10/9 Sun. 安中祭1日目――幼馴染 VS 元カノ

 ふとスマホを見てみた。19:34。


 学校から帰るのがこんなに遅いのって小中を入れても初めてだな。


「そんじゃ、帰りますか」


「うん」


 右手で繋ぐは紀紗ちゃんの小さな手。


 日中はなんやかんやでごたごたしすぎて、やっぱりデートって感じにならなかったし、せめて1日の締めに下校デートをすることにした。まあ、せっかく家の方向が同じだからね。


 曇り空のせいで星々どころか月すら見えん。明日はハンターズムーンだから今日はほぼ満月だし、それを眺めながら歩くのも乙かなって思うのにね。


 しかも田舎だから高層の建物も少ないせいで、視界がいまいち華やかじゃない。渋滞してる車のテールランプの赤い光くらいしかそれっぽものがないな。女子と夜景を楽しむならもうちょっとくらいは情緒のあるものがいいね。


 そもそもが、情緒とか下校デートとかの前に大問題があったりするんだけど。


「疲れたねー」


 左手で繋ぐは優姫の柔らかい手。


 俺は誘ってない。断じて誘ってない。優姫だってそうだ。紀紗ちゃんがデート券を使用してるのは知ってる訳だし、ここで邪魔をすれば自分のターンでの邪魔を認めることになるからな。愛宕部長や上条先輩と下校するって言ってたんだけど、


「お姉ちゃん、一緒に帰ろ」


 紀紗ちゃんの方から優姫を誘ってた。


 地元までは信号の待ち時間も含めれば俺の足でも25分は掛かる。その時間を口数の乏しい紀紗ちゃんと過ごすのはやや厳しいってのも確かだし、優姫もお隣さんだから帰る方向は同じだもんで合理的と言えば合理的だ。


 7月の時もそこそこ気まずかったしなぁ。あの時も黙々と歩いてるだけだった。


 一応は電車で帰るって手もあるにはあるんだけどね。学校から徒歩5分くらいのとこに駅があるしさ。1時間に2本の各駅停車しか止まらんから、待ち時間を鑑みると徒歩の方が早く帰れる可能性もあるんだけどな。


 下校デートと言えば、漫画とかなら自転車の二人乗りも王道だと思うけど、道路交通法違反でしょっ引かれる可能性もあるし、何よりウチの高校は半径3キロ圏内に住む生徒の自転車通学を認めてない。駐輪場のキャパも有限だからね。生徒会長みたいに帰宅が遅くなる可能性を慢性的に抱えてる人は特例として認められるらしいが。


 思えば上条先輩が自転車に乗ってるとこを見たことがないな。お守りを買いに行った時も、七夕神社に行った時も、いつも歩いてるわ。ダイエットを兼ねてるのかな。あの体型ならまったく必要ないと思うけど。


「毎日これだけ歩くのはたいへん?」


 珍しくも紀紗ちゃんから話題の提供が来た。


「最初は大変だったけど、さすがにもう慣れたわ」


「慣れたよねー。夏休み明けはちょっとつらかったけど」


 優姫はふと思い出したように、


「あれ? でもウチから東中までも似たような距離じゃない?」


「いや、東中の方が遠いな。300メートルくらいだけど。信号がこっちより少ないから早く着くってのはある」


「そうなんだ。じゃあ紀紗チャンは心配しなくてもいいかもね。ウチより油野家の方がちょびっとだけ高校に近いしさ」


「ん? ああ、そうか」


 そうだわ。そのちょびっとのせいで揉めたことがあるんだった。その実、東中の自転車通学を許可する条件って半径2キロ圏外なんだよな。


「油野家は自転車通学OKなんだったな」


 紀紗ちゃんがこくりと頷いた。一方の優姫さんは、


「え! なんで!」


 3年間に渡って学校まで歩かされた身としては納得いかないらしい。分かるよ。


「東中から碓氷家までが1960メートル。相山家が1970メートルだったっけかな。油野家は2050メートルくらいだってお話」


 なお、久保田家は2010メートルの勝ち組。まあ、あるあるの一種だよね。


「不公平だよ!」


 そもそもの話で言えば、自転車通学ってルールが通学時間の差を埋めるための、いわゆる公平を謳うものなんだけどな。住む場所が遠いってだけで登校にハンデを負うことになる訳だしさ。完全とは言えんけど充分に公平だよ。今回の件で言えば公平不公平ってよりは運の問題だと思うね。住所ガチャみたいな?


 しかしそんな理屈を言ってもこのヴァカは納得するはずもないから、


「お前、中学時代は良い運動になるって嬉々として歩いてたじゃねーか」


 ウォーキングは20分以上やらないと有酸素運動にならない。逆に言えば登下校を繰り返すだけで脂肪を燃焼できるって環境に喜びを感じてたはずだが。


「そんな昔のことは忘れたよ!」


「まだ1年も経ってねーだろ」


「ていうかもう終わったことだからどうでもいいや」


「それは確かに」


 特に反省すべき点がないのに、遠い記憶に捉われるってのは合理的じゃない。


「2人って一緒に登校してるの?」


 なんだろ。今日の紀紗ちゃんはグイグイくるね。


「いや、してないね。こいつの足に合わせてたら遅刻するし」


「ちょっと。なんであたしのせいにするの。カドくんの起きる時間に合わせてたら遅刻するの間違いでしょ?」


「ウサギとカメ?」


 言い得て妙かもしれない。帳尻を合わせる要素を移動時間にするか移動速度にするかの話だもんな。


「それならあたしはウサギがいいなぁ」


 こういう発想は右脳タイプ特有のやつだね。まったくもって共感できん。


「おかみさんはウサギそのものだよね」


 せやろか。


「あー、そうかもね。基本的にサボるの前提っていうか、でも動くと早いっていうかさ。習い事とかゲームとかでも一緒に始めたのにすぐ背中が見えなくなって、あたしが追い付くのを待っててくれるってのがパターンだったなぁ」


 ただサボってる間に追い付かれてるだけのやつ。まさにウサギ。


「それで追い付いたらまた全力ダッシュで突き放してくるの。そこであたしはいつもやる気を失っちゃって、違うものに手を出すみたいな?」


「え。あきらめちゃうの?」


「才能の差を見せつけられてるみたいでいやになっちゃうんだよ」


「なるほど。才能が良いと書いてかどよし」


「それな!」


 俺の視点だと、俺がサボってる間も努力を続けてた優姫に感化されてもっと頑張ってみた結果、優姫に泣かれて怒られるっていう理不尽な感じだったんだけどね。


「わたしは逆だった」


 紀紗ちゃんが天を仰いだ。曇り空の微かな隙間から月の明かりが零れてる。


「逆って?」


「才能の差を見せ付けられて。好きになった」


 これまた唐突だね。唐突すぎて照れることもできなかったわ。


「あれ? そういえば紀紗チャンっていつからカドくんのことが好きなの?」


 そういうのは俺のいないとこでやって欲しいんだけどなぁ。


「小3」


 ん? そんな昔なのか。ちょっと付き合った時のあれこれで一時的に気持ちが昂っちゃってるだけだと思ってたんだけど。


「へー、長いんだね。あたしほどじゃないけど」


 そして大人げなくマウントを取りに行く幼馴染。


「てか才能の差ってなんぞ? 何か特別なことをした覚えがないんだけど。その頃の紀紗ちゃんとの絡みって基本的に油野とセットだったと思うし」


 俺は何かのコンクールで表彰された経験とかもないからね。徒競走で1等賞を取ったこともないし、習い事だって優姫がやめた後に俺もやめちゃってるし。


「パズルゲーム」


 紀紗ちゃんの頬が緩んだ。温度差を感じるなぁ。


「わたしは何回やってもクリアできなかった。なのにおかみさんはルールの説明もしてないのに、1回目でクリアしちゃった。魔法みたいだった」


 まったく記憶にない。だからこそ言えるが、それって偶然だったのでは。


「かっこよくて。好きになっちゃった」


 えぇ。それはどうなの。子供ならではのやつだとは思うけど。足が早いってだけで好きになる女子もいるもんね。


「わかる!」


 分かるのかよ。お前、才能を見せ付けられて嫌だとか言ってたじゃん。


「自分ができないことをさらっとやられるとドキっとするよね!」


「する」


 理屈が分かんねーな。おお! ってなる程度じゃないのか。そのハイテンション状態と恋の高揚感が錯誤するってことなのかね。


「最近は料理でドキッとする。だから今日はいっぱいドキドキした」


 至って平常心にしか見えませんでしたが。


「わたしもあんなふうにパパっと作れるようになりたい」


「あれはちょっとなー。雑すぎて真似するの難しいよ」


「雑だけど、無駄がない」


 必要な部分まで無くなってたりするけどね。計量とか。


 そんな感じで話してたら半分くらいを歩き終わった。今日の紀紗ちゃんはよくしゃべるね。大きな県道に差し掛かり、長ったらしい信号待ちをしてる間にも紀紗ちゃんは口を開いて、


「おかみさん」


「なんぞ?」


「わたしが早く歩いたら、一緒に登校できる?」


「できません」


 優姫が何かを言う前に即答しといた。


「なんで?」


「目立ちたくないから」


「おかみさん、もう充分に目立ってる」


 それはそうなんだけどね。類似やどりんを連れて歩くのはちょっと。


「わかった。後日に提案書を提出する」


「まあ、一応は受け取るけど」


「それならあたしも提案書を書こっかな」


「早起きする気はねえぞ」


 って言ったとこで大きなトラックが結構な速度で走っていって、その余波で紀紗ちゃんのバケットハットが大きく揺れ動いた。飛ばされるってことはないと思うけど、念のために紀紗ちゃんの頭に手を置く。


「なでられた」


 どっちかって言うと叩いた感じに近いと思いまっせ。飛ばないための処置だし。


「急にされるとドキドキする」


 本当にちょっとだけ顔が赤い。女子のこういうとこはまじでわけわかめ。


「ちょっと! あたしにもやってよ!」


 お前は帽子をかぶってないだろ。まあ、やるけど。


「なんで叩くの!」


「いや、紀紗ちゃんにも同じことをしたんだけどね。帽子がない分、守備力が低いのかもしれんな」


「そういえばその帽子っていつもかぶってるよね。お気に入りなの?」


 余計なことを。


「もらった」


「へー、プレゼントなんだ。いいね!」


「おかみさんにもらった」


「は?」


 おいおい、さっきの「いいね!」はどうしたんだ。


「紀紗チャンの誕生日って12月だよね。何のプレゼントなの?」


 隠し事警察の取り調べが始まってしまったわ。


「言えない」


 しかも紀紗ちゃんが煽るし。


「言えないってなんで!」


「それを言ったら、言えないことを言ったことになる」


 どっかで聞いたセリフだな。って思ったとこで気付いた。


 忘れてたわ。あの帽子って口止め料じゃんな。言えないのって俺のせいじゃん。


「日差しが強かったから日射病対策でプレゼントしたんだよ」


 これは嘘じゃない。


「そう。ちょっと付き合ってるときに。初任給で買ってくれた」


 今回はガチで煽りにきたね。優姫さんがぷんすかしてるよ。


「あたしそんなの買って貰ったことない!」


「これが元カノと幼馴染の差」


 あー、これはさっきマウントを取られた仕返しだな。珍しく紀紗ちゃんが活き活きとしちゃってるわ。


「……くっ。やっぱりカドくんから元カノの称号を譲り受けたい」


 何をアホみたいなことを言ってんだか。


「わたしは今カノのほうがいいと思うけど」


 まあ、紀紗ちゃんが楽しそうで何よりだ。


 今日は少し申し訳なかったし、明日の午前中くらいはデートらしいことをできたらいいなぁ。なんて思わないこともない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る