8/7 Sun. 寂寥的七夕祭り――前編
お祭り3日目は日中に野郎ども5人で行った。プール掃除の時のメンバーだ。気兼ねなく行動できるって素晴らしい。陰キャかつ内弁慶の俺はこっちの方が性に合ってるなってつくづく思わされた。
夕方になったら油野家に向かい、そこで待ってたプール掃除の女子メンバーと合流してタコパをやった。これはこれで悪くないけど、しばしば心臓に負担が掛かる。せめて男女比で男が多くなる環境がいいなぁ。
女子の多くは宿理先輩とパジャマパーティーをやるらしく、男子禁制とのことだから男どもは帰宅した。自宅を後宮のような扱いとされた油野は久保田の家に泊まるらしいが、あいつの部屋はお人形さんでいっぱいだからな。きっと今日の寝床はリビングのソファになるだろね。
俺はと言うと、自転車で安城七夕神社に来てた。非合理的なことをするために。
端的に言えばお願いの追加だ。叶う叶わないの話はこの際どうでもいい。願うことが、その意思表示が大事だと思ったんだ。
なのに、
「奇遇だね」
タコパに不参加だった悪魔がいやがった。
俺は瞬時に反転し、直後に背後から抱き締められた。またこのパターンかよ。
「甘いねぇ。碓氷少年は美人と遭遇したら逃げる。それを知っていれば逃げることを前提にして行動すればいいわけさ。私はきみがどう逃げるかを12通りほど予想してから声を掛けたけど、きみは私がいることを想定していなかったね? それでは初動の差でこうなってしまうよ」
俺の負けだ。論理は上条先輩にある。
「これに懲りたら今後は四六時中で私のことを考えるんだね」
常に悪魔との遭遇を想定しろってか。悪夢かよ。しかしだ。
「コンビニの時と違って今回はギャラリーがいます。この状態から俺を痴漢にでっち上げるのは不可能ですよ」
「そう思うかい?」
やめてよ。そんな言い方をされたら自信がなくなっちゃうよ。
「しかし面倒だね。ついでにきみの論理を破壊しておこうか」
物騒なことを言うね。
「逃げると憧れの先輩にハグして貰える。だからきみは私を見ると逃げる。これはそういう理論だ。いやあ照れるね」
「とんでもない暴論なんですが」
「きみがすべきは言葉による否定ではないね。否みたくば行動で示したまえ。さもなくば次も似た状況になったとき、私は確信してしまうよ? この子は私に情欲を抱いているからこんな小賢しいことをするのだと」
言い掛かりにも程がある。けどいくら反論したところで「口だけならなんとでも言える」と返されたら終わりだ。はい、お手上げです。
「逃げないので放してください」
「いいのかい? 私のぬくもりをもっと堪能しなくて」
追撃やめろや。
「先輩に抱き付かれたくて逃げてる訳じゃないんで」
「その件の判定は次回のお楽しみだね」
ようやく離れてくれた。あー、どきどきした。
「ところで少年はなぜここに?」
「……短冊に願い事を書こうと思いまして」
嘘を吐くか迷ったが、そうするメリットもないしな。
「私と同じだね」
「それは意外ですね。先輩はこの手のものに無関心なんだと思ってました」
「きみっ! 私だって女の子なんだぞぉ?」
ちくしょう。可愛いじゃねえか。
「では願いにいこうか」
相変わらず落差が激しいね。
という訳で願い事タイムパート2。
今回は内容が決まってたから笹の葉くらいさらさら書けた。
「きみって本当に私のことが好きなんだね」
唐突な名誉毀損に困惑を隠せないぜ。
「見てごらん」
差し出されたのは先輩の短冊だ。
苦笑した。書いてある文字が一字一句同じだった。
「こんなことのためにわざわざここまでくるなんて。きみも私も随分とおめでたい頭をしているね」
「同感ですね」
願い事の儀式が終わったらもう神社に用はない。先輩も自転車で来てたが、
「せっかくだから話でもしながら帰ろうか」
自転車を引きずって行くことになった。2列で歩くのは迷惑千万と承知の上で、人気は少ないが、周囲に意識を飛ばしながら声を掛ける。
「優姫に命令券をあげたみたいですね」
「あの子には必要かと思ってね」
「ありがとうございます」
俺が言うことじゃないかもしれないけど。
「まあ私は券なんぞなくても少年に命令できるし?」
「その考えはいち早く是正していただきたい」
「かすりん用命令券を持ってきなさい」
なら発行してくれよ。
「そういえば、美月と紀紗の方はどうなんだい?」
そうか。海の日からもうすぐ3週間になるのか。
「紀紗ちゃんはともかく、川辺さんはかなり態度がそれらしくなってきました」
「そうか。難局だね」
先輩は思い出すかのように言う。
「近付けば大きくなり、離れれば強くなる。それが恋心だ。対応を誤ればお互いに大火傷をするよ?」
「対応、ですか」
どうするのが正解なのかサッパリ分からんのだけど。
「それらしい態度と言ったけど、少年の中では何%くらいの話なんだい?」
「99%ですかね。たぶん、川辺さんは俺のことが好きです」
先輩が笑った。
「99%でもたぶんなんだね。確かに多分ではあるけど」
「好きと言われてないので。いや、言われたとしてもその1%が埋まるかは分かりませんね」
そのくらい優姫との件は苦い記憶になってる。お嫁さんになると5年以上も言われてダメだったのに、好きと1回言われたくらいじゃ心を委ねる気になんかならない。
恐いんだ。
あの、自分が崩れていくような感覚が。
何を信じればいいのか分からなくなる錯覚が。
「過去に優姫と何があったのかを聞かせて貰ってもいいかい?」
それは、悪魔のささやきと言うには優しすぎた。
「騙されたと思って言ってごらん。お姉さんが都合よく騙してあげるから」
「……騙す気しかないじゃないですか」
でも言った。
内炭さんの部屋で語ったすべてを。
少々の質疑応答もあったせいで、話し終えた頃には地元に着いてた。
「もう少し時間はあるかい?」
近所の公園の前で先輩がそんなことを言ってきた。
「大丈夫です。お願いします」
公園内の自販機でお茶を2本を買い、すぐそばのベンチで横並びに座る。お茶のペットボトルを渡すと、先輩は一礼してキャップを緩めた。
「小さい頃、あの砂場でよく拓也と遊んだんだ」
「俺と優姫もそうですね。ママゴトの食卓によく泥団子を出されてました」
ノスタルジーを感じてしまう。2人揃ってお茶を飲んだ。いい風が吹く場所だね。
「拓也は山とか城とか大きいものを作るのが好きでね。私はそれを踏み潰すのが大好きだった」
鬼かよ。一時的にとはいえ玉城先輩はそんなことをされててよく惚れたな。雰囲気的に良い話でもするのかと思ってたからガッカリ感がハンパないわ。
「ところで優姫との一件を聞いて、今お茶を飲んでる時に気付いたことがあるんだけどね。きみって小学生の頃に圭介や玲也以外に友達はいなかったのかい?」
「少しはいましたけど」
「思い出せるだけ言ってごらん。フルネームじゃなくてもいいから」
「んー? 小5の時じゃなくて小学生時代の友達ってことですよね?」
先輩は頷いた。よく分からんが、この人のことだから何か考えがあるんだろ。
「えーっと。高倉。
「充分だ。私なんか宿理と夏希くらいしか憶えてないよ。それはすべて男子かい?」
「そうですね。女子だと同い年なら優姫くらいです」
「ではその優姫の友達は分かるかい?」
「んん? いやまったく分かりませんね。俺と一緒にいることが多くて、その時はおおよそ2人きりでしたし」
「ならさっきの友達ときみが遊んでいる時の優姫はどうしていたんだ」
「……ちょくちょく今日はナントカちゃんと遊ぶって言ってた気もしますが、そう多くはなかった気もします」
「そうか。ではもう1つ。小5の時に優姫の態度が変わったとのことだったけど、それが何月頃かって分かるかい?」
「それは憶えてます。5月ですね。ゴールデンウィークが終わったくらいです」
「優姫が圭介との仲を尋ねてきたのは?」
「……7月だったかな。夏休み前だったと思いますけど」
「優姫が圭介に告白したのは?」
「それも夏休み前だったと思います」
「なるほど。小5になったら見る目が変わった。ある日、圭介との仲を尋ねられた。それからそう遠くない日に告白した。私の感覚では4月から5月の短い間に行われたかのように思えていたけど、こうしてみるとかなり違うようだね」
「……説明が下手ですみません」
「いや、本来なら細かい時期なんかどうでもいいんだ」
そりゃそうだ。優姫との一件を説明するのに必要な情報は、
「けどおかしくないかい?」
「何がですか?」
「優姫の態度が変わったって話を聞いた時、きみは『優姫を怒らせちゃったんじゃないかって割と焦ってた』って言ったんだ。そして圭介との仲を尋ねられたって」
「言いましたけど」
「ゴールデンウィークの終わりから7月までのほぼ2カ月の間、きみはずっとその調子だったってことかい?」
「……ん?」
確かに。これはあまりにも合理性に欠けてる。当時の俺はまだ論理的思考と完全に無縁だったが、それでもこれはおかしい。怒らせたと思って焦ってたならそれを解決するために謝ってるはずだ。
「怒らせたと思って焦っていたのならそれを解決するために謝るはずだよね」
先輩と同じ結論になった。ますますおかしいぞこれ。なんでだ?
「この矛盾点があるから私は短い間に行われた出来事だと思ってたんだ」
「そう、ですね。態度が変わって1週間くらいで油野のことを尋ねられてたら違和感はないかもしれません。謝る前に先手を取られたって感じで」
「だね。まあ5年も前のことだ。まだ幼かったことも手伝って記憶が曖昧なのは仕方ないと言える。当時のきみにとって印象が強すぎたせいというのもあると思うよ」
「そうかもしれないですけど。この矛盾は気持ち悪いですね」
「論理的に考えるとおかしいからね」
ガチで考察してみる。俺は腕組みをして目を瞑り、
「でもこう考えると矛盾が消える」
思考力の差を思い知らされてしまった。
「優姫のきみを見る目が変わったのはゴールデンウィークの終わり。その時はまだ違和感だけだった。それが1週間、2週間と続く過程で少しずつ変だなと思えてきて、確信を持ったのが6月中頃。そこから1週間くらい自分が何をしたのかと模索を始めて、理由はともかく謝った方がいいかなと思ったところで先手を取られた」
「筋は通ってますけど、6月中旬ってことは1か月以上も変だなって思い続けてたってことですよね。当時の俺ってそんなにバカだったかなぁ」
「当時の碓氷少年がアホだったかはこの際どうでもいい」
おい。俺はバカって言ったんだよ。そう思われてるのかって勘繰っちゃうだろ。
「おそらく順序が違うんだよ」
「順序、ですか?」
「例えばそうだね。美月に惚れられてる可能性を考慮したのはいつだった?」
「それは誕生日会で水谷さんに指摘された時ですね。あの時は完全にあり得ない話だと思って水谷さんを煽っちゃいましたが」
「なら実際はいつから惚れられてたと思う?」
「惚れられてるのを確定とするのはどうかと思いますが、そうですね。いま思えば」
「それだ」
「はい?」
「いま思えば、だよ」
あぁ。なるほど。
「6月中旬くらいの俺は優姫の態度の変化に気付いて、怒らせたかもしれないって焦った。その時に『いつから?』と振り返って『いま思えば』ゴールデンウィークの終わりくらいからおかしかったかもって結論を出したんですね?」
「その公算が大きい。というかこれなら納得がいく」
「てかよく気付きましたね。本人の俺でも気付かなかったのに」
「それはきみがこの件に関して論理的に紐解こうとしていないからだよ」
「……しようとは何回も思ってるんですけどね」
「分かるよ。私も拓也に対するソレは考えたくなかったからね」
やっぱ上条先輩も同じか。つまり、
「優姫は『なぜ』油野を好きになったのか」
「そうだ。そこを主軸に考えたら当然『いつ』が出てくる。そしていつ好きになったのかを想定するには経緯の細かい時期を知る必要がある」
「そして完全な経緯を知ったら矛盾に気付くってことですか」
「そうだね。それで知っているのかい? 恋した理由を」
「知らないですね。てか油野の場合って99%でイケてるフェイスでは?」
内炭さんも結局は顔だと思うんだよな。きっかけは本を取って貰ったことかもしれんけど、ただしイケメンに限るってやつだと思うんだよ。
「論理的とは言い難い回答だね」
そう言われると理屈を捏ねたくなるな。
「考えなくてもいい。私の見解も超の付く非論理的なものなんだ」
「左7右3の見解ですか。気になりますね」
「いや、これは私独自の見解じゃない。中学の時から右脳フルドライブの女子がよく言ってた男に惚れる理由の1つなんだ」
なんだろ。運動ができる。勉強ができる。そういう小学生みたいなやつかね。
「好きって言われたらー、好きになっちゃうよねー」
「……は?」
小学生どころか幼稚園児レベルの解答が来たわ。
「好意の返報性って言ってね。一応は心理学にあるんだ。好意を持ってくれた相手に対して好意を持った態度で応えるという習慣だね」
「いやいや、挨拶じゃないんだから」
「言いたいことは分かるけど、右脳星人にはあり得るってことだよ。実際に好きって言われることをきっかけに相手を意識し始めるってパターン自体はあるよね」
「あー、そう言われると納得します。けどさっきのは軽すぎって言うか」
「仕方ないじゃないか。本当にそう言ってたんだから」
真似する必要があったのかって話だよ。混乱するわ。
「けどそれ間違ってますよね。だって油野は優姫のことが好きじゃないですし」
「だからきみや優姫の友達のことを確認したんだよ」
飛躍しすぎてまったく分からん。
「油野くんってぇ、実は優姫ちゃんのことが好きらしいよぉ?」
「あー」
あったわ、そういうの。小学どころか中学でもあったわ。
「こういうことを言いそうな子はいたかい?」
「普通にいたと思いますよ」
「では『なぜ』そんなことをしたのかというのは?」
思い付く。気分の悪くなる答えばかりだが。
優姫を嫌ってるやつの仕業だとしたら、
「優姫に恥をかかせたかったから」
「そうだね」
俺と優姫の関係に嫉妬してたとしたら、
「優姫と俺の仲を引き裂きたかったから」
「そうだね」
自惚れてみると、
「俺に惚れてる女子が優姫を遠ざけようとして」
「そうだね」
過去を顧みると、
「俺に恨みを持ってる男子が俺を傷付けようとして」
「そうだね」
ないとは思うけど、
「本当にそうだと思っての親切心で」
「そうだね」
「んー、あとはただの冗談だったとかそういうのくらいしか思い浮かびませんね」
「私はまだ思い付くけどね。具体的に言えば5つ」
えぇ? なんだろ。
「しかしお腹が減ったね。またコンビニでおしゃべりでもしようか」
「いいですけど。そろそろ補導が気になる時間ですよ?」
「ふっ。その時はこの飛白お姉さんに任せなさい」
「……痴漢の冤罪に協力する気はないですよ」
困った先輩だ。けど、本当に頼りになる先輩だなってつくづく思わされた。
この調子で優姫との一件を論理で紐解くことができれば、俺は川辺さんと向き合うことができる気がする。
それが彼女にとって良いことか、悪いことかは分からないけど。
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