9/22 Thu. 優先事項は十人十色

 不服申し立てですって。


 源田氏と織田氏が選管にケチを付けたらしい。


 碓氷才良の話は事実無根。妄言、プロパガンダである。そもそもネガキャン自体が望ましくない。正々堂々と理念や公約で勝負するべきだうんぬんかんぬん。


 よって生徒会会長のみ再度の演説、および再投票を行え。その前に上条・碓氷の両名に発言の撤回と謝罪をさせろ。とのこと。


 困るね。暴行とかで捕まったボンボンが警察の聴取の際に罪を認めておきながら、翌日に弁護士と面会したら一転して主張を否認に切り替えるみたいなアレだよ。


 織田氏は2回目の演説のチャンスを自ら蹴ったのにな。何を今さらって感じだわ。


 そもそも、源田氏は人の話を聞いてたのかね。


『ではそれを守ってくれることを対価に上条先輩の録音データを消させます』


 って条件で取引したはずなのに、なんで証拠がないと思ってんだろ。


 上条先輩はこの発言を契機に大人しくなったってのにな。俺の張った罠の気配を感知して、そこからもう次のプランに移行したのに。


 やっぱ役者が違うな。上条飛白の足元にも及ばない。


 ってことで放課後に俺のスマホで取ってた録音データを教頭にプレゼントして、軽く世間話をしてから部室に向かった。今日は仮想通貨について聞かれたね。


 昼休みと違ってノックを忘れてはならない。何と言っても料理研の部員は俺を除けばすべて女子なのだ。


 そして、女子という生き物は女子だけになった途端に女子ではなくなると夏希先輩に教えられてある。上条先輩はガールズパラドックスと言うらしいが、まあ、その哲学というか概念というか、どういう意味かは経験によって理解した。


 どの女子も男子の前では見せない姿ってのがある。具体的に言えば、暑くなり始めたくらいの時にノックを忘れてドアをスライドさせたら、夏希先輩がスカートの裾をばっさばっさとはためかせてたことがある。当然、丸見えだった。


 慌てて廊下に戻った俺に対し、追い掛けてきた夏希先輩は手を右の頬に当てて、


「今日のは特別な人にしか見せたくないやつだったのに」


 なら学校にそんなもんを穿いてくるなよ。って思ったら、


「まぁ、カックンならいいか」


 とか言われて、それって俺が特別ってことなのか、虫みたいな存在だから気にしないってことなのか、どっちなんだって気になってその日はよく眠れなかった。


 今に思えば、あれは恥ずかしいとこを見られたから軽い仕返しをしたんだろね。男心を弄びやがって! 損得で言えば得だったけどさ!


 という訳で返事が来るまで待つ。返事がなければ1番乗りだ。つまりは1階の管理室まで鍵を取りにいかねばならない。クソめんどいやつ。


 これもな。先に鍵が管理室に残ってるかを確認してから部室に来ればいいんだけどさ。9割以上で先輩達か内炭さんが1番乗りだから、効率厨としてはほぼほぼ無い物を探しに行くってことを許容できないんだよね。


「はーい」


 おっ、優姫の声だ。生徒指導室経由で来たからもう参加者は揃ってるのかもな。


 俺がドアに手を掛けるより先に、内側からドアがスライドされた。


「碓氷クン、いらっしゃい」


 優姫が俺を苗字で呼ぶってことは稲垣さんか中島さんがいるってことだ。


 って全員いるわ。可動式のホワイトボードの前に愛宕部長と皆川副部長。廊下側のお誕生日席に夏希先輩。左右の長机にはパイプ椅子が1脚ずつ追加されていて、右側は手前から稲垣さん、川辺さん、俺の席。左側は中島さん、優姫のと思しき空席、内炭さんって感じだ。一斉に俺を見るのをやめて欲しいね。どきっとするからさ。


「カックン、遅刻だよー」


 夏希先輩が手をひらひらさせながら気怠そうに言ってきた。てか全員が揃ってるならなんで優姫がドアを開けたんだ。夏希先輩が1番近いのによぉ。


「ちょっと用事がありまして」


 とにかく席に向かい、リュックを床に落として席に座った。川辺さんが俺にしか見えない位置で小さく手を振ってくれてる。ほんといちいち可愛いね。


「じゃあ本題に入るね?」


 愛宕部長は部員の顔を順々に見回して、


「まず、文化祭の大まかなルールは前期の生徒会でもう決めちゃってるの」


 そう言う愛宕部長は無事に当選した。皆川副部長と夏希先輩もだ。けどその認証式は来週で、文化祭は3週後。現実的に考えれば前期の生徒会が色々と決めておかないとスケジュール的に間に合わない。当然のことだな。


「でも美奈ちゃんが演説で調理部の横暴についてしゃべってくれたでしょ?」


 お? まさか?


「職員会議でその件が挙がったみたいで、家庭科室が使えることになりました」


 部長の拍手に応じて他のみんなも拍手をする。副部長はどや顔。


 個人的にあれは悪手だと思ってたんだけど、フェミの味方をするやつはどこにでもいるんだね。性格を鑑みると家庭科か美術の教師が口火を切った可能性大だな。


「今現在、料理研究会の部員は9名。調理部は8名。家庭科室の調理台は10台あるから理想は半々だけど、私達以外にも使いたいって申請も当然あるし、これからも増える可能性もあるからよくて3台だと思った方がいいかな」


 ふむ。調理台に付属したコンロは2口だから並列で火を使えるのは6までか。その辺の情報を書記になった副部長がホワイトボードに書き入れてく。


「出しものの申請っていつまで受け付けるんですか?」


 尋ねたのは優姫だ。夏希先輩は基本的にやる気を見せない。その妹は内気な性格。中島さんはそれ以上に大人しく、内炭さんはモブ炭さん。川辺さんはエンジョイ勢の中でもさらにエンジョイするタイプだから、基本的に質問するのは優姫と俺くらいになる。これもまた傍観者効果の1つと言えるね。俺と優姫なしで話し合いをしたらきっと内炭さんと夏希先輩がしゃべると思うし。


「調理なしなら文化祭前日どころか当日だったとしても生徒会長がOKを出して、文化祭実行委員の判を貰って、文化祭実行委員会の顧問の判も貰えれば大丈夫なはず」


 上条先輩なら内容も聞かずにOKって言いそうなもんだけど。


「調理ありなら保健所に営業許可を貰わないといけないから、その申請が受理されるまでの時間を逆算しないといけなくなるの」


「それってどのくらいですか?」


 おおよそのことは分かってるはずだが、几帳面な愛宕部長はスマホを出した。正確な情報をってことかね。じゃあ口を出してみるか。


「余裕があれば1か月を目途に。ないなら2週間くらい。電話か窓口で相談すれば10日でもいける。1週間はちょっと厳しいかもな」


 一応は8組も食品を販売するから調べたんだ。申請は高木さんがやったらしい。


「そうなんだ。じゃあウチも早く申請しないと間に合わない感じ?」


「そうなの」


 再び部長が話を引き取り、


「申請書に何を販売するか書かないといけないから、何を作るか決めないと始まらないんだけど、使えるコンロの数が分からないと決められないしって感じで」


 そうは言っても時間がないし、雑にいけばいいのにな。


「カックン、言いたいことがあるなら言っていいよ」


 夏希先輩が突拍子もなく言ってきた。俺には分かる。これは気を利かせた訳じゃない。愛宕部長が困ってるから何か良い感じのことを言えっていう無茶ぶりだ。


「調理台が3つ手に入る想定で話を進めていいと思いますけど」


「2つしかくれなかったらどうするの?」


 珍しく内炭さんがしゃべった。


「そん時はホットプレートを2個用意すりゃ愛宕部長と俺なら別に困らん」


 すんなりと納得して貰えた。料理の腕は認められてるみたいだね。


「じゃあカックンの担当はカレーでもいい?」


 夏希先輩がにやにやしてる。小賢しいね。


「キーマカレー。ドライカレー。カレードリアなら夏希先輩がおかわりするレベルのクオリティで作れますよ。普通のカレーも底が深いものを用意すれば作れますし」


「……ちょっとタイム。よだれ出ちゃう。次の実習で食べさせてくれる?」


「わたしもドライカレー食べてみたい!」


 川辺さんまで釣れてしまったわ。まあいいけど。


「ってことで調理台の数は気にしないでおきましょう。シンクの数が減るのは少々困りますけど、先輩方がちょっと貸してってお願いすれば野郎どもはどうぞどうぞってなるでしょうし。大した問題にもならないと思います」


 ウチの先輩は3人ともルックス良しの巨乳だからな。水場くらい二つ返事で貸してくれるさ。


「じゃあ3台を前提で進めちゃうね」


 部長も納得した感じで次の議題に、


「何を作るかだけど。希望はある?」


 うーん。もう少しどうにかならんかな。話のテンポが悪い。上条先輩なら「私は焼きそばを推すけど他に何かあるかな?」って言って、無ければ焼きそばになるし、有ればどっちも作るとかね。


 とにかく第一案を出してくれないと声を上げにくいんだよ。主張するのが苦手なタイプが少なくとも3人はいる訳だし。年上を差し置いて勝手なことを言えないって思ってる子もいるかもしれんしな。


 よし。無駄は省こう。


「部長の希望は何ですか?」


「私? 私は」


 部長は両目をちょっとだけ上に移動させて、


「みんなに合わせるよ」


 これだよ。協調性は大事だけどさ。それじゃあ話が進まねえんだよ。てかトップがそんなこと言ったら、


「わたしもみんなに合わせるよ」


 ほら。副部長も楽をしちゃったよ。きっと夏希先輩も話を振られたらめんどくさがって同じことを言うに違いないし。


 ここはいっちょハイカーストの実力を見せて貰おうか。我が部の期待の新人にさ。


「川辺さんは何かある?」


 優姫がちょっとムッとしたが、別に川辺さんを優先したって訳じゃない。空気を読まないのが得意な人にこの状況を打開して欲しかっただけだ。


「たこ焼きとか?」


 即答は有難いけど、ポピュラーすぎるな。


「たこ焼きは他でもやるんじゃない?」


 優姫が代わりに噛み付いてくれた。


「じゃあ焼きそば」


「屋台の定番はかぶると思うよ」


 正論だけど、ケチを付けるならお前も意見を出せや。


「じゃあホットケーキ」


「ホットケーキはウチでも出しちゃう」


 カットインしたのは内炭さん。そういやメイド喫茶やるって言ってたな。


「どうせなら、さすがは料理研究会! って感じのをやりたいよね」


 また夏希先輩が無茶を言い出した。しかも真っ当な意見だから、それもそうだよねって感じの空気が流れる。


 ふむ。これ、今日中に決まらないやつじゃね。時間がないって言ってんのに。


「カックンは何かそういうのって思い付かない?」


 その上で俺を追い詰めてくるしさ。


 言ってもいいけど、それで採用されてもなぁ。俺のワンマンみたいでみんな楽しめなくなるんじゃねえかなぁ。


「思い付きはしますけど」


 んー、しゃあないか。


「お? なになに?」


「それとは別に全員が好き勝手に1品ずつ用意しませんか」


 場を荒らしちゃおう。


「調理部はコンテストとかで部活動の成果を発表する場がありますけど、俺らってないじゃないですか。もっと言うと、文化祭くらいしかないじゃないですか。だからここで全員が1品ずつ提供ってくらいしないと、調理台を3台も奪うことに正当性が生まれないと思うんですよ。調理部的にも面白くないと思います」


 この意見には稲垣さんと中島さんが不安げな表情を見せた。お客さんに悪い評価を付けられるかもって心配してんのかね。


「カックンは上手だからいいかもしれないけど」


 それ以上は言わせん。


「1年は先輩の補助を受けられるってことにしたらいいかと」


 俺に仕事を押し付けてきてばっかだから、逆に押し付けてやったわ。


「なるべく軽食がいいですね。お客さんも色んな店を回りたいと思いますし。ボリュームがあるとさばけないかもしれません」


 副部長がホワイトボードに次々と書き入れてく。部長も真面目な顔で聞いてるけどさ。これ、本当はあなたの役目だからね?


「じゃあ来週の月曜日までに何を作るか決めて貰う形でいいかな?」


 まじかよ。愛宕部長が納期を伸ばしちゃったよ。保健所への申請がギリギリになるじゃん。当日までに受理されなかったらどうすんねん。


 けどみんなそれで納得してるし、稲垣さんや中島さんも「何にしよう」ってちょっと前向きな態度を見せてるし、これを覆すのはちょっと無理っぽい。


 こういう時に思っちゃうよな。俺、リフィス、上条先輩、水谷さんの4人ならもう決まってるのになって。


 必要なことを決めるのってそんなに難しいかね?


 まあ、俺がとやかく言うことじゃないかもしれないけどさ。


 とにかく切り替えようか。決まったものは仕方ない。とりあえず、


「川辺さんはフレンチクラストにする?」


「そうしようかなって思ってた!」


 川辺さんが1人で作れるのってリフィマのメニューで言えばフレンチクラストとサンドイッチくらいしかないからな。裏メニューも言えば茹で卵も作れるし、メレンゲクッキーも焼き入れを除けばいけるけど。


「パンの耳が大量にいるからリフィスと話を付けようか。それか俺が食パンを使う料理にしてもいいけど」


 俺が言ったのは正論だ。合理的としか言いようがない。なのに、


「カックンはそれでいいの?」


 夏希先輩が苦笑いしてた。


 何がよくないのか、解散になるまで考えてみたけど、よく分からなかった。


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