第18話 花火
一番後ろを歩く後輩へ駆け寄ろうと足を踏み出した瞬間だった。
真っ暗だった夜空に、轟音と光の雨が降り注ぐ。
「花火ぃ〜!!」
「いいでしょー。ここね、穴場なのよ。全然人が来ないんだ。向こう岸は結構いるんだけどね。何万発とかじゃなくて、小規模なやつだから、ほんの30分くらい。秋の収穫祭記念とかそういうので、市が協賛してるんだって。」
監督が説明すると、選手達は顔を上げて花火の打ち上がる空を見つめた。
「おー、綺麗ー。」
「でっかーい。結構近くで打ち上げてる?」
「音も凄いねー。」
「はくちょん!」
・・・ん?と全員が最後の声の方を見る。
夏南が恥しそうに俯いて顔を隠していた。踏み出しかけていた足を慌てて進める。未冬が傍に駆け寄ると、すぐに気付いた。夏南は半袖シャツなのだ。他の皆は長袖のジャージを着ているのに。
「はくちょん、って。あはは。可愛いなー。夏南、平気?」
監督が声をかける。
「いや、はい、あの、平気です・・・。」
再び大きな花火が打ち上がり、選手達の顔が夏南から空へ移る。
未冬は自分の着ていたジャージを脱いで、夏南にかぶせるように着させた。
「いいです、先輩が寒いでしょう。」
「あたしはアンダーも長袖だから大丈夫。」
強引にも袖を通させて着させる。彼女の手先が冷たいことに気がついた。
10月ともなれば夜間は冷え込む。普段なら夏南も長袖を準備しただろうし、そもそも夕食時にジャージをもらったのだからそれを着ればよかったのだけれど。彰一とのやり取りに気を取られて、忘れてしまったのだ。
「冷たいな。手をつなごうか。ほら。」
未冬が背後から重なるように身体をくっつけてきて両手を握った。夏南がびくっと震える。
「なんだ、震えるほど寒いんだ。じゃ、べったりすっか。」
更に身体を密着させて暖を取ろうとした。
「普通なら身体動かせって言うところだけど、もう風呂も入っちゃったしね。汗かくのやだよな。だから、密着みっちゃくぅ〜。」
細くしなやかな未冬の手足が身体がくっついてくる。何故か心臓が飛び出そうだった。鼓動が外に聞こえたらどうしよう。
恥ずかしいやら照れるやら、どうしたいいかわからず、傍で見ている弥生にむかって助けを求めようとする。
「せんぱ」
そう言って困った顔をしている夏南は、真っ赤だ。だが、暗いからか余り見えない。
「まあまあ。風邪ひくほうが困るから、おとなしく言いなりになってな。」
「未冬〜、夏南すっげグラマーなんだよ。風呂で見た時、胸でかかった。」
早苗が余計なことを暴露する。
「何!?許せん!潰しちゃるぞ、このチーム切っての貧乳代表の権限で!!」
声を荒げて未冬が一層強く夏南の身体を抱きしめてくる。
「そんな不名誉な代表いたっけ?」
監督がぎゃはぎゃはと笑いながらそう言って、選手達も爆笑した。
確かに現在夏南の背中にあたっている感触は、柔らかな肉感溢れるものではない。というか、むしろ堅い。本人が言う通り、そんなに乳房の大きい方ではないのだろう。だが、その堅さは、鍛えられた胸筋の感触である。
「・・・別に、貧乳でも、いいと思いますけど・・・。」
ぼそりと感想を言った夏南の呟きが、密着している未冬にだけは届いた。
「おう、フォローにならんフォローありがと。」
耳元でそう言ってまたぎゅっと強く抱きしめる未冬。
それは皮肉なのか本当にそう思っていっているのかよくわからない。
だが、背後からぎゅっと抱きしめられているというのは存外気持ちのいいものだと知った。それは同性だからそうなのかもしれないが。
薄着でも充分に熱い未冬の身体が、確かに温かいと実感出来るからかもしれない。
また上がった空の花火を見上げてふと思う。
本当に、今回の合宿の未冬は、どうしてしまったのだろう。
どうしてこんなに優しいのだろう。
今までとは違う先輩の態度に、心迷うばかりだ。
好きな人から嫌いな人へ、そして、また好きな人に、なってしまいそうだった。
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