白いお堂に日が昇るお話
「今まで色々な場所を訪ね歩いてきましたが、ここまで豪奢で、目が痛く……あ、いえ、目に眩しい立派なお堂は初めてですよ」
「そうでしょう、なにせ穢れなきクリムタル象の骨から作られていますからね」
お堂の守り手である私は、遠くからの旅人に乳茶を振る舞いながら笑みを浮かべた。旅人はそれを覗き込みながら「お茶まで白いんですね……」と呟く。
この人はよその人だから、いまいち理解していないのだろう。白こそがもっとも力ある色。神がこの大地を作るときにばらまいた、乳の色だからだ。
自然界に存在する色の中でもっともいい、善良にして絶対の色。私は小さい頃から、そのことを教えこまれてきた。
どのようにして聖者に近づくか。おしろいを施し、食品も白豆や牛の骨、乳を基調とし、お堂を隅から隅まで磨き上げ、夜は魔の色に包まれるため灯りを焚いて経典を読み上げ、寝ずの番をする。
この祖先が作り上げ守ってきた、遥かなるお堂を常に美しく輝かせるためだ。説明をすると旅人はびっくりした。
「でも守り手は今じゃあなたお一人なのでしょう。全く眠らないのは……」
「朝と昼、太陽が昇る間に祝福を得て、しばしお許しをいただくのです。苦しいことはなにもありませんよ」
彼はいまいち納得していない様子だったが、乳茶を飲んで頷いた。彼の色はごちゃごちゃとしている。外套も汚らわしいが、まだ向こう側にあるという街に比べればマシだった。
神の光が届かない場所、当たり前のように人々が白以外を尊ぶような場所。夜は偽の光が煌めいているとか。今は亡き守り手の叔父が言うには、街とは堕落の温床だという。
神は地上にわれらを作り、そして色のことでいがみ合うわれらに失望して去りました。これがわれらに授けられた経典のはじめであり、古来からそのことを覚え続けているのは今ではもはや私だけになってしまった。
そのことには深い悲しみを覚える。私たちは間違えていないはずだ。けれどそれ以外の人々がわざわざ穢れた道を歩もうとするのは、私たちを省みないのには、何か理由があるのだろう。
「旅人さん、私にはちっとも思いつかないのです。何故神の色を継ごうとする者が現れないのでしょうか」
「ううん、ここは遠いんです」
「えっ?」
旅人はあっさりと言い、私は聞き返す。彼はどこまでも白く磨き上げられたお堂を見回して、「こんなに立派で美しく、そして安心できる場所でも人が来ないのは、遠いからですよ」と追い打ちをかけた。
「それはしかし……素晴らしく善きものであれば、誰でも惹かれるはずではないですか。どんなに遠くても。い、いえ、その道程こそ第一の守り手の心でもあり……」
「僕だってここに来て、初めて白イル教のことを知ったくらいなので。知らなければ素晴らしいかもわからないし、それを知るにはここは遠い……とっつきにくいのだと思います」
とっつきにくい、だって。今までそんな風に解釈したことはなかった。それに街からできるだけ離れているのは、第一の使徒が色のいがみ合いを嫌ったからだ。
はじめの頃はそれで巧くいっていたという。街から逃げ、教えを継いだ白イル教徒も居たとか。
でも、でも……確かにそういった理由は、外の人々には伝わってもいないのかも? 第一の守り手がここに拓いてから、どれほどの月日が流れたか。
「いったいどうすれば……私はここを離れるわけにもいきませんし……」
「僕は教徒にはなりませんが、旅人仲間に伝えてみましょうか。酒場で情報を流せば、興味を持つ人々も現れるかもしれない」
白いお堂に日が昇った。こういう時、亡くなった家族たちはそのように表現することが多かった。私はこの旅人への感謝と喜びでいっぱいになった。
「なんという、親切な……第二十八の守り手よ……」
「だから守り手にもなりませんよ。あ、乳茶も大丈夫です。お腹たぷたぷなのでね」
旅人はそのかわり、といってお堂で一晩を明かし、私の守り手としての仕事を見たいと言った。私は快く受け入れた。魔の色が蔓延る時間帯のお勤めで、途中まで頑張って起きていてくれたのだが、次第にいびきをかき始めた。
夜が明け、空に光が満ちた頃に彼は起きて、私が作った朝の清食をまんべんなく食べた。白豆を潰して薬草で風味づけしたものが特に好きだったようだ。それから、白イル教特製弁当を携えて出発した。
期待半分、不安半分といった心持ちで、私は数日を過ごした。もちろん、お勤めは忘れなかった。いつ誰が来てもいいようにぴかぴかに磨き上げ、神への感謝を忘れずに丁寧にこなした。
そこから21回目の昼、お堂に人が現れた。丸い眼鏡をかけていて、たくさん、荷物を持ち込んだ若い女性だった。
「ようこそ、あなたは……」
「すみません、私はクリムタル象の生態を専門に扱っている学者なのですが! ここのお堂が骨だけで組み合わされていると聞きまして。ぜひ調べさせていただければと!」
旅人はどのようにしてこのお堂のことを伝えたのだろう。きちんと白イル教のことを伝えてくれたのだろうか。いや、この様子だとあるいは……。
私の心はみるみるうちに萎んだものの、気を取り直し、咳払いをする。
「ええ、そうですよ。白イル教に入門するのであれば、その……研究とやらも許しましょう」
「では入門します! よろしくお願いします、守り手さん!」
彼女はあっさりと頷いた。そういうものなのだろうか。軽さが少し気になるが……。
私はそれから白イル教の成り立ちからお勤めから何から何まで、少しずつ彼女に伝授した。
意外にも、彼女はしっかりとやってくれた。お堂を調べるのにもこちらを尊重してくれ、流石に学者だけあってよく機転が利いた。
クリムタル象のことを調べたい者は思いのほか多かったらしい。4日後には彼女の友人、その道の権威だという者が現れ、更にその翌日には建造物愛好家だと名乗る者が、また、白が好きでたまらないという女性も現れた。
教徒は今では8人になり、皆それぞれ目的はあるようだったが、白イル教徒として恥じない働きをしてくれている。
思い描いていた未来とは少し違ったものの、白イル教はこれで安泰だろう。また旅人が来たときは、白豆と乳茶でもてなしてあげたいと思う。
お題:純白の経歴
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