第32話 見えないちから
今日の練習は人数が集まらなくて、ゴールさえ出さないままの基礎練習だった。
「定期テスト前だからね。こういうこともあるよ。」
田村コーチがそう言って、ラダー用の器具を片付けている。選手達は、その隣でアップをしてジョギングを始めた。
三年生はもちろん、二年生も流石にテスト直前は練習を休んで勉強をするらしい。一年生の中にも二人それを理由に休んでいる。
サッカーボールに空気を入れている未冬がつまらなそうな顔で作業を黙々とやっている。今日は早苗や秋穂がいないからだろう。
「夏南は練習休まなくっていいの?テスト平気?」
「テスト前だからって特に勉強とかしないですから。」
「え」
開いた口が塞がらないくらいに驚いた。
そんなに勉強が嫌いだったとは思わなかった。夏南は真面目そうに見えるから、学校の勉強も生真面目にやっているのかと思っていた。
「そういう未冬先輩は?いいんですか?」
「あー・・・あたしも、やらないよ。そうでなくても体育の時間とか自習してるんだ。これ以上問題集も参考書も見たくない。元々嫌いだし。」
捻挫のため体育の時間も教室で自習させられている未冬は、この時間まで学習に当てられるのは御免らしい。まだボールを磨いている方がマシだった。
未冬はサッカーで高校進学するつもりだ。だから学科はそれほど重視していないという理由もある。
スコア表を眺めている監督が二人の世間話を聞くともなしに聞いているが、ふと尋ねたくなったのか、夏南に疑問を向ける。
「未冬がお勉強出来ないのは知ってるけど、夏南はどう?夏南と同じ中学の子はうちにはいないから全然わからないけど。前回の定期テストの結果は?」
「お勉強できないとか、本人の前で言っちゃいますか!?」
「事実じゃない。早苗から聞いてるんだから。未冬はお尻から数えたほうが早いくらいの順位だそうだけど。」
「早苗のやつ、とんでもないことバラしてるっ許せない。」
盛んに憤慨してみせる未冬。
その会話に対しても、夏南はこれと言って反応を見せない。内心では笑っているかもしれないけれど。
「前回の順位は、15位です。200人中。」
さらっと答える。
すると、近くに居た郁海までもが振り返った。監督も未冬も目を見開いて夏南の方を見ている。
「え、駄目ですか?」
あまりに周囲の反応が激しいので、夏南の方が怯んでしまった。
「いやいやいやいや、全然駄目じゃないよ?すごいじゃないの。成績いいのね。」
「テスト前も勉強してないのに?え、何?天才なの?」
「ずっるーい!なんで?なんでなの?」
監督にも未冬にも、更に郁海にまで迫られて、夏南は水筒を手にしたまま後ずさった。
「天才とかじゃないです。うちの中学あんまレベル高くないし。それに、」
「それに?」
「うち母子家庭だから余りお金かけられない。高校は絶対公立か、私立なら特待生を狙わなくちゃならないので、絶対に成績は下げられないです。わたしは部活をやってないから、その分の時間は学習に充てられますし。」
淡々とそう言う夏南は、それが特別なことだとは思っていない。それが彼女の口調や表情からよくわかる。
夏南は口数も多くない。練習も試合も地味で目立たないプレイが多い。
けれども努力をしているのはよくわかる。最初は体力だけの子かと思っていたけれど、黙々と努力して力強い
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