7/23 Sat. 名は体を表す――後編
本日のリフィマも18時に閉店した。今回はすべてのケーキとプリンが売り切れ、余ったのは焼き菓子くらいだ。なんだかんだで店外の行列は17時まであったから生菓子を買えなかったお客さんに弥生さんとリフィスが謝る形となった。無い袖は振れないからしょうがない。ここまで売れるなんて誰も思ってなかったしなぁ。
という訳で本日も弥生さんと長谷部さんは残業決定。リフィスは教え子を1人にしないために帰ってからプリンの製作をする。きっとその教え子にも手伝わせるんだろうけどね。油野の話だと水谷さんも相当の腕らしいし。
宿理先輩と川辺さんはリフィスが送っていき、俺と久保田と内炭さんは今回も薄い本を求めて名古屋駅に向かった。今回も3店舗をはしごして、オタク2名は早くも散財してしまった。手ぶらの俺は内炭さんの荷物を持ってやるべきだと思うんだけど、あの袋の中に半裸もしくは全裸の男がいると思うと申し出ることができない。
時刻は20時を過ぎたとこ。今回も晩メシはホームの牛丼かなって思いながら名鉄の改札に向かってたら俺のスマホが鳴った。
珍しい。メッセージじゃなくて通話だ。発信元は弥生さん。
「はい」
『碓氷くん、まだ名古屋?』
「そうですよ。今から牛丼でも食べて帰るかなってとこです」
『明日って用事ある?』
出たよ。俺の嫌いなやつ。まあ特にないんだけど。
「明日もバイトですか?」
久保田が笑顔を見せた。勤労精神に目覚めてしまったのか。分かるよ。働くとお宝グッズが増えるもんな。
明日の予定がない内炭さんも期待の眼差しを俺に送ってる。今日は前回以上に給料が出たからな。けど明日はやどりんなしだから減ると思うよ?
『違う違う。明日の用事がないなら今日ウチに泊まってかないかなって思って』
ふむ。声質から色っぽいお誘いじゃないのは分かるが。あっ、思い出した。
『よかったら今度プライベートで話を聞いてよ』
これか。そうなると事情を知らないこの2人を連れていっていいものか。
「それって俺だけですか?」
『内炭さんとクボくんもOK。それなりに部屋が広いから』
「ちょっと聞いてみますね」
スマホを下げ、2人に視線を送りながら尋ねてみる。
「弥生さんが泊まりに来ないかって言ってるんだけど」
「え? なんで? っていうか私もいいの?」
内炭さんが困惑してる。経験なさそうだもんね。お泊り会。
「たぶん6割は俺のメシ目当て。3割は俺のおつまみ目当て」
「食料ばっかじゃないの。残りの1割は?」
「愚痴じゃないかなぁ」
久保田がしゅたっと手を挙げた。
「ぼくらが愚痴を聞くことで赤居さんの気分が楽になるなら協力しよう」
「……久保田くん」
一昨日の件のせいもあってか、久保田が内炭さんの好感度を獲得しちゃってるぞ。
「内炭さんは?」
「行ってみたい。その、女子の部屋の参考になるかもだし」
「あの人はもう女子って年じゃないだろ」
「……碓氷くん。その論理を今後も振りかざす気なら命の保証はできないわよ」
まじかよ。とにかく結論は出た。
「OKだそうです」
『じゃあ上前津まで来てくれる?』
「分かりました。何か欲しいものがあれば買っていきますが」
『そうねぇ。今はきみの命が欲しいかな』
聞こえてたのかよ。
『冗談冗談。きっとイライラしてるのはわたしのお腹が空いてるせいだから』
「腕によりをかけて作らせていただきます」
『うむ。そんじゃ待ってるね』
そんな感じで各自が保護者の許可を取ってから東山線で伏見まで行き、鶴舞線に乗り換えて上前津に。そこで私服の弥生さんと合流して徒歩5分。マンション6階の2DK。やっぱ女子ってよか女性の家って感じだ。そう、家なんだよ。部屋じゃない。
「お風呂はどうする? 一応は新品の下着があるけど」
ぎょっとした。だって女性ものと男性ものの両方がある。
「糸魚川の。ここで飲む時は泊まってくことが多いから」
事情を知らない2人はその言い分に納得してるが、俺はなんかもやもやした。たまに思う。リフィスって上条先輩以上のサイコパスなんじゃないかって。
せっかくだから俺が一番手でシャワーを借り、他の3人が入浴を済ますまでにちゃっちゃと晩メシを作る。冷蔵庫の中身を好きに使っていいってことだったから親子丼と白菜の味噌汁とナスなめろうを用意した。
「これよこれ!」
糖質ゼロの発泡酒を片手に弥生さんがはしゃいでる。そんなに喜んでくれるならちょくちょくリフィスに持たせようかな。ってやったら調子に乗るしな、この人。
そして予想外なことに飲み食いしたら就寝タイムになった。なんと俺のメシとおつまみで10割だったらしい。俺1人だったらリフィスのことで何か話したのかもしれんけどね。仕事やリフィスへの愚痴は吐いてたからこれはこれでいいか。
男性と女性で部屋を分け、リフィス用の布団で男2人が身を寄せ合って眠る。男子と男子が友情を育むお話を好む誰かさんはこの状況で妄想してるんだろか。だとしたら明日は上前津で撒いてやる。絶対に一人じゃ帰れないからな。
なんて冗談を考えてたら眠ってしまった。立ち仕事だったから身体が疲れてたのかもなぁ。精神的にも来てたしね。
だからか夜中に目が覚めてしまった。夢の中で這いよる混沌が襲ってくるんだよ。
久保田はぐっすりだ。そっとスマホをいじってみると午前2時を過ぎたところだった。どうしよう。恐い夢を見ちゃったからな。すぐに寝るのはちょっとね。
久保田を起こさないように布団から出て、水を求めてダイニングキッチンへ。
「あれ? どしたの?」
弥生さんが食卓テーブルでペットボトルの水を飲んでた。
「目が覚めちゃったんで水でも飲もうかと思って」
「冷蔵庫のやつ飲んでいいよ」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて水を取り、なんとなく席に着いた。弥生さんは俺を一瞥し、薄暗いながらもかろうじて見える壁掛け時計を見て、
「碓氷くん、ちょっと散歩に行かない?」
こんな時間から? なんて野暮なことは言わない。こんな時間だからだよ。
「上着を着てきます」
「悪いね」
静かにマンションを出て、弥生さんと一緒に音のない街を歩く。弥生さんがしゃべらないから俺も口を開かずにただただ歩いて、5分くらいで公園に到着した。
弥生さんはベンチじゃなくてブランコに座った。俺も隣のブランコに座って、ちょっと揺らしてみたら大きく軋んだ。近所迷惑になるからやめとこう。
持ってきたペットボトルの水を一口飲み、俺から切り出すべきかと考えてたら、
「碓氷くんは美月ちゃんに乗り換えたわけじゃないのよね」
「違いますよ。俺は相変わらず幼馴染のことが好きです」
「そっか。美月ちゃんも大変だね。気がないのにあんなことされたらね」
「内炭さんにも言いましたけど。人に優しくしちゃダメなんですか?」
「ダメだよ」
即答だった。
「相手を選ばないとね。碓氷くんは優しく見えて残酷だ」
その理屈は分かる。だけど感情論だ。論理的でも合理的でもない。
「わたし、高1の時にいじめられてたんだ。これのせいで」
弥生さんの視線は真下に向いてた。要するに川辺さんと同じパターンか。
「処女なのにヤリマンとか売ってるとか言いたい放題だったなぁ」
弥生さんは顔もいいからな。女子の嫉妬を買う要素の塊と言える。
「それから救ってくれたのが糸魚川だった。昔は今ほど笑ってなくてさ。救ってくれたっていうのも掃除当番を押し付けられたのを手伝ってくれたり、ノートを集めて先生のとこに持ってく時に半分を持ってくれたり、そもそもノートを出してくれない生徒から回収をしてくれたり、そんな感じで解決してくれたわけじゃないんだけどね」
弥生さんは唇を水で湿らせて、息を吐いた。
「わたしはすぐに糸魚川のことを好きになっちゃった。だから告白したの」
断られたのは知ってる。その結果が『好きじゃなくてもいいから付き合って』だ。
「そしたらあいつは言ったわ。笑わない顔で、冷たい声で。それは勘違いだって」
は? って言いそうになった。なんだそれは。
「わたしの心が弱ってたから助けてくれる人に対して異常に感情が高ぶっただけ。一種の吊り橋効果だって。恐い場所にいる時に手を差し伸べられたから一時的にそう思うだけだって。パニック系の映画で初対面の男女がくっつくのと同じだって」
こういう時の論理は手強い。確かにって思わされる。
「そもそも糸魚川は私を助けてたつもりがなかったって。掃除は1人より2人でやった方が早く片付く。ノートは二等分した方が運ぶのが楽になる。ノートを回収したのは待つのが時間の無駄だから。すべて効率のためだって言われた」
弥生さんが俺を見つめた。顔には苦笑が張られてる。
「分かる? 優しい態度に心を揺らされて、期待したらこのざまよ。なのにあなた達は言うんでしょ? 好きじゃなかったら優しくしちゃダメなのかって」
返す言葉もない。弥生さんの意見は正しい。けど俺の意見が間違ってるとも思わない。人は人に優しくあるべきだ。だってそうであればそもそも弥生さんも川辺さんもいじめにあってないだろ。
「わたしはそれを否定したかった。だから好きじゃなくてもいいから付き合って欲しいってお願いした。この気持ちは勘違いじゃないって証明してみせるからって」
事実として、それは勘違いじゃなかった。だって。弥生さんは今でも想ってる。
「一緒に登下校して、休憩時間はいつも会って、週末はデートして。でもあいつは手を繋いでも、抱きしめても、キスをしても、わたしへの関心を見せなかったわ。だからこれを使おうとしたの」
いじめの原因である女性的な部分。それを武器にしようとしてる時点でもう正常な判断ができてたとは思えない。相当に追い詰められてたんだろな。
「糸魚川は拒否した。キスまではいいけど、もしも妊娠してしまったら責任を取れないからって。わたしは愕然としたわ。なんでか分かる?」
「……そりゃあ。弥生さんとの将来を考えてないって言ってるようなもんだし。けど無責任に抱こうとする男よりはいいんじゃないですか?」
弥生さんは笑った。とんでもない勘違いだと言わんばかりに。
「年齢的に責任を取れないからダメだって言ったのよ。あいつは私を孕ませること自体には何とも思ってなかった。ただ、結婚できる年じゃないからダメだって」
嘘だろ。そんなのまるで。
「どうでもよかったのよ。あいつは。自分の将来の伴侶が誰であっても。それこそわたしでも。例の小学生でも。誰でもよかったのよ。他人に興味がなかったの」
そこには違和感がある。だってあいつは水谷さんのために同居してる訳で。語り口調が過去形なのはあくまで昔のことを言ってるんだよな。今はそこまで他人に興味がないように見えんし。それが論理や合理の末にあるものだとしたら何も言えんが。
ふむ。弥生さんは水谷さんの存在を知ってるが、今のリフィスと水谷さんの関係を知ってる節はない。俺がカードを切ればこの辺の誤解は解けそうだけど。
「それで、どうしたらいいんだろって思ってたら、家庭教師をやることになったから別れたいって言ってきた。理由が理由だから悲哀より先に怒気が生まれたわ。でもわたしは所詮、付き合って貰ってた身だからね。反対なんかできなかった」
だから、と続けた弥生さんの瞳に宿ったそれは真夜中の暗闇よりなお深い。
「条件を付けたの。わたしを抱きなさいって」
心臓が鈍い音を鳴らした。なぜなら、
「分かるでしょ?」
「話し合いをするよりその方が早いから、ですね」
そんな大事なことですらリフィスは効率で判断した訳だ。
「まあ、話し合いの方が早かったって説もあるんだけど」
「ん?」
「あいつ。わたしの身体に反応しなかったのよ」
コメントしにくいな。
「もうショックを通り越して笑っちゃったわね。お陰でこっちの心に余裕ができちゃってさ。優等生の糸魚川くんにもできないことがあったんですねーって」
「煽ったんですか」
「そしたらむきになって日を改めてチャレンジしに来たわ。上手くいったのは5回目だったわね。すぐに終わっちゃったけど」
生々しいなぁ。
「それでわたしらはカレカノの関係じゃなくなった。でも学校ではそれなりに話はしたりして、家庭教師を始めて数か月くらいで笑うようになったのがむかついたわね」
悪魔と悪魔が邂逅したことで心のアビスゲートが開かれたのかねぇ。
「そして高校を卒業して、わたしはパティシエの専門学校に入って、あいつは名門の大学に進んだ。教え子も無事に名門中学に入ったみたいで。卒業後に連絡は取りあってなかったんだけど、成人式兼同窓会の幹事にわたしが選ばれちゃったから久しぶりに連絡を入れてみたのよ。あいつって顔だけはいいから、どうせ責任を取れる年になったことだし、大学でとっかえひっかえしてるんだろなってむかつきながらね」
酷い言い草だけど否めないのがな。
「けど蓋を開けてみたら全然違ったのよ。女遊びの方は来るもの拒まずで多少はしてたかもしれないけど、あいつ、引きこもってたの」
「え? 引きこもりってガチのやつですか?」
「ガチよガチ。大学2年の頭までは普通に通ってたらしいけど、そっから部屋を出てない感じ。会ったら髪も髭も伸び放題だったし」
「理由は知ってます?」
「平たく言えば、例の小学生の親が離婚することになったのが原因。その子のことが可哀想で、心配なのに、あの子のことを分かってあげられるのは自分だけなのに。そんな自分は何もしてあげられないっていじけてたわね」
「らしくないですね」
「そうね。らしくなさすぎて蹴とばしちゃったけど」
おいおい。
「それからその子との日常を聞かされて、まぁ、色々と納得しちゃって」
「色々と?」
「んー、糸魚川も、その子も、小さい頃に両親の奴隷みたいな生活を送ってたのよ」
過激な表現なのに、思いのほか胸にストンと落ちた。あの2人の親なんだもんな。頭がおかしいに決まってる。論理や合理や効率で子供の人生を管理統制して、それこそ奴隷のように、家畜のように、淡々と育てていったんだろな。
「リフィスはその子に感情移入しまくってた訳ですね」
これはリフィスもある意味で被害者だな。きっと水谷さんの日々を知って自分の過去と照らし合わせ、あいつの中の論理がその人生を否定したんだ。
そして水谷さんを憐れに思い、同じだけ自分にもそう思い、ある種の共依存のような形で心が結ばれてしまった。そりゃあ同居もするわ。意思の疎通もできるわ。だって奴らは性別と年齢が異なるだけの同一人物みたいなもんなんだからな。
実質的な比翼連理。しかし自分と同一視するからこそ、恋愛の対象になり得ない。
「そうそう。それでね。その子がテストで良い点を取ったらプリンを作ってあげてたらしくて。その話を聞いたわたしは言ったわけ。じゃあプリンの店を作るかって」
「飛躍し過ぎでしょう」
「大学に行く気がしない。小学生の子が可哀想で心配。その子はプリンが好き。それなら美味しいプリンを作れるようになることがきみらの言う合理的じゃない?」
そうかなぁ。それは違う気がするぞ。今みたいに近くで見守ってやるってのが合理的ってやつじゃないかね。だってプリンを作るだけじゃ何の解決にもならんしさ。
「それで小学生が愛知に引っ越すって分かったからリフィスマーチを名古屋に作ったの。評判を上げて上げて上げまくって、いつか来てくれるといいねって」
まじか。なんだかんだで弥生さんって良い女すぎないかな。少し前までは宿理先輩の方が有利じゃないかなって思ってたけど、10歩くらいはゴールに近そうだわ。
「どう? わたしって良い女じゃない?」
「自分で言うとこがダメですね。言うまでそう思ってたのに残念です」
「えー」
一段落したし、ちょっと聞いてみようか。
「弥生さんってその小学生のことってどう思ってるんです?」
「別に何も」
「そうなんですか」
「だって悪いのってすべてにおいて糸魚川だし。少しはもやもやするとこもあったけどさ。こないだ話を聞いて貰った時にだいぶスッキリしたから」
「実は俺、その子の写真を持ってるんですが」
弥生さんが俺をガン見してきた。そして息を吐く。
「分かった。少しの間なら好きに揉んでいいよ」
「何も分かってねえなこいつ」
「あれ? 碓氷くんって年上を相手にそんな口調をする子だっけ?」
「俺の口調は好感度依存なんで」
「なるほど。親近感が上がってタメ口になったってこと? お姉さん嬉しいな!」
「もうすぐ0になるかな。ナスなめろうのLINEもまじでうざかったし」
「よし分かった。お姉さん、これからは真面目になるよ」
「頼みますよ、ほんと」
スマホをいじって画像を出す。川辺さんの誕生日会の時の集合写真だ。
「この子です」
「……美少女すぎない? 引くんだけど」
「水谷千早さん。川辺さんの親友ですね」
「さすがのお姉さんでもこの子と戦って勝てる気がしないなぁ」
「大丈夫ですよ。宿理先輩の弟と付き合ってますから。こいつです」
「……イケメンすぎない? 引くんだけど」
どっちにしても引くのかよ。
「弥生さんが戦うとしたら宿理先輩ですね」
「やどりんかぁ。可愛いもんなぁ。でも身体はわたしの方が有利じゃない?」
「ノーコメント」
「つれないね」
「ただ、色々と有利だとは思ってますよ」
「そうなの?」
「名は体を表すってあるじゃないですか」
「あぁ、才能が良いと書いてカドヨシくんみたいなね」
「名前負けつらいっす」
「負けてるかなぁ? きみを見てると才能って卑怯だなってよく感じるよ」
ふむ。俺の能力の大半は後天的だし、努力の成果だと思うけどね。
「前にリフィスと水谷さんと川辺さんの3人でかき氷を食べたことがありまして、その時に川辺さんの笑顔を見ながら食べるかき氷は美味しいっていう水谷さんのコメントに対して『かき氷は月を見ながら』ってキャッチフレーズをリフィスが即興で付けたんですよ」
「ほうほう」
「かき氷って呼び名が色々とあって。夏に氷でナツゴオリ。氷に水でコオリミズ。同じくコオリスイとも。氷水と書いてカキゴオリと当てる場合もあります」
「博識だねぇ」
「それで俺は碓氷と水谷って苗字から氷と水を抜き出して『氷水は月を見ながら』って返したんです。お前だけ名前が入ってないキャッチフレーズだなって」
「あー、碓氷、水谷、美月か。あいつ、悔しかったでしょうね。超ウケる」
「俺は言霊ってのが割と好きで、例えば水谷さんと川辺さんは親友ですが、それは川が水で構成されてるから。谷の形状は川ありきだから。みたいな理屈をよく探したりするんです」
「リフィスと弥生でリフィスマーチみたいなのもそうだったね」
「ですね。他に挙げるとしたら碓氷と内炭さんで氷炭です」
「ひょーたん。水と油の類語だっけ」
「はい。ちなみに水谷さんと油野が水と油なのでそのうち別れると思ってます」
「ひどいね、きみ。でも少し面白いや。他には?」
「糸魚川と水谷」
「あぁ! すごいねこれ!」
「大声は近所迷惑です」
「あっ、ごめ。でもびっくりした。水を得た魚。川は水で構成されてる。谷の形状は川ありき。相性ばっちりじゃん。お互いがお互いを作り上げてる感じがする」
「水魚の交わりって言葉もありますしね」
ヒントはこれで充分だ。
「ところで弥生さんは来週の木曜に予定がありますか?」
「お店の定休日だよね。今のとこはないんじゃないかな」
「俺の地元でボウリング大会をやります。今日のバイトのメンバーはもちろん、リフィスも水谷さんも参加します。弥生さんもどうですか?」
「……碓氷くんってやどりんの味方じゃないの?」
「最後に選択するのはリフィスですし。俺はどっちの味方もしますよ。俺の優しさは平等に振り分けられるんで」
「やっぱ残酷だよ。きみは」
「見解の相違ってやつですね」
「そっか。でも、うーん、どうしよ。水谷ちゃんと話してみたい気もするけど」
迷うくらいなら来たらいいのに。
「来なよ、アリアドネ」
弥生さんがビクッとした。もしやハンドルネームにしてるのかね。
「懐かしいなぁ。うん、分かった。せっかくのお誘いだし、行くよ」
弥生さんが立ちあがった。夜のお散歩は終わりってことだな。
帰り道、星空を見ながら俺は考える。
糸魚川は水谷に魚と川を奪われて糸になった。その糸に最もお似合いなのは誰か。
赤居糸。これ以外にないと思うね。
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