だから僕はダイエットと筋トレを辞めた

 幼少期から太っており、肥満体であることに慣れ切った状態で育ったので、身長が伸びて体重がかろうじて適正範囲に入るようになった後も、僕は自身を「デブ」だと認識し続けている。大人になってからも、体重の増減の幅がひどい。正月三が日に全力の寝正月スタイル(家から一歩も出ないのは当然のこと、食事をしている時間以外横たわっているような生活)を過ごし、5キロ増えたりする(その5キロは、特段何を意識することもなく、数か月かけていつの間にか消えてしまい、少なくとも秋頃には元に戻っている)。

 大学院に通っていた頃、あえてキャンパスから最寄りでない駅で電車を降り、毎日片道30分近く歩く生活をしていたことがあり、その成果か、一年で12キロ痩せた。具体的な数字を出すと、178センチメートル、66キログラムの人間になった。この頃、何をとち狂ったのか、結婚式などに出席する用の小洒落たスーツをつくってしまった。当然、あっという間に入らなくなった。ベルトが締まらないとかではない。太ももが太すぎてズボンが上まで上がらないのである。二回くらいしか着る機会のないまま、今も実家のどこかに仕舞い込まれている。

 就職して以降、大体72キロから78キロの間をうろうろするすることになるのだが、年齢を重ねていくにつれ、メタボ検診に引っかかった先輩の話を耳にしたり、職場の健康診断で生活習慣病予防を訴えかけるパンフレットをもらったり、血液検査でコレステロールの値が正常範囲外になったりすると、「痩せなければならないのではないか」という思いがひしひしと浮かんできた。しかも、基礎代謝が落ちたのか、いつの間にか体重が増え始めており、80キロを越えたりするようにもなった。僕は現実から目を背けるためにほとんど体重を測らないので、自分の変化に敏感でなかったが、自己最高の85キロを記録した時、このままブクブクと太って、100キロの大台に到達してしまう可能性が頭をよぎった。

 ただ、痩せたいだけなら、食事の量を減らして運動の量を増やせばよいのはわかりきっていた。何しろ一度は12キロ痩せた実績の持ち主である。努力すれば痩せる。我慢すれば痩せる。それは知っている。僕は、世間の大半の人間と同様に、「痩せるための努力も我慢もせずに痩せたい」と切実に願っており、本気になって積極的に何かをしようとは到底思えなかった。

 そんな僕に、ある日突然、救世主的存在が現れた。ニンテンドースイッチ用ソフト、「リングフィットアドベンチャー」である。妻が面白そうだから欲しいと言い出し、ちょうど人気が高く入手困難な時期だったにも関わらず、Amazonを覗いたタイミングが偶然ソフトの入荷タイミングだったようで、奇跡的に何の苦労もなく手に入ってしまったという経緯がある。リングコンと呼ばれる特製のコントローラーを利用しつつ、実際にプレイヤーが体を動かして敵を倒していくRPG(?)なのだが、ゲームの攻略と有酸素運動が不可分であるため、「趣味のゲームをする」感覚のまま、運動をすることができる。しかも、腕技、腹技、脚技、ヨガ技というように、各パーツを鍛えるための動き(とヨガのポーズ)が採用されており、「この敵の弱点は腕技である」といったRPGでいう「属性」のような概念により、戦略的判断に基づいて、どの運動も満遍なく実施することができる。努力している感覚も、我慢している感覚もなく、「楽しんで」運動することができるのだった。

 結果、半年で7キロ痩せた。途中、コロナ禍でテレワークが始まり、在宅時間が長くなってプレイ時間も増えていた。ゲーム内で設定できる運動強度の設定を上げていくと、筋肉への負荷も上がり、体は目に見えて引き締まっていった。ダイエットにとどまらず、筋トレにもなっていることに気づいた僕は調子を良くし、たんぱく質豊富なことを標榜するシリアルを朝食とし、運動後に摂取するため1kgのプロテイン粉末を買ってみたりした。ティラミス味という異次元の風味のものを選んでいたのだが、牛乳に混ぜて美味しくいただけた。溶けにくかった、という印象は残っている。

 かくして健康生活一直線、健全な肉体に健全な精神が宿るかと思っていたら、そんな風にはならなかった。

 脂肪が筋肉に変わると重くなるためか、ある時から体重が全然減らなくなった。かといって、わかりやすく腹筋がバキバキに割れてくるような様子もない。成果が見えにくくなってきたのである。そして、ゲーム本編の方も、ストーリー上の最後のボスを倒して、二周目、三週目に突入すると、知っているコースばかりになるし、やり込みの作業みたいな感じになってくる。ただでさえモチベーションも落ちてきたところに、マウンテンクライマーやバンザイスクワットなど、負荷の高い技ばかり入ったデッキ構成だったため、プレイするのがだんだん苦痛になってきた。プロテイン粉末も全部飲んで無くなった。キリが良い。こうなるともう、おしまいである。ある日、ほんのちょっとした理由、たぶん時間がなかったとか体調が良くなかったとかで、プレイをサボった。次の日もその次の日も、スイッチを起動することはなかった。そうこうしている内に、他のソフト(僕はリメイクも含め、ポケモン関連作品は全部買う)で遊び始めるようになった。そうやって現在に至る。

 リングフィットアドベンチャーを辞めて以来、目に見えて体は弛んできた。腹も出て来た。ただ、体重だけはそんなに増えていないので、それを頼みに平気な顔をして過ごしている。家にいる時の大半は横たわっている。何しろ今も、PCではなくスマホを使って横になりながらこれを書いている。ありがたいことに、リングフィットアドベンチャーのために買った分厚いヨガマットは寝転ぶのにぴったりで、怠惰な人間にもうってつけなのであった。




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