7/18 Mon. ハッピーマンデー――中編

 昼メシはテキトーにチャーハンでも作ろうかなって思ったが、せっかくだからリクエストを聞いてみたら、紀紗ちゃんは「おまかせ」と、川辺さんは「エビ天丼!」と答えたので近くのスーパーまでエビを買いに行くことになった。


 冷凍のブラックタイガーなら家族用として買えば後で金が戻ってくるし、奮発して18尾入りにした。場合によっては昼も夜もエビになるが、まあそこは川辺さんの願いだしな。そんなに気に入ったのかねぇ。エビ天の玉子とじ。


 一応はトマトとブロッコリーのないサラダと白菜と豆腐の味噌汁も用意した。メインで作ったのは俺だが、皿を出したり味噌汁をよそったりするのは紀紗ちゃんが、サラダを盛り付けたりどんぶりに白米をよそったりするのは川辺さんがやった。


 川辺さんがどう見ても自分のどんぶりだけコメ多めにしてたから、


「エビ3玉子マシマシにする?」


 当然、冗談のつもりだった。だってそんなん久保田基準の摂取カロリーじゃん。


「えっ! いいのっ!?」


 ダメって言える雰囲気じゃなかったね。だから川辺さんだけエビが3尾になった。


「おいしい」


「やっぱり美味しい!」


 紀紗ちゃんは淡々としすぎで本当に美味いのか分からんけど、川辺さんの破顔を見てると心が洗われるようだね。時代は海より月だわ。


「えび欲しい」


 紀紗ちゃんがコメ半分、エビ0のどんぶりを差し出してきた。


 おいおい、トッピング感覚かよ。食べかた下手かよ。もっとバランスを考えろよ。さすがにここからエビ1尾だけのために天ぷらやんのはめんどくせえよ。


「こっちのエビはまだ手をつけてないからこれでいい?」


「おかみさんのエビが減っちゃう」


 それを言うと今度は唯一3尾を獲得した川辺さんが気にしちゃうでしょ。あの笑顔を曇らせないためにも先手を打とう。


「俺は夜もエビだからいいよ」


「じゃあもらう」


 姉姉兄の3人から甘やかされてきたせいなのかねぇ。自由すぎるというか、わがままというか。油野のやつもこうして「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」的なやつを経験して育ったんだろな。


「碓氷くんってお兄ちゃんみたいだね」


 過保護とかそういう意味ならそうかもだ。


「圭介より兄っぽい」


 あいつはあいつで色々やってそうなもんだが、川辺さんが頷いてるからスルー。


「碓氷くんの妹の方が良かった?」


「圭介でいい」


 紀紗ちゃんは特に迷いもせずに答えた。


「え。油野くんより碓氷くんの方が1000倍は良いよね」


 あらやだ。エビ増量の効果かしら。


 一方の紀紗ちゃんは俺をじっと見つめて、まもなく川辺さんとも見つめ合う。


「兄妹だと付き合えない」


 唐突な爆撃に我々一同困惑です。


 いや、思考を止めてる場合じゃない。1秒でも早く説明しないとだ。


「言い寄ってくる男を諦めさせるために2時間くらい付き合ったことがあるんだよ」


「あっ、そうなんだ。急な告白かと思ってびっくりしたよー」


 随時とあっさり理解を得られたな。あの優姫でさえすぐには納得しなかったのに。


 そうしてなんやかんやで昼メシは終わり、


「おいしかった」


「美味しかったね!」


 女子2人で皿洗いをしてくれた。俺は俺で後片付けがあるけど、助かるね。お褒めいただき光栄でもある。


「ここに連れてきてよかった」


「紀紗ちゃんの判断は間違ってなかったね!」


 秒で手柄を奪われてしまったわ。この山賊め。まあいいけど。


 後片付けがすべて終わったら13時を回ってた。特に理由もなく各自がさっきと同じ席に着いて、


「そんで今からどうすんの」


 3人で遊ぶって言ってたけど、何かしらの案は用意してんのかな。これもおまかせならワールドに行くか、解散かの二択になるが。


「行きたいとこがある」


 最年少かつ末っ子にそう言われたら仕方ない。何気にお姉ちゃんらしい川辺さんも異論はないらしい。


「いい?」


 これ、俺の嫌いなやつだ。先に場所を教えてくれないと判断しようがないよね。


 あれは2年前のことだ。まだ愚かしくも女子に幻想を抱いてた頃、上条先輩が「明日って暇?」って言ってきたんだ。二つ返事で「暇です」と答えてしまったことは今でも後悔してる。


 年上の美少女からデートのお誘いかと思ってわくわくしてたら、行き先は縁結びの神様で有名な神社だった。階段が3桁もあるクソ立地で、息を切らして到着したら、なんと参拝はせず、3000円を握らされて、恋愛成就のお守りを代わりに買ってこいときた。そしてそのまま帰るというゴミ企画っぷり。


 いくら暇でもこんなことなら家で寝てた方がマシだった。それとなくクレームを入れたら「私との時間が暇潰し以下ってこと? 言ってくれるね。非リアの分際で」みたいなニュアンスのことを返されて鬱になりかけたね。

 

 思えば俺の論理的思考はあの時に産声をあげたんだな。二度と同じ目に遭わないために。あわよくばあの悪魔を痛い目に遭わせるために。


「行き先によるかな」


 金閣寺とか言われても困るしな。軽はずみな回答をした結果、「いいって言ったのに」ってまるでこっちが悪者かのような言い草をされても堪らんし。


「近場」


 なぜ地名を言わないんだよ。怪しすぎて頷く気にならんわ。


「お金は掛からない」


 おっと。連想ゲームが始まりましたよ。


「女1人だと行きにくい」


 ゲームなら応じてやらんでもない。思考と論理の勝負みたいな感じがあるし。


 カップルが多い。治安が悪い。ナンパの有名スポット。男女比が圧倒的に男寄り。この辺で当たりを付けるか。


「プールとか?」


 川辺さんのは勇み足だ。地元民じゃないからな。近場で入場無料のプールはない。


「3人とも知ってるとこ」


 ヒントが続いたってことは不正解。かつ不正解でも回答権の剥奪は行われないってことか。そいつは助かるね。


 なら下手な鉄砲を数打つか? けどそれだと思考の放棄と解釈されてしまうかもしれないか。試合に勝って勝負に負けた的なやつだ。


「お金を出せば飲食物に困らない」


 現段階だとワールドが最有力候補になるね。


「お金を出さなくても飲食物に困らないこともある」


 なんだそれ。ワールドに試食品コーナーみたいなとこってあったっけ。


「小さいときにおかみさんと圭介の3人で行ったことがある」


 まじかよ。なら本当に近場なんだな。


「最後に行ったのは6年くらい前」


 紀紗ちゃんが8歳。小2か小3の頃か。


「そこってまだ残ってるんだよね?」


 川辺さんからヒントの催促。確かにそこは盲点だった。


「ここに来るときに見た」


 は? 油野家からここまで徒歩5分だぞ。途中でワールドが見えるし、もうそこくらいしか候補がないだろ。


「そこでいい?」


 ヒント終了のお知らせ。9個もヒントを貰って、さらに情報を追加してくれとは言いにくい。まあ、どうせワールドだし。ダメって言う理由の方が見つからない。


「俺はいいよ」


「美月もー」


「やった」


 紀紗ちゃんの口元が緩んだ。ワールドくらい言ってくれたらいつでも付き合うのにね。って付き合うって言ってもそういう意味じゃないんだからねっ! なーんて。


「おかみさんの部屋に入るの久しぶり」


 言ってる場合じゃねえよ。


「は?」


「近場。お金は掛からない。女1人で男の部屋には行きにくい。3人とも知ってる」


「待て待て。お金を出せば飲食物に困らないっておかしいじゃん」


「お金を払うって言ってない。お金を財布から出すだけで『いいよそんなの』っておかみさんは言ってくれる」


 とんちかよ。一休さんかよ。頼むから心を一休みさせろよ。


「お金を出さなくても飲食物に困らないこともある」


 そうだね。紅茶もクッキーもエビ天丼定食もタダだったね。


「小さいときに3人で入ったことがある」


 あるね。そうか。あれって6年も前になるのか。


「最後に入ったのは6年前くらい。ここに来るときに2階を見た」


 ロバの時も思ったけど。紀紗ちゃんって人を罠にハメるの好きだよね。


「いいって言ったよね?」


 拒否権剥奪のお達し。えー、別に困りはしないけど。えー。


「川辺さんは嫌なんじゃない?」


「え? 嫌じゃないよー?」


 なんでだよ。男の部屋に入ることに抵抗がない派か? サバサバ系気取りか?


「何の面白みもないと思うけど」


 特に躊躇せず席を立つ。だって負け犬だし。いいって言っちゃったし。


「えっちな本とかあるのかな?」


 川辺さんってばわくわくしてんじゃないよ。


「いまは動画の時代。隠しフォルダを探そう」


 紀紗ちゃんはちょっと態度を改めようか。やるなら油野相手にしてくれ。


 とりあえず2階に上がり、そのまま部屋のドアを開ける。


「散らかってるけど」


「ほんとだ」


「ほんとだ」


 本当に散らかってる。パジャマ替わりのスウェットもベッドの上に脱ぎ捨てた状態だし、ガラステーブルの上は電源を入れてないのにカバーが開きっぱなしのノートパソコンや中身が入ってないペットボトルが置かれてるし、デスクトップパソコンのラックのとこはラノベが山積みになってるし、床だけは歩く時に危ないから綺麗にしてるが、とにかく物が多いね。


「男子の部屋ってこんな感じなんだ」


 川辺さんが室内を見回してるが、特に珍しいものはないと思うよ。


「圭介の部屋と似てるかも」


「油野くんの部屋は不自然に片付いてたよ」


 ん? なんだって?


「川辺さん、あいつの部屋に入ったことあんの?」


「先生と一緒にねー。やどりんのお部屋にお泊りする機会があって、そのついでに」


 なんだ、どうでもいいやつか。じゃあご案内。


 優姫が来ることもあるから座布団は2枚あるが、2人は座る気配を見せない。紀紗ちゃんは本棚を物色し、川辺さんはベッドに腰掛けてあちこちを見てる。男のベッドに座るのって躊躇しないのかねぇ。こっちは普通にどきどきするよ。


 シーツに川辺さんの香りが移ったら上条先輩の夢を見ずに済むかもしれない。だから座布団への移動は推奨しない。俺はパソコンラックとセットになったリクライニングチェアに座り、そういえばパソコンを付けっぱなしで来客に対応してたからディスコのメッセージが溜まってる。


 どれもこれもアホかと思うくらいどうでもいいメッセージだが、順々にコメントを送ってく。ディスコのフレンドは油野カイ宿理先輩シュク久保田クボなどの元からの知り合いを除けば長いので3年、短いのでも1年以上の付き合いがあるやつばっかだ。


 リフィスや堂本シン以外でも何人かはリアルで会ったことがあるし、年賀状とかの理由で住所を教え合ってる相手もいる。非リアは非リアのコミュニティ限定でリア充になることもあるってことだな。


 少し集中し過ぎたせいか、川辺さんと紀紗ちゃんが俺の肩越しでモニターを眺めてることに今さら気付いた。今の話し相手は3年の付き合いがある人だ。


「天使ノ二挺拳銃? すごい名前だねー」


 川辺さんが興味深そうに呟いた。ちなみに俺が産まれる前に発売されたゲームのタイトルで、一番好きなゲームだからって理由でこのハンドルネームにしてるらしい。栃木県在住の妻帯者だ。この人も料理ができる。


「天使さんはネトゲで俺らのギルドのサブマスターをやってる人でね。リアルの苗字に笹って字が入ってるからパンダさんとも呼ばれてて、パンダノ二挺拳銃さんとか、天使ノパンダさんとか、略して天使Pとか呼び名がめっちゃ多い人」


「あー、みんながやってるゲームの偉い人なんだね。碓氷くんがサラ、久保田くんがクボ、先生がリフィスなんだっけ?」


「そうそう。俺と久保田はもうやってないけどね。リフィスも1回やめたけど、最近になって宿理先輩とまたやってるらしい」


 紀紗ちゃんがこくこく頷いてる。


「夜うるさい。宿理がパソコンの前でぶつぶつ言ってる」


「リフィスとボイチャしてんだろね」


「これ。楽しいの?」


 回答に困るね。最近の仕様を知らんし、プレイスタイルでだいぶ変わるし。


「何とも言えんからちょっと中を見てみる? パッチを当てるのに時間が掛かるかもしれんけど」


「見たい」


「見てみたい!」


「おっけ。じゃあダウンロードが終わるまでは何かコンシューマーでもやろか」


 と言っても俺はスイッチを持ってないし、プレステも親戚からタダで貰った3しか持ってないから古いゲームでしか遊べないけどね。なんならプレステ3も2のソフトでよく遊んでたくらいだし。ネットの知り合いの年齢層が高いからよくお勧めのゲームを教えてくれるんだ。しかも最近のゲームと違ってグラフィックよりストーリーにウェイトを置いてる作品が多いから割と面白かったりする。


 とりあえずは3人同時に遊べて短時間で回せるシンプルなやつでいきますか。

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