494 亡き母からの贈りもの



 「プレゼントの最後はアリサからだ」


 「クロエにはこれを」


 「なあにアリサお姉ちゃん?」


 「開けてみて」


 「うん!」



 木箱の中には小さなジュエリーボックスが入っていた。この段階でどこに出しても恥ずかしくない素晴らしい意匠のもの。


 「開けていい?」


 「もちろんよクロエ」


 「うわっ!すごい‥‥」


 思わず見入るくらいの宝飾品、ネックレスがその中に入っていた。


 「きれい!」


 「これはね母さまが指輪として身につけていたものを手直ししたのよ。クロエがいつも持っていられるようにね」


 「うん‥‥」



 それは深い泉の色、あるいは海の色をした宝石だった。あっちの世界ではアクアマリンって言ったっけ。


 「アリサお姉ちゃんありがとう!」


 アリサに抱きつくクロエ。しっかりとクロエを受けとめるアリサ。ああ仲の良い姉妹に戻ったんだ。



 「つけてあげるねクロエ」


 「うん!」


 クロエの後ろにまわったアリサがチェーンを首にかける。


 「みんなどうかしら?」


 「「綺麗だ‥‥」」


 「キレイダ‥‥」


 「きれいさねえ‥‥」



 クロエの青い瞳とマッチ。胸元の青と瞳の青を交互に見ながらみんなはただ感嘆して「きれいだ」って言うしかないんだよ。そのくらい幼いクロエにもしっかりとした美が備わってるんだ。

 うん、大人になったら絶対美人になるよ!

 でその美を演出する宝飾品を姉のアリサが自らの手で用意したところに尊さがあるんだよね!



 「クロエ。ローストビーフもこの箱もネックレスも。

 宝石の手直しから全部をアリサが、お前のために自分で稼いだものなんだぞ」


 「そうなのアリサお姉ちゃん?」


 「アレクお兄ちゃんに手伝ってもらったんだけどね」


 包容力満点のお姉ちゃん笑顔で応えるアリサ。


 「お姉ちゃん‥‥私が持っていていいの?」


 「クロエはまだ小さかったから母さまの記憶も薄いでしょ。だからこのネックレスを身につけてデーツお兄ちゃんの絵の母さまとお話をするといいわ」


 「ありがとうお姉ちゃん!」


 もうね、どこに出しても恥ずかしくない身も心も美しい姉妹なんだよ!自慢の美人姉妹だよ。意味もなく叫びたくなるよ俺は。

 すると‥‥



 「クロエちゃんそのきれいな石の中に入っていい?」


 「もちろんいいわよメルティーちゃん?」


 「この石があればたとえ水がないところでもクロエちゃんと一緒にいられるわ」


 「へーそうなんだ」


 「この石はね、水の精霊だけが中に入れるのよ。

 だからずっと一緒よクロエちゃん」


 「ずっと一緒ねメルティーちゃん」


 ふふふふふ

 フフフフフ



 その美しい宝石は水の精霊であるウンディーネにとっては最高の環境(住処)となる。

 といってもそんな情報でさえ今の人族は誰も知らなかったのだが。


 アリサがクロエに贈ったプレゼント。それはアリサの意図せぬところで最上の贈りものとなった。

 これ以降。クロエが生き続ける限り、メルティーはクロエと共にあり続けることになる。





 「あのねクロエちゃん。私からもお誕生日のプレゼントがあるの。正確には私からじゃないんだけどね」


 「ん?どういうことなのメルティーちゃん」


 「来て」


 「うんメルティーちゃん!」


 スッと立ち上がったクロエがメルティーの後に続く。



 風の精霊は背中の羽で自由自在に動くけど水の精霊は歩くんだよな。ただムーンウォークみたいに実際に床に脚がついてないみたいなんだけど。

 そういや弟のヨハンに憑いてるディーディーちゃんもそうだよな。



 「そうよアレク。だから水の精霊は移動にも魔力を使うから水のないところで長い移動はできないのよ」


 「アリサのプレゼントは最高のプレゼントになったんだね!」


 「ええ!」



 「みんなちょっとついてきてくれ。クロエに憑いてる精霊からもクロエにプレゼントがあるんだってさ」


 「なにかしら?」


 「「「?」」」


 みんなしてゾロゾロとクロエのあとをついていく。



 「アレクお兄ちゃん、クロエと精霊さんが何を話してるのか私も知りたいわ」


 「俺モ知リタイ」


 「「わしもだ(私もさね)」」


 「じゃあこっからは俺が2人の話してるのをそのまま伝えるぞ。それでいいか」


 コクコク

 コクコク

 コクコク


 食堂を出たクロエと水の精霊(ウンディーネ)のメルティーはそのまま玄関を出て脇にある噴水にまで来たんだ。



 噴水は俺が来てから井戸も新たに掘り直したから清冽できれいに水が湧き出ているよ。


 円形に囲った石造りの本当に小さなプール。

 そこには女神様をモチーフに。石像が両手に持つ小さな水瓶からこんこんと清らかな水が湧きでているんだ。


 「ずいぶん久しぶりに来たけど懐かしいわ。ねえデーツお兄ちゃん」


 コクコク


 「この噴水もお庭もアレクお兄ちゃんがきれいにしてくれてたのね」


 「まあな」






 メルティーちゃんが話し出した。


 「ほんの少し前。私たち精霊にしたら昨日のことなんだけどね。

 クロエちゃんのお母さんはいつもここに来ていたのよ」



 「クロエちゃんのお母さんはこの噴水周りが好きだったわ。噴水を見ながらいつもそこの椅子に腰かけていたのよ」



 「今日何が楽しかったわとか、旦那さんや兄妹が何をしたんだとか、毎日の出来事をこの女神像に話してくれるの。

 私たち精霊はそのお話を聴くのが楽しみだったの。ときには一緒に笑ったり、ときには一緒に怒ったり悲しんだりしてね」



 「そんなクロエちゃんのお母さんはだんだんここに来てくれなくなったわ。

 顔色も生気もだんだんと悪くなって……。

 そしてクロエちゃんのお母さんが来なくなって季節も幾度か変わって。ここもまた荒れていった‥‥」



 「でもアレクお兄ちゃんが来てくれた。ここがまた魔力も溢れる居心地の良い場所になったの。

 そこの女神像の後ろを開けてみてクロエちゃん」

 


 まさか!?引き出しがあったのかよ!



 「ええ。何かはわからないけどクロエちゃんのお母さんからクロエちゃんたちへの手紙があるはずよ。

 手紙が傷ついたりカビが生えないように私はずっと見守っていたのよ」



 石像の引き出しを開けるクロエ。


 「あった!あったわメルティーちゃん!」



 女神像の後ろ。腰の辺りに引き出しがあったんだ。ピッタリとした境目は引き出しがあると理解した上で、よくよく注意深く見ていないとまったく気づかないよ。



 「クロエちゃんのお母さんはこんなことを言いながら手紙をここにしまってたの」



 クロエのお母さんは自分の死期を悟ってたんだろうな。

 俺は自然と俺自身の境遇にもどこか重なったんだ。




 「うっうっうっ‥‥」


 「「アレク!?」」


 「アレクお兄ちゃん‥‥」


 話しているうちに泣けてきたんだ。涙が止まらなかったんだ。



 「わ、私はもう永くないわ。こ、これは誰のせいでもない。治らない病気のせいなんだからね。

 で、でもみんなが心配で。ううっ‥‥」



 「あ、あの人はああ見えて気が小さいから私が旅立ったらオロオロして子どもたちにちゃんと接することができないんじゃないかしら」


 オヤジが真っ青な顔をして泣き出しそうになる。


 

 「デーツは生真面目な子だから自分の殻にこもって塞ぎ込まないかしら」


 デーツもまた目を見開いてみるみる涙がいっぱいになる。


 

 「アリサは正義感の強い子だから勘違いしてあの人を恨んだりしないかしら」


 アリサが両手で自分の口を抑えて嗚咽している。



 「クロエはまだ小さいからよくわからないよね。心配だわ」



 クロエは‥‥しっかりとメルティーちゃんの話を聴いている。


 「だから私が好きだったこの花の種を手紙と一緒に仕舞っておくわ。

 私が女神様の元へ旅立ったあとに家族の誰かが見つけてくれるでしょうから‥‥ 」

















 「だからねクロエちゃん。これは私からというよりお母さんからのプレゼントなのよ」


 「ありがとうメルティーちゃん」











 羊皮紙に書かれた手紙はカビや汚れも皆無だった。まるで昨日書かれたみたいな手紙だった。



 クロエ、アリサ、デーツ、オヤジそれぞれが手紙を読んでは他の家族に回していたよ。


 俺?こればっかりはさすがに見れないよ。





 「アレク‥‥あんた泣いてるのさね?」


 「ああバブ婆ちゃん。俺‥‥田舎のダチを思い出してさ。


 ダチは父ちゃんが死んで何にもしないまま自分も死んだんだ」


 「アレク‥‥あんた‥‥」




 「アレクお兄さん、これを」


 「メルティーちゃん、花の種だね」


 「ええ。植えてくれるかしら」


 「もちろんだよ」


 「ノームいる?」


 「おいさおいさ。おや人族の子どもじゃないか?!いつ以来だろうの」


 「「「ほおじゃのお」」」


 「今から花の種を植えるからさ、ウンディーネたちと一緒に見守ってくれるかな?」


 「「「おいさおいさ!やろうやろう!」」」


 「ウンディーネたちもいいかい?」


 「「「ええ人の子よ。この子が新しく宿主を見つけたお祝いだからね!」」」


 「じゃあ蒔くよ!」

















 蒔いた種は瞬く間に育ち、青い花を見せてくれたんだ。

 月夜に映える青い花々を。


 「アレク‥‥この花は春先にしか咲かないさね‥‥たまげたさね」


 「クロエの母さまへの想いが通じたのよ!ねアレクお兄ちゃん!」



 「違うよ。これはなぁオヤジ、デーツ、アリサ、クロエ。家族みんなの想いが母ちゃんに通じたんだよ」


 「「うん!」」



 その花の名はネモフィラ。青く小さな花が絨毯みたいに噴水周り一面に咲いたんだ。

 こっちの世界では春先から5月くらいがその本来の季節らしい。

 でもこの家に咲いたネモフィラは四季を通して1年中咲き続けたんだ。

 寒空には暖かく、熱帯夜では涼しげに。特に月夜には一層きれいに咲いてみせてくれたんだ。



 クロエを中心にアリサ、デーツ、オヤジが互いを抱き締め合った。

 それを見守る俺とバブ婆ちゃん。















 「親父、明日はちゃんと帰ってこいよ!てか家の主人が帰ってこねぇなんて有り得ないからな!」


 「ああアレク‥‥」


 「そうよ父様帰ってきてね」


 「ああアリサ‥‥」


 「クロエも父さまが帰ってくるのを待ってる」


 「ああクロエ‥‥」


 「俺モ」


 「ああデーツ」






 ▼





 

 「じゃあ風呂入って寝るか。行くぞクロエ」


 「うん!」


 「オヤジ、今日は仕方ないけど明日からはちゃんと帰ってこいよ!家の主人がいないなんて浮気してると思われるぞ」


 「してねぇわ!わしは今も‥‥まぁいい。明日からはちゃんと帰って来るわ!」


 「帰んねぇときは言っとけよ!夜ごはんがムダになるんだからな」


 「わかったよ」






 俺たちが風呂に入っているそのころ。


 食卓では。


 「父上」


 「なんだデーツ」


 「あいつニ、アレクニ金ヲ渡シテルノカ?」


 「ん?」


 「あいつ朝晩ノ食費分ノ金モトラズニバブーシュカニ全部渡シテルンダ」


 「フッだろうな」


 「アイツ俺ノ青イ色ノ絵ノ具モスグニクレルシ。

 青色ハ安クナイノニ‥‥」


 「だろうな」


 「デーツ金は1Gたりとも渡してないぞ。

 て言うか、たとえ渡したとしてもアイツは受け取らんだろう」


 「じゃああいつはやっぱり金持ちだからなのか?

 金持ちの道楽、暇つぶしで家にいるのか?

 それとなんであんなに強いんだ?やっぱりアイツも父上と同じで天才なのか?」


 感情の昂るままに。

 いつしか普通の声のトーンになっているデーツである。


 「じゃあ‥‥どうして?」


 「アレクは朝誰よりも早起きしてお前たちのメシを作り、学校では学園生をまとめ上げて何やらやっておる。外では違法の奴隷商まで壊滅した。

 帰ったら帰ったで夜メシを作ってからお前たちを指導している。

 クロエを寝かしつけてから自分自身の修練もしてるんだろうよ。

 休日には冒険者ギルドで修練をし、魔獣を狩って稼いだお金でお前たちの食費を稼いでいるのさ。


 デーツ。そんな奴が天才か?」


 「‥‥」


 「そのくせどうだ?辛い顔をお前たちに見せたことあるか?恩着せがましいことを言ったことあるのか?」


 「楽しそうにやっている‥‥」


 「だろ。今も喜んでクロエを風呂に連れてってるしな」


 「クロエが元に戻り、アリサは元以上に強くなり‥‥デーツお前もだよ」


 「俺はなにも変わらない!今もあいつを僻んでいるだけの情けない男なんだよ!」


 「いやお前も変わってきてるんだよ。ふつうに声出てるじゃねぇか」


 「あっ!?」


 「デーツお前はわしにそっくりなんだよ。なかなか動かない、いや動けないところがな」


 「‥‥」


 「ゆっくりでいい。お前のペースでやってみろ。『兄貴』のアレクの言うとおりにな」







 「なあアリサ」


 「なに父さま?」


 「お前アレクは好きか?」


 「えっ!?な、な、な、何をいきなり?!」


 「どうなんだ?」


 「そ、そ、そりゃ好きよ!だってお兄ちゃんじゃない!」


 「父さんはな。アリサとアレクが本当の意味でアリサと、いや俺たちみんなと家族になってくれたらうれしいぞ」


 「‥‥‥‥うん!」

 



 ▼





 「ご主人様」


 「なんじゃバブーシュカ、いやバブ婆ちゃんじゃったかな」


 「ヒッヒッヒッ明日からちゃんと帰ってきてくだされよ。いってらっしゃいまし」


 「ああ、いってくる」




 門扉の外ではペイズリーがその様子を見守っていた。



 「大殿、彼に来てもらって本当に良かったですね」


 「ああ、思いきり口の悪い息子だよあいつは!」



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