8/22 Mon. 十二の挑戦――導入編
リアル脱出ゲームの会場は名古屋市中区の大須にある商業用のビルだ。
6階建ての1階が受付。6階が倉庫。2から5階の各フロアで同じイベントが開催されてるようで、4組までが同時に脱出ゲームを楽しめるらしい。
大須なら上前津の駅を西側の北寄りに出れば目の前だからそこを集合場所として、20人でぞろぞろと歩いて向かった。
午後2時。受け付けを済ませたらすぐに登録内容に沿った5人組に分けられ、俺ら碓氷チームは3階の小部屋へと通された。
エレベーターから出てすぐの場所だったから不確かな面もあるが、方角はともかくとしてエレベーターは建物の端っこにあり、すぐ右手に非常階段。正面に今いる小部屋。左手に通路。その通路の左右に何枚もの扉があった。
構造が中学の修学旅行で泊まった神奈川のホテルに似てるな。あっこは床がふわふわした素材だったし、全体的に暖色が散りばめられてたから人の住む場所って感じがしたけど、ここは壁も床も硬質的な白いタイルだから何かの研究所ってイメージだけどね。新興宗教団体が祭壇とかを設置してそうな感じ。
この小部屋自体は中央のやや後方辺りに横3つ縦2つの計6脚のパイプ椅子が並べられ、その前方に足付きのホワイトボードが置いてある。他にあるものと言えば背丈の低い冷蔵庫くらいだ。
俺らはそのパイプ椅子に座らされてる。この中の約1名が席順にとてつもなく拘るタイプではあるが、前列左にいる俺の隣だからか、或いはイベントスタッフさんの指定通りに座るしかなかったせいか、今日はクレームを口にしてない。
「それではまず自己紹介をさせていただきます」
そう言ったのはネズミの着ぐるみを纏った二十代の女性だ。着ぐるみと言ってもパジャマみたいなアレ。頭の部分がフードになってるやつだから中の人の顔はしっかりと見えてる。かなりの美人さんだ。
それもそのはず、
「案内人の上条
上条先輩の4つ上の従姉だったりする。上条先輩をこのエキシビションに招待した張本人でもある。あの人が言うには「このアマ!」「このカス!」と言い合う間柄らしい。仲が良いのか悪いのかさっぱりだね。
亜麻音さんは上条先輩以上の合理主義者で、不必要に感情を動かさないそうだから出会って10分以上も経つのに未だ無表情しか見ていない。そこを考慮するなら「このカス!」と言わせることのできる上条先輩には心を開いてるとも言えるね。
ともあれ亜麻音さんはビジネスライクなお辞儀を1つしたらとっとと説明に入る。
「ゲームの開始は15時。終了は17時です。その120分の間に皆様方、挑戦者の方々にはこの試練を突破していただきます」
試練ときた。ロールプレイ大好きっ子としては早くもわくわくしちゃう展開だぜ。
「時間内に12ある試練のすべてをクリアすることでエンディングへと続きます。本日までの挑戦者は12組60名。完全クリアは1組のみとなっています」
へー、全クリが出たのか。なら無理ゲーじゃないってことだし、クリアできなかったら敗北感を素直に受け入れるしかないな。
「なお、以下は反則行為とみなし、それが判明した時点でその方の試練は終了。ゲームの終了時刻までこの部屋で待機していただきます。残りの方々はプレイの続行ができますのでご安心ください」
連帯責任はなしってことね。実に合理的だ。
「エレベーターを使うこと。非常階段を使うこと。ただし緊急事態の際はこれを忘れてください。ゲームのプレイ中においてこのフロアがクローズド・サークルになっているとご認識いただければ結構です」
優姫がこっちを見てきた。はいはい。
「すみません。クローズド・サークルって閉鎖された空間って認識でいいですか?」
「はい。皆様方はこのフロアに閉じ込められており、そこからの脱出がこのゲームの目的となります。なのでエレベーターや非常階段などのシナリオ外の装置を利用されてしまうと我々はとても困ってしまいます」
そりゃそうだ。そんなの言ってしまえばチートだからな。
「先程の内容に加え、外部の方との連絡も禁止です。同時にプレイしている方々ともコンタクトを取らないでください。これはあなた方5名に与えられし試練なのです。余所の力を借りての攻略は認められません」
おっと。リフィスとの共闘が終わってしまったわ。まあ、しゃあないね。
「ただしこれも緊急事態の際はお忘れください。必要な電話は出ていただいて結構ですし、メッセージアプリも同様です。これらにおいて我々は検閲も行いません」
ルールに違反してまで勝利を得たいのなら好きにしろってニュアンスを感じた。俺としてはガチンコ勝負に燃えるシチュエーションだな。
「後は言うまでもありませんが、ゲーム中の犯罪行為も禁止です。例えば私を脅迫することで回答を得ようとした場合も反則となりますのでご注意ください」
そんなことをわざわざ言う必要あんの? って思ったが、必要あるから言ったんだよな。過去にその手のアホがいたんだろね。
「以上となります。質問がなければチュートリアルに移行しようと思いますが」
とりあえず手を挙げてみた。亜麻音さんが頷いてくれる。
「4つあります。まず連絡手段として使わないのならネットの使用は可能ですか?」
「はい。ゲーム中におけるスマートフォンは万能な辞書、辞典とお考えください」
知識量の差をスマホで埋めることができるのなら本当に右脳タイプが有利になりそうだ。俺らは左3右2の構成だからやや不利になるのかもしれんな。
「では次に。飲食物の持ち込み禁止とティザーサイトに書かれていましたが、喉の渇きを我慢できなくなった場合はどうしたらいいですか?」
「そちらの冷蔵庫にお水が入っていますのでご自由にお飲みください。ただし口にして良いのはこの部屋の中に限ります」
謎解きのスペースに濡らされたら困るものがあるってことかね。
「さらに次。同様にお手洗いに行きたくなった場合はどうしたらいいですか?」
「この部屋の隣が化粧室となっております。使用の制限はございません。ただしお手洗いに行く際はスマートフォンを預からせていただきます」
当然の処置だな。個室の中で反則されたら対処のしようがない。
「では最後。この5人は常に固まって行動しないといけないですか?」
「いいえ。どなたか1名がお手洗いや水分補給に行っている最中も他の方が試練を受けることは可能です。原則として案内人の私は代表者の碓氷様に付き添いますので、お手数ですが、碓氷様から離れる際もスマートフォンをお渡しください」
ふむ。この条件ならやっぱ反則しようと思えばできるけど、そんなことをしても楽しめない気がするからやめておこう。
今回はガチだ。勝っても負けても悔いのないやり方でいこうか。
という訳でチュートリアルに突入だ。
行き先は通路を歩いてすぐ右手のドアだった。『磨羯宮』って書かれたステンレス製っぽい金属の札が貼られてる。
「……読めない」
呟いたのは優姫だったが、川辺さんと紀紗ちゃんも似たような表情をしてる。
「まかつきゅー。黄道十二宮の1つで十二星座で言えばやぎ座ね」
内炭さんが特にどやることもなく淡々と語った。早くも2つ出てきたね。12って数字が。亜麻音さんの格好も含めれば3つだか4つだかになるけど。
「磨羯宮は十二辰って言う天球分割法で当てはめると十二支の子に相当する。要するにネズミだな」
女子陣の視線が亜麻音さんに移動した。おっ、ネズミが初めて表情を変えたわ。
「さすがはカスのお気に入りと言ったところだね」
おい、仕事中だぞ。その悪魔そっくりの笑い方をすんのやめろ。
「やっぱ碓氷くんって知識の幅が広いわよね」
ちょっとびびってる俺に内炭さんが感心したように言ってきた。
「古代中国天文学は中2男子の必修科目だからな。久保田と油野も分かるぞ」
「だったら私も履修しないといけないわね。情報ありがとう」
真に受けられちゃったよ。久保田はともかく油野は知ってんのかなぁ。
「ではご案内いたします。我が領域、磨羯宮へようこそ」
ネズミの手によりドアが開かれ、俺らは謎解きフィールドに突入した。
広さは教室の半分くらいかな。部屋の中央に腰の高さくらいのテーブルが1個。入口からまっすぐいったとこの壁際にも1個見当たる。共通するのは卓上に赤を基調とした宝箱が置いてあることだ。
その奥のテーブルの上。そこそこ高い位置に額が飾られてる。額縁の中にあるのはトランプのクイーンだった。ちなみにハート。見回してみると30度ごとくらいに同じような額があり、トランプのAからQだった。
ふむ。これもまた12を意味してるが、Kはどこにいったんだろ。きょろきょろしてみても他に何も見当たらないし。
「それではチュートリアルに入ります。なお、これは12ある試練の1つに該当し、皆様方に受けていただく試練は実質的に11となります。現在は14時半を少し回ったところですが、チュートリアルを15時までにクリアできない場合はその分だけプレイ時間をロスすることになるのでお気を付けください」
「チュートリアルをすぐにクリアした場合はすぐ次にいけるんですか?」
お問い合わせは内炭さんからだ。
「いけません。ゲームの開始はあくまでも15時からです。チュートリアル終了後の余暇で水分補給やお手洗いを済ますことをお勧めします」
ネズミはまず中央の宝箱まで俺らを案内して、
「試練はこの宝箱の中にあります」
開けてみたら中にタブレットが入ってた。世界観がよく分からんな。
「おおよそ省エネモードに入っているので画面をタッチしてください」
しかもやたらとリアルだし。本気でロールプレイをさせたいならこの辺はアナログにして欲しいとこだね。
代表として俺が画面に触れてブラックアウトを解いてみる。色彩を得た詠唱画面に映ったのはデフォルメされたフルプレートの騎士だ。剣を杖のようにして地面に突き立て、絶対に無意味だが甲冑にでっかい絆創膏を貼ってる。満身創痍って感じだね。
その騎士がふきだしでこう言っていた。
『このままでは敗北してしまう。やはり我らにはあの御方の力が必要だったのだ』
なるほど。
「画面を素早く2回タッチしますと回答することができます」
「え。これが問題なの?」
川辺さんがびっくりしてる。内炭さんと紀紗ちゃんは見た感じもう答えが分かってるようだ。このギミックなら左脳タイプが有利になるのは当然だな。
指示に従ってみたらキーボードみたいな入力画面が出てきた。その上にある空間に『あの御方とは? 漢字で答えてね!』の文字と共に回答用のマス目が1個だけ用意されてる。
漢字なら1文字。ひらがなで2文字。カタカナで3文字。アルファベットなら1文字か4文字で想定してたから答えは一瞬で分かった。
「回答したい人は挙手」
川辺さん以外の3人がしゅたっと手を挙げた。それに焦ったのか、川辺さんも慌てて手を挙げちゃった。いやいや、あなた、絶対に分かってませんよね。目がめっちゃ泳いでるもんね。いいのかよ。当てちまうぞ。
「答えたい」
紀紗ちゃんがアピってきた。川辺さん、命拾いしたね。
「ならまずは最年少の子に活躍の場をあげようか」
「そうだね! わたしはこの中だと最年長だから譲ってあげるよ!」
そういや川辺さんって唯一の16歳か。俺が11月。内炭さんが2月。優姫が3月生まれだもんな。最年長が一番ポンコツってのも様式美っちゃ様式美だよね。
タブレットを受け取った紀紗ちゃんはO、Uの順番に押して漢字変換で『王』にする。そこで川辺さんがハッとした。周囲のトランプを見回し、めちゃくちゃ嬉しそうにうんうん頷く。この子のこういう仕草は本当に可愛いな。
紀紗ちゃんは入力画面の右下にある『回答する』もそのまま押し、すると画面が再び騎士のものに切り替わった。ふきだしの内容が変わってる。1234。なんぞ?
「こちらにどうぞ」
ネズミに最奥の宝箱の元へと案内された。あー、宝箱にダイヤル式の南京錠が掛けられてるわ。
「回答したい人は挙手」
今度は4人ともが手を挙げた。
「はいっ! はいっ!」
川辺さんのアピールが激しいな。最年長なんだから年下に譲ってあげなよ。
「じゃあ川辺さんにお願いしようかな」
「やった! まかせて!」
ものの数秒で開錠してくれた。そしてどや顔である。こういうのにはそこそこシビアな内炭さんが「やったね!」って言ってるのがちょっと意外だな。こうやって友達とイベントごとに参加する機会がなかったからテンションが高いのかねぇ。
宝箱の中に入っていたのは鍵だ。普通のドアノブの鍵だわ。次の部屋に入るためのやつっぽい。こうして黄道十二宮を順々に制覇してけってことかね。
「おめでとうございます。これにてチュートリアルは終了でございます」
初めの謎解きに舞い上がってハイタッチを始める女子達。無感情で手を叩きにいってる紀紗ちゃんがちょっとこわい。
手を向けられたから俺も全員とうぇーいってやってみたが、正直、チュートリアルにしても難易度が低すぎないか? って思った。
これは4組ともが全クリすることを想定しとかないとまずいかもな。
「磨羯宮ではこのような形でしたが、必ずしも試練の内容はタブレットを介するわけではなく、また報酬の宝箱の開錠方法もダイヤル式とは限りません。その場その場で臨機応変に思考を巡らせ、この試練を乗り越えてください」
亜麻音さんは恭しく一礼して、
「では15時にまたこの場でお会いしましょう」
「ちょっといいですか」
去って行こうとした亜麻音さんを引き留めた。
「なんでしょうか」
「今のって問題をシカトしてダイヤルを総当たりで調べるのって反則?」
内炭さんが呆れ顔を見せた。逆に川辺さん、優姫、紀紗ちゃんはその手があったかって顔をしてる。亜麻音さんはと言うと、
「反則行為は先程に申し上げました通りです。それは反則に該当しません」
悪魔を思わせるような笑みを見せた。
「ですよね」
内炭さんは驚愕してるが、ネットの脱出ゲームはそれでも許されるんだよ。脱出ゲームはとにかく脱出することがジャスティスなんだから。
「では失礼いたします」
そしてネズミは去った。代わりに優姫がやってくる。
「次はあたしも答えたいな」
「次からは時間の問題もあるから早いもん勝ちだけどな」
「むぅ。カドくんと朱里ちゃんばっか答えることになりそうだね」
優姫は悔しげに溜息を吐いて、
「こんなことなら命令券をとっとけばよかったなー」
「お前のここぞって時ってのがよう分からんわ。ラストエリクサー症候群の割にそこそこどうでもいいことに使おうとするし」
「そりゃあそうだよ。大事なことは2人で決めないと意味がないし」
「ふむ。命令券、返しとくか?」
「いらない。言ったでしょ? あたしは命令券を持ったままだと誘惑に負けるかもしれないからカドくんに預かってて欲しいってさ」
そう。優姫が所有する2枚の命令券は俺の財布に入ってる。
こいつは、俺の気持ちを分かってくれてた。
そんな付き合い方は嫌だって。
そんな付き合い方をしても意味がないって。
悪魔のささやきに抵抗してくれた。
嬉しかった。惚れ直すって言葉はああいう時に使うのかなって思った。
こいつは俺のことをちゃんと理解してくれてる。そのことで胸が熱くなった。
「あっ、そーだ。あたしが1問正解するたびに1回デートしてよ」
「……は?」
感動のシーンを回想してる最中に何をほざいてんだこいつは。
「ほら。カドくんも他のチームに負けたくないでしょ? あたしにやる気を出しても欲しいでしょ? 勝つためにご褒美を用意するのは合理的じゃない?」
やべぇ。正論だわ。けどデートって。
「そもそもさぁ、カドくんってあたしなんかに負けちゃうの? 負けちゃうかもしれないからびびって返事できないの? 碓氷の皮肉は鶏肉なの?」
「あ?」
「あー、そうなんだー。あたしに負けると思ってるんだー。ならしょーがないねー。負ける勝負はしたくないもんねー。可哀想だから見逃してあげるよー」
「上等だボケ。やってやるわ」
「やったね」
……ん? あれ。どうしてこうなった。俺の煽り耐性ってそこまで低くないと思うんだけど。あー、そうか。ヴァカにバカにされたから効果倍増なのか。
まあ、なんだ。
こいつは俺の性格をちゃんと理解してやがる。そのせいで熱くなった。ってか。
「わたしも」
いつの間にか紀紗ちゃんが隣にいた。
「わたしも!」
川辺さんも元気よく手を挙げた。
「じゃあ私も?」
内炭さんまで乗ってきた。なんでやねん。
「あのエチュードが忘れられなくて……」
この子も末期だね。
「別にいいけどさ」
俺は自覚的に目を鋭くして言ってやる。
「このゲームがつまらんくなっても知らんぞ?」
勝負事なら手加減無用だ。ガチでいく。お前らには1問たりとも譲らねえよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます