かな法律だ。


 ぼくらA班の十人は、適当に話して、

 そうそうと結論をだした。

 B班とC班は、ギリギリの時間まで論じていた。




「では、二年A組において、

 自殺管理法の、審議を始める!」


 先生はネクタイを締め直し、

 議長を気取り愉快そうだった。


「反対派代表。上杉令也君、前へ!」


「はい」


 淡々と返事をして、ぼくは教壇に立った。




「A班は、自殺管理法に反対します。

 政府が自殺を管理すれば、

 自殺を、公に認めることになります」


 三十五人のクラスメイトをまんべんなく見ながら、

 ぼくは、上手く間をとり話し続けた。


「国家が、自殺を公認することで、

 安易に自殺をする人が、増える危険性があります」


 まじめに聞く生徒はいないと思っていた。

 けれど、

 一人のクラスメイトだけがちがった。

 ぼくが話し始めてから眉ひとつ動かさず、

 耳をかたむけている生徒がいた。

 ぼくの目をまっすぐに見据えていた。

 C班代表、今井雪だった。



「重病など、

 苦しい条件で生きている人々がいます。

 政府は彼らに対して、死ぬことではなく、

 生きるための援助をもっとすべきです」



 終了のベルと同時に、今井の方を見た。

 さっきとは打って変わって、

 頬杖をつき顔は、窓の外をむいていた。

 横顔、黒髪、さらさらとゆれる。





「次は、B班、

 中立派代表。小嶋平八郎君、前へ!」


「はい!」


 先生に指名され、小嶋は元気な声で返事をした。



「B班は、自殺管理法に、中立を表明します。

 理由は、法案に明記されている、

『特定の条件を満たした場合』

 の文言の意味が、不明瞭だからです」


 小嶋は熱意のこもった口調で語り続けた。



「不治の病におかされ、

 耐えがたい苦痛に苦しむ人々。

 彼らは条件を満たす。と考えます」


 小嶋の演説には誠実さがあった。

 日焼けした丸顔に坊主頭、

 肩幅が広くガッチリとした体つきで、

 いかにも健康的な好青年といった容姿だ。



「厚生省の監督のもと、

 医師や弁護士による、自殺管理の審査会が、

 条件を満たすかを判断する。

 となっています」



 今井雪。

 ぼくは、窓側、前方の席に座っている、

 彼女が気になった。

 その後ろ姿を見つめた。

 背すじを伸ばし、しっかりと前をむいて

 小嶋の話しを聞いている様子だった。

 二年生で同じクラスになって4ヵ月、

 彼女のことを意識したのは初めてだった。



「自殺の原因となる、精神と身体の状態や、

 社会的な背景は複雑です」


 小嶋が話しているのを忘れて、

 ぼくの意識は、

 今井雪の背中に吸い寄せられていた。



「自殺管理の審査会は、自殺の要因を審議し、

 適切な判断を下せるのでしょうか? 

 非常に困難だと推察します。

 この点を議論し慎重に進めるべきです」




 チィーン! 先生がベルを鳴らした。


「次はC班、

 賛成派代表。今井雪君、前へ」


「はい」


 キッパリとした今井の返事が教室に響いた。











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