第25話 準備②
「ハーランド、明後日出発だが、今から訓練して間に合うのか?」
父親が心配そうに聞いてきた。
自分の息子に練兵の才能があると思っていても、時間が短すぎる。予定通りに旅立つために、訓練すら厳しくできない。
訓練の強度を比較すると、新兵の入門訓練にも劣る。私が情け深いからではなく、兵士たちの体力が追いつかないからだ。
この生産力が決して高くない時代において、雑穀などが入った不味い黒麦パンで七八分腹を満たせくれる領主は良心的と言える。
自分で普通な食事すらままならないのに、栄養かどうかなんてものを気にしている酔狂な人もない。
栄養不足、それでも重労働をこなすし続ける。長年そんな生活を送っていれば、健康な体など望めない。
これが毎回男爵家が人を募集すると、みんな殺到する理由だ。仕事内容は何でもいい、ご主人についていけば、少なくともお腹は満たせるのだから。
例えば今の状況でも、こんなにきつい訓練をしているにも関わらず、誰一人諦めようとしない。
戦場に行くことは確かに危険だが、ハイリターンはハイリスクを伴うもの。一気に階級を超えることは出来ないが、手柄を立てれば領軍に入るチャンスもある。
男爵家の大多数の兵士はこうして選ばれている。
その一歩を踏み出せば、食う問題が解決されるだけでなく、修行の資格も得られる。
一度戦士になると、待遇も変わってくる。衣食住の面倒を見てもらえるだけでなく、給料ももらえる。
「心配しなくても大丈夫です、お父様。短時間で優れた軍勢を作り上げることはふかのうですが、外見上戦闘力があるように見せるのには十分です。
今回、シュナイダー伯爵は全州に召集を掛けました。反乱軍による被害地域を除いても、東南州では万人以上の軍隊を動員できます。しかしこのような膨大な軍隊は、異なる家や派閥に分かれており、自由自在に指揮することは容易ではありません。多分、実際の状況は混成部隊に編制するでしょう。もし本当に戦闘が起きた場合、誰がどこに属しているのかなんて見わけもつきませんよ」
私は冷静に断言した。
シュナイダー伯爵の召集令に対して、本心を隠さずに軽蔑した。
自分たちの領軍ですら、一回の突撃で目の前の500人の兵士を壊滅させることができる。
大量の軍隊を一度に召集することは、気迫があるように見せかける以外なんにもない、実際は自ら苦労を招くことになる。
戦争が始まった場合、物資調達や指揮、そして戦闘力に至るまで、悲惨な結果を招くことが目に見えている。
そうならないために、少数精鋭の貴族の私設部隊を集めた方が断然良い。指揮が容易な上、後方支援が保障され、戦闘力も強い。
我がホフマン家だけが面従腹背するとは考えていない。恐らく、状況がおかしいと気付いた貴族たちも、実力を隠すことを選ぶでしょう。
「うん
もしそうなったのなら、それに越したことはない。ただ、お前には戦争の経験がないのだ、戦場で用心深く、自分勝手な行動を取らないようするのじゃぞ。
これはワシが以前から親睦のある友人たちに書いた手紙だ。もし戦場で出会った場合、奴らに頼ってもよい。ワシの顔を立てて、お前の面倒を見てくれるじゃろう。
ただ、奴らを本気で頼るのも厳禁じゃ。もし危険が迫ったり、大きな利益に関わる場合、彼らは全く役に立たん。
もし戦況が不利になったら、家の名誉を損なわない範囲で、自分の命を守ることを最優先にするのじゃ。覚えておいろ、人間、生き残ったものが、次に進めるのじゃ」
父親は重々しく、そして薄らだが、心配してくれた。
ただ、私にとって、その言葉に凄く違和感を感じた。錯覚かもしれんが、父親は私の出陣を認めた上で、逃亡者になることをほのめかしているように感じられた。
逃亡者になることは、騎士精神とは全く矛盾している。貴族は捕虜になることに抵抗感がないが、戦場で逃亡者になってしまうと、もう社交界での地位を維持することはできない。
一族の名誉のために、多くの貴族は戦死するか、捕虜になるか、だが、逃亡者は論外だ。
もちろん、完全に出来ないというわけではない。私のような、無名の下っ端であれば、ちょっとした機転さえあれば、逃亡者になっても、それほど注目されることはない。
それでも見つかったら、遠くへ逃げるだけ。今のご時世の情報伝達速度を考えると、発見される確率はそんなに高くないはず。
しかし、この世界に転生した私にとって、騎士精神、貴族の誉れ、一族の名誉など、これら伝統的な貴族の重荷は存在しえない。
最初から、私は「功績を求めず、過ちを犯さないことを求める」という前提で計画を立てている。
特に今回の反乱鎮圧は只事ではないし、私も自分の命をチップにする趣味はない。
はぁ~、出来るなら戦争とは関わりたくはないが、これらすべては社会環境によって決定されるからな~
この大陸では、下級貴族が上を目指すには、二つの方法しかない。自分自身が強者であるか、あるいは軍隊を指揮し、勝てることができるか。
前者と比べて、後者は明らかに上限が高くなりなる。ここはライトノベルのような世界ではなく、個人の力がどれだけ強くても、国家と対抗することは到底不可能だ。
聖域―この世の頂点、レベル9―ですら、千軍万馬の前では、逃げ足を鍛える必要があるのだ。一人で国落としを成した神話の物語は、神話の中にしか存在しない。
前者の強者になる道は険しく、成功したものは数え切れるほどしか存在しないのに対し、後者の道には無数の成功例がある。政の中に、大貴族たちが高位にあるが、中小貴族の存在も無視できないほど存在感を放している。
数代をかけて経営し、小貴族が大貴族に登り詰めたのも珍しくない。
正確には、登り詰めたとは言えないな。貴族集団は世代を重ねて結婚していることから、内部関係は複雑で、血縁的に結ばれていた可能性の方が高い。
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