第30話 本音
夏南は自分がフィールドに出ないときは自分からすぐに旗を持ってライン際を走っていってしまった。他の一年生が替わるよ、と言う暇も与えず、さっさと行ってしまう。オフサイドの度にはためく彼女の旗の音が一際響くようだ。
主審を務める田村コーチが笑っちゃうほどの徹底ぶりに、ベンチに座って見ている未冬は、なんだか心配になってきた。
どうせ今の自分にやれることはない。松葉杖を付きながら、ベンチを出た。
「そんなに旗が大好きだったっけな?夏南。」
満足に歩けないはずの先輩がひょいひょいと松葉杖でライン際を飛び跳ねながら寄ってくる。それにびっくりして、思わず夏南の足が動いた。
「先輩、無理しちゃ」
「おい、ボールが相手陣地へ移ったぞ。」
「あ」
未冬がやってくる方向と反対方向へボールが移ると、副審はそちらへ行ってラインを見極めなくてはならない。
足を痛めた未冬を労らなければ、でも、副審としての役目をまっとうしなくては、と迷う後輩の足がふらふらするので、未冬が松葉杖をさっとボールの方向へ向けた。行け、という指示である。
ハーフライン辺りまでひょいひょいやってきた未冬は、夏南の邪魔にならないよう 少し下がった。
「あのさ。なんかわかんないけど、夏南はアタシの怪我のことになんの責任もないんだよ?落ち込まないでくれないかい。」
「・・・落ち込んでません。」
「嘘つけ。みんな気づいてるよ、あんたの様子も変だって。」
夏南は何も答えられない。ただピッチの中のボールを目で追いかけるだけだ。
「・・・あの」
「ん?」
「考え方は、人それぞれで、みんな違うから、自分と未冬先輩が違うのはわかってます。でも、でも」
またボールが反対の陣地へ動く。夏南が走った。
「自分も、少年団時代、捻挫でサッカー出来ない時期があって、とても居たたまれなかった時期があって、それで」
大きな音を立てて旗が上がる。
田村コーチの笛が鳴る。夏南の副審は、旗の音が響くから主審に伝わりやすい。
「そんな思いを、先輩にさせてしまっていることが、なんていうか、申し訳ないっていうか。」
息を切らせてまた未冬の前まで戻ってくる。
「しかも、先輩の力が必要なこの時期なんだから、先輩の代わりに自分が怪我すればよかったとか考えてしまって。」
「夏南」
「わかってます、そんなん、言われたって先輩も困りますよ。だから言わないって思って近づかないように逃げてきたんです。」
未冬は夏南の様子を見たり、ピッチの方を見たりしながら、のんびりとそこに松葉杖に凭れて立っているが、夏南の方は未冬へ視線を向けることがなかった。向けたくても、向けられない。そんな思いがあったのだろう。
「うん、そうか、夏南は、そう思ってたんか。」
「・・・はい。」
ピッチの中で、郁海がロングキックを打っていた。キーパーの薫が綺麗にチャッチしている。
「まあ、正直さぁ・・・。動けない身体でベンチにいるって、なかなかクるもんがあるんだよね。動きたいのに動けない。やりたいのにやれない。見ているだけなんてマジ蛇の生殺し、的な?本当はさ、足が治るまで、ここには来たくなかったんだよー。」
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