7/20 Wed. 論理と理論――後編
史実に倣ってエビ天丼を食べ、答えの分かってる連想ゲームに敗北し、俺の部屋まで移動して、お互いに爆弾をぶつけあった。
「過激なゲームもあったもんだ」
上条先輩も初体験らしい。なのに10回くらいで安定して勝てなくなった。先輩の壁ドンが恐すぎる。何をどう計算して爆弾を蹴ってるのか分からんな。
コンシューマーが終わったらネトゲだ。サラは首都に戻しておいたから鍛冶屋から順々に観光して、最後は飛行船で新大陸へ。
「へぇ」
海上の1日を見せたら部屋を薄暗くして塩味のクッキーと飲み物を取りに行った。そして戻ってきたら、
「やはり私の考えで合っていると思うよ」
先輩は目頭を押さえながら言ってきた。そんなに感動する内容か? 紀紗ちゃんになりきってるせいで感情移入しすぎてんのかな。
「知らない世界か。確かにね。碓氷少年も酷なことをしたもんだ」
そう言われましてもね。
「きっと美月も紀紗もその話の時は笑っていなかったよね」
「ですね。紀紗ちゃんはそもそも笑わない子ですが」
「笑えないからね、これ」
先輩は溜め息を吐いた。どこか重みのある、それ以上に苦味を感じた。
「美月、紀紗、私には共通点がある」
美少女的な意味じゃないことだけは分かった。
「友人が少ない」
そいつは腑に落ちないね。事実ではあるけど、
「俺も友人は少ないですよ」
「それは学校内での話じゃないか」
サラのフレンドリスト、ギルド情報、ディスコードを順々に表示させ、
「ログイン状況はどうでもいい。フレンドが86人。ギルドメンバーがサラを除いて10人。ディスコードのフレンドに至っては211人だ。当然、好き勝手にフォローできるSNSと違い、これらはすべて許可制だよね?」
「ネトゲのフレンドに関しては一方的にできますけど、機能的に片方だけじゃ意味がないので結局は相互ですね」
「ではそれは棚上げしよう。私が言いたいのは、仮にフレンドとギルドの全員とディスコ―ドで繋がっていたとしても、最低でも211人と最低限の繋がりがある、或いはあったことになるということ。今も毎日のように話すのが何人いるかは知らないけど、我々からすればこれは信じられないような話だ」
大袈裟に聞こえる。だって顔も名前も知らんやつが大多数だよ、これ。
「これは持つ者と持たざる者の差なのかもね。そうだなぁ。先程に聞いた美月と朱里のLINEの件でも分かることだよ。美月の行動を否定しないでどんな形でも受け入れたとかいうやつだね」
ふむ。あれって確か。見失った水谷さんを発見した時の対応のとこか。
『1人でやって失敗したから次は2人でって考えは正しいと思うし、川辺さんが1人でやりきりたいことならそれもまた正しいと思う。俺はどっちでもいいよ』
『……どっちも肯定してくれるんだね』
いま思えば、少し変な気がするな。当時は水谷さんに似てるとか不本意なことを言われてたせいで、またそう思われてるのかなって思ったけど、水谷さんは渡り廊下で話した時に川辺さんを甘やかさない方向性を示唆してた。だとしたら遠回しに他人との協力を促しそうなものだよな。
「美月はきっと思っていたんだよ。このままではいけないと。なのに少年は許容したんだ。きみはきみの思うままに行動すればいいって。きっと美月が男子のきみに心を開いているのはそこが大きいのだと私は思う」
言わんとしてることは分かる。けどやっぱ大袈裟に聞こえる。誰にどう言われようと最初から川辺さんは思うがままに行動していい訳だし。
「そんなきみと一緒にいたら朱里と親しくなることができた。話し合うことで相性の悪い相手とも仲良くできることを知った。一方的に恨んでいた久保田に対しても偏見だと自覚できた。憧れのアルバイトもできたし、しかも仲のいい友達とわいわいやりながらね。いじめられていた過去を払拭するかのように、青春を謳歌したわけだ。その上で誕生日には過去になかったサプライズまでしてくれて、そこには友達が勢揃いしていた。しかもこれからもこの日々は変わらないとのお達しまであった」
先輩はやれやれと言った感じで肩を竦めた。
「美月の知らない世界。それは友達と過ごす日々のことだよ」
あぁ、そういう。
「友達が1人増えるたびに新しい光景を見ることができる。そう実感したんだね」
新しい世界。新しい光景。なるほどね。
「きみと出会ってからの日々はさぞや新鮮だったに違いない。こんな子もいるんだ。こんな遊びもあるんだ。みんなと一緒だとこんなに楽しいんだってね」
俺にとってはさほどでもないことに、川辺さんは感動を覚えてたってことか。
「そして海の日だ。きっとあの爆弾のゲームをプレイした時にも思ったことだろう。壁ドン? これは誰と遊んだ時に決まった名前なのかなって」
久保田だな。
「このMMORPGを見た時にも『碓氷くんはこのゲームでみんなと楽しく遊んでたのかな』って真っ先に考えたと思うよ。天使ノ二挺拳銃さんだったか。その人との会話を見る時にディスコードのフレンドの数は目に入っていたと思うからね」
確かに。先輩の言う右脳タイプの考え方だって言われたら納得もいく。
「海の日に海を見る。言葉にしてみればとても陳腐な内容だ。海を見てどうなるんだって思いもあるかもしれないし、1人では見に行く気にもならないかもしれない。そんなことをしてみたいだなんて私なら生涯で一度すら思わなかったことだろう」
「実際に俺は人生で初でした」
先輩が微笑んでくれた。
「だけど、実際に見てみたらどうだ。作り物とはいえ大したものだった。不覚にも思ってしまったんだ。悪くないなって」
海の変化とか無駄に凝ってんだよな。基本的にスキップされる場面なのに。
「同時に思ったんだ。私には海の日だから海を見にいこうって言ってくれる友人がいないんだとね」
「俺にもいませんけど」
「水を差すのはやめなさい」
えー。
「きっと2人は知ったんだ。友人が多いと人生が色付くってね。要は省みたんだよ。今の自分のスタンスを。本当にこのままでいいのかと。ついでに思い知ったんだ。自分はなんて寂しい人間なんだと。この男と比べてなんてつまらない人生なんだと」
この理論には遺憾ながら納得してしまった。あの2人は他人とのコミュニケーションを煙たがるとこがあるからなぁ。
「紀紗も同じだと思う。宿理のことで友人との間に壁がありそうに聞こえたからね」
「そうですね。この間もカースト上位っぽい男子ともめてましたし」
兎にも角にも後は論理で紐解ける。先輩はさっき俺に『酷なことをした』って言ったが、これは先日に内炭さんと話した内容と少しかぶる。
フォアグラを知らない者はフォアグラを食べたいと思わない。
なぜならフォアグラを知らないなら食べたいと思うことができないから。
ではフォアグラが美味しいと知ってしまったらどうなるか。
また食べてみたい。そう渇望してしまうのではないか。
しかし2人はフォアグラをどう手に入れたらいいかも分からない。
なのに碓氷とかいうやつは見せびらかしてくるんだ。フォアグラを。
しかもこうすると美味いっておすそわけまでしてくるんだ。酷いよね。
先輩はそういう意味で言ったんだと思う。けどこれはそんなに悪いことなのかな。
「安心していい。きみは良いことをした。成長の機会を与えたのだからね」
ふむ。ならいいか。また誘う機会があったらどうしようって思ったわ。
「でも悪いこともした。大事なことを忘れていないかね? ラノベの主人公」
「思わせぶりな態度を取るなってことですかね」
先輩は首を振った。方向は左右だ。
「もう遅い」
「遅いって何が」
「私の読みでは美月も紀紗もきみに惚れている」
言葉の意味が理解できなくて10秒もカスリンと見つめ合ってしまったわ。
「なにゆえ?」
「紀紗に関しては薄々分かっていたよね?」
まぁ、ちょっと付き合って欲しいって言われた時の別れ話をする際に「このままでもいい」って言ってたし。何かと甘えてくるし。部屋に入りたがったりしたし。俺だけの秋の月だと思ってもいいって言ってたし。もしかしたらとは思ったよ。
「美月に関してはもっと分かりやすかったよね?」
浅井や油野との対応と比べると好意を寄せられてるのは理解できる。内炭さんから川辺さんと俺の関係や経緯について聞かされた時も、これは少しまずいかもしれないと思った。ただ俺が認めたくないだけだ。
「私もエスパーじゃないから本当のところは分からない。ただ、言えることもある」
「なんでしょう」
「古今東西、女というのは絶景を好み、それらは漏れなく人気のデートスポットとしてくだらん雑誌で紹介されていることだろう。私ですら多少の興味がある」
首を傾げた。話の流れが分からん。
「特に人気なのは夜景だね。一つ一つが超過勤務で過労死寸前のサラリーマンが灯している光だとしても、高所から見えるその輝きは心を躍らせるに足る美しさだ」
なんかいらん一言があったが、概ね頷いてもいい話だ。
「でも男は別に夜景なんぞ興味がないよね。あんなの見ても腹は膨れないし」
「……ぶっちゃけ過ぎですけど、まあそうですね。見たいとは思わないです」
「しかし有名な夜景の多くはデートスポットになっている。そしてデートスポットとはデートをする場所であり、デートとは男女で行うのが主流だ。なぜ男は見たいとも思わない夜景を仕事で疲れた身体に鞭を打ってまで車を運転して見に行くんだ?」
「彼女を喜ばせたいからでしょ」
「エロいことをしたいからだ」
この人、なんてことを言うんだ。
「仄暗い世界に映し出される幾千の星々のような煌めき。すぐ隣には愛する彼。ふと重なる視線。繋いだ手から感じるぬくもりが2人の距離を縮める。気付けば背伸びをしていた。なんてことがあるんだよ。そんなつもりで来たわけじゃなくてもね」
右脳全開だな。なんかその場の情景が浮かんできたわ。
「そうなったが最後、もう帰りの車がホテルに向かっても止めたりはしない。今の社会ではよく空気を読むという言葉が使われるけど、女は空気よりもムードに敏感なんだよ。ムードさえよければ1コマ後にスズメが鳴いても許せるんだ」
男はその過程の描写がないと許せないと思うけどね。
「今回は女子が2人いたからよかったけど、片方1人だったらサラが飛行船の中でぼーっと突っ立っているときにベッドでお楽しみできたと思うよ」
まじかよ。惜しいことをしたってまったく思えないのがすごい。
「それ。先輩の左7右3の導き出した答えですよね」
「そうだね。真実かどうかは試してみないと分からないね」
「試そうとは思わないですけどね」
だって「女1人だと行きにくい」って紀紗ちゃんも言ってたし、逆に言えばそういうのを意識してるってことにもなるのかね。
「ただ、覚悟はすべきだ。あの2人はそれぞれ男子に良い感情を持っていない。美月は身体ばかりを見られ、紀紗は顔ばかりを見られるからね。なのにきみときたら下心なしで世話を焼き続けている。特別な男子って位置付けにいる自覚は持ちなさい」
「男として意識されてる可能性が大ってことですね」
「その通りだよ。それなのに碓氷少年はムード作りをしてしまったんだ。しかも自分に気があるかもしれない2人を同時に」
あぁ、言いたいことが分かった。つまり、
「こんなのは誰が相手でもすることなんだからねっ。勘違いしないでよねっ。と碓氷少年は言外で語ってしまったわけだね」
「今のツンデレっぽいのもう1回お願いできますか。正直、可愛かったです」
「1回1000円なんだからねっ」
「途端に可愛くなくなったな」
「まさにそれだよ、少年」
先輩はニヤリと笑って言う。
「冷めたんだ。その結果が自己紹介という名の皮肉だね」
これ。俺が悪いっぽいな。段々とそう思えてきた。
「優しくしてくれて。世話も焼いてもらって。休日にノーアポで来ても紅茶や菓子やエビ天丼でもてなしてくれて。わーきゃーはしゃげるゲームで盛り上げてくれて。美しい海を、海の日に、しかもムーディーな雰囲気の中で見せられて。私、今ならこの人に抱かれてもいい! って思ったら鈍感系のロールプレイだったってオチ」
まあ、ある意味で一生忘れないかもね。女子として屈辱的だもんね。
ちょっと反省するべきかな。けど善意でしたことを反省っていうのもなぁ。
「ところで少年」
「なんざんしょ」
「もしもミツキサに告白されたら受け入れるのかい?」
唐突なコンビ名だな。意外と違和感がない。
「いえ、俺、好きな人がいるんで」
「……照れるね」
「あんたには好意がないっつってんだろうが!」
「ツンがきたね。はい、次は? 次は?」
「デレなんか永遠にこねえわ」
それにしても。どうしようかな。川辺さんも紀紗ちゃんも七夕祭りに誘おうと思ってたんだけど、これも思わせぶりな態度になるのかねぇ。
明日は午後から内炭さんと会えるみたいだからそこで相談しようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます