まじない売りときょうだいのお話

僕たちの住んでいる村は山岳の奥にあって、時折まじない売りがやってくる。

鈴の音、大きな鞄や壺やお供の牛とテントの気配。都会からよりすぐった品を携えて──かき混ぜなくても自分で回る鍋だとか、肌によく美しくなれる薬だとか、ネズミ除けのまじないだとかを、音楽と光と共に売っていた。

僕は素晴らしいと思うのだけど、しかし、母さんはまじない売りのことをことごとく嫌っていた。

小さい頃、父親……つまり僕のお祖父さんが、まじない売りを騙った詐欺師にひどい目に遭わされて、身ぐるみを剥がされてしまったらしい。

それから魔法に懐疑的になったらしく、「まじない売りなんてみんな一緒よ。それに、手でやれば済むことをどうして任せるの?」と口癖のように言っていた。

その日は長いお祭りの前日で、村中が慌ただしく、準備に追われていた。母さんと父さんは村民に振る舞うためのパンを焼き、厨房をすばしっこく行き来していた。

僕はまだ幼い弟の面倒を任されて、おんぶして揺らしてやりながら、飾りつけられていく村の様子を眺めていた。

「ねえお前、2回目のお祭りだね。明日からはもっともっと、楽しくなるんだよ」

聞いているのかいないのか、弟は「ううん」とぐずりながら、あたたかい額を僕の背中にこすりつけるだけだった。

そして通りに行きあった時、あのまじない売りが来ていることに気がついた。今日は皆お祭りの準備に忙しいから、暇を持て余しているようだった。

変な形のパイプをくわえて、ぷかぷかと色とりどりの煙を吐き出している。僕は辺りを窺い、母さんの姿がないことを確認した。

「あ。やあ坊っちゃん、しっかり子守しててえらいね」

「こんにちは」

ドキドキしながら僕が挨拶をすると、彼はすぐにパイプの火を消して、煙をあっちへと追いやった。それから不思議な色の瞳で、じっと見つめるようにした。

「ここに来るようになって長いけど、君たちのこと、あんまり見かけたことないな」

弟をおぶったまま、布の上に並べられたまじない、魔法の品の数々に目を落とす。それらにそっと囁くようにした。

「うん。僕、本当はまじない売りに近づいちゃいけないって言われてるんだ」

「おやまあ、どうして?」

「母さんが嫌がるの……。お祖父さんがお金を騙し取られちゃって、酷い目に遭ったからって。あ、でも、あなたがそうだって言ってるわけじゃないよ」

「そうかい、そりゃあ底意地の悪い悪魔に行き当たってしまったんだね。残念ながら……力を心ある方向に使わない者もいる」

まじない売りは怒らなかった。口の端に笑みを浮かべて、一方では悲しげだった。居心地の悪さを覚えて、僕がとっさに「ごめんなさい」と謝ると、彼は首を振った。

「そのくらいで傷つきゃしないよ。君のお母さんだって正しい。ただ、君たちに魔法やまじないがよくないものだと誤解されるのは嫌なもんだ。そうだな……」

彼は己の膝の近くにあった壺を引き寄せると、その中に腕を突っ込んで小さなものを引き上げる。

クルミ大、僕の手のひらに収まるくらいの大きさの、丸い木製のものだった。真ん中の、空洞にはきらきらときらめく炎が浮かんでいる。

とびきり秘密の話を打ち明けるように、まじない売りは声を潜めた。

「これはね、"聖なる火"だ。うんと昔の偉い樹の木の実、大鳥が産み落とした火を使って作り上げたんだ。これを君と弟に、1つずつあげよう」

「もらえないよ。僕、お金持ってないし」

「お代は結構。君のお母さんが気づかないように、そのズボンのポケットに入れておけばいい。さあ、どうぞ」

差し出してくるそれらを、僕は恐る恐る受け取った。どう見ても木製なのに、触れるくらいにほんのりと温かい。僕はまた辺りを確認してから、自分のポケットに、それから弟のポケットにその"聖なる火"を押し込んだ。

「ありがとう、おじさん。あの……」

「ううん、坊っちゃん。俺は何にもやらなかったよ」

彼は何も知らないように笑いかけ、僕は走って家へと帰った。小さな秘密を抱えながらも、母さんも父さんも、まるで気がつかないようだった。

翌日、お祭りの開始を告げる音楽で僕たちは目が覚めた。昨日と同じズボンに着替えて、弟の手を引き表へと出ていくと、すでにたくさんのパン、焼いた肉や、花と果実のジュースや、ありとあらゆる楽しいことで溢れかえっていた。

頭に花冠をつけた女の子たちが踊っていて、男の子たちは鷹を戦わせる遊びに興じている。市場にもお祭りのものがたくさん出ていて、何人かは僕たちにタダで物をくれたが、まじない売りの姿は見かけなかった。

いつもそんな感じだった。ふらっと現れて、気がつくと居なくなっている。そしてまた不定期にこの村を訪れる。柔らかい飴を舐めながらニコニコとしている弟を撫でながら、僕はこっそりとポケットから"聖なる火"を取り出して再び眺めた。

見れば見るほど綺麗だった。けれど、そういえばまじない売りはこれがどういうものなのか、全然説明してくれなかったな。

これもまじないがかかっているものなんだろうか。それなら、どういう効果があるんだろう。

考え込んでいると、弟があっちの方に歩いていってしまっていることに気がつく。お祭りの象徴、飾られた風車のオブジェの方に。

僕が慌てて駆け寄っていくと、ちょうど、彼の手が、その根本にあったロープにかけられた。ロープを伝って、壁を蹴って、逆上がりをしようとする。

ブツン、と音がして──そのロープが切れた。あ。バランスを失った風車があまりにもあっけなく揺らぎ、僕らの頭上に迫る。

「ノジウ! カゼウ!」 人混みから──僕らを呼ぶ母さんの悲鳴が耳をつんざく。

唖然とその流れを見ていた僕は、直感的に弟に覆いかぶさるようにした。僕の手から、それから弟のポケットから、"聖なる火"が飛び出したことに僕たちは気がつかなかった。

風車がひしゃげる音でなく、花火が打ち上げられたような音がした。それからとてもいい匂いと、軽いふわふわしたものが頬をかすめて、僕は瞼をこじ開けた。

僕たちの頭上から、白い、風車に似たとがった花が降り注いでいる。花の雨はしばらく止まなかった。慌てて大人たち、母さんと父さんが駆け寄ってくるのと、他の子たちが面白がってそれを舞い上げるのとを、僕たちはただその場に突っ立って見ていた。

「ああ、ノジウ、カゼウ……ああ、本当によかった。なんてこと、風の神様のお導きだわ。一体どうして……」

母さんはぐすぐすと泣いて、何度も僕たちを抱きしめた。僕はそんな中で、手のひらを見、ポケットを確認し、答えに思い至った。

「まじない売りが"聖なる火"をくれたんだよ、昨日」

「何て?」

「だから僕たち、潰されずに済んだんだ……」

父さんは弟を抱き上げたまま、ちらりと母の顔を見た。母の顔に、いろいろな表情が浮かんでは消えるのを僕は見ていた。疑い、怒り、それから──大きな安堵。その後は、母さんが気に入った花瓶を不注意で割ってしまった後、それを正直に話した時の顔に似ていた。ゆるしだ。

「……そう、じゃあ今度、お礼をしなきゃ。家に招いて、ご馳走を。

それから、あの人の並べる変な品をたくさん買ってあげましょう」

僕は大喜びでうなずいた。その後、長い長いお祭りは続き、僕は大人たちを手伝ってうんと大きくて軽い風車をこしらえた。

母さんはいつ彼が戻ってきてもいいように、客間を整えて、それから通りの一角に花を飾った。

あのまじない売りがまた来た時、すぐに分かるように。

春と秋が過ぎ、弟の背丈が僕の腰くらいになった頃、鈴の音、大きな鞄や壺やお供の牛とテントの気配が、僕たちの村に戻ってきた。


お題:いわゆる火

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