296 43階層 死の海



 結局次の43階層に向かう回廊では3日間の休養を要した。とにかくリラックスだけを心がけて過ごした。

 昼間は1エルケ(1㎞)の回廊をジョギングで行ったり来たりをし、先輩たちと手合わせをして過ごしたり、矢を作ったり、リアカーの残存食糧のチェックをしたりしていた。

 正直限りある食糧を思うとすぐにでも出発したいんだけど、同時に戻らない魔力を思うと‥‥。

 この葛藤はみんなが共有しているんだと思う。重圧っていうかプレッシャーっていうか、そんなものをひしひしと感じていたんだ。

ここに来るまでに、それこそダンジョン探索をするまでにやれることはまだまだたくさんあったんじゃないかっていう想い。決して後悔じゃないんだよ。ただね、もっとやれたんじゃないかって……。



 「どうだマリー、リズ、セーラ、アレク。少しは魔力は戻ったのか?」

 「そうね少しはってとこかな。回廊は安心して眠れるからなのかもね」

 「ん。回廊は野営よりいい」

 「そうですよね。でもやっぱり‥‥私の魔力は元に戻ってません」

 「俺も回廊の安心感なのか、少しはよくなった気がします」

 「じゃあ予定どおり今日の出発でいいんだな?」

 「「「ええ(ん、はい)」」」



 魔力はかなり戻ってきた気がする。でも依然不安はつきまとうんだ。ホーク師匠が前に言った言葉が頭に蘇る。


「魔力がなくなったら死ぬぞ」


 この言葉がやたらと現実味を帯びているんだよな。だから不用意に魔力をぶっ放すやり方は慎まないとね。


 「次の43階層も魔力の残存を考えながら進むことになるわね」

 「「はい‥」」



 43階層は「死の海」って過去の先輩の記録簿には記載されていた。

 過去1度のみの記録だけど、今の俺たちはこれを100%信じて対策していくしかない。

 出てくるのはサイクロプス、ガタロ、コボルトの3種類だ。

 サイクロプスを含めて物理的な攻撃が通用する魔物たちだ。ここではできるだけ魔法攻撃を節約したいな。ってことはここは弓の出番だよな。


 「対サイクロプス。ボル隊ではマリーとアレク君、ブーリ隊では僕の矢が鍵になるね。もちろんガタロとコボルトはみんなにお願いするけどね」

 「「そうね(はい)」」


 「ガタロはゲージ、コボルトは大舟に乗ったつもりで俺に任せとけって!」

 「オニールの舟は泥舟なの」

 「ああ。でも入ってくる水も俺が掻い出してやるし下からゲージが支えてくれるぞ」


 ふふふふ

 ワハハハ

 ギャハハ

 あははは

 ワハハハ


 今は明るいオニール先輩の軽口が心強いよ。

 弓矢はたくさん補充できているからまだまだ大丈夫だ。



 「じゃあいくよ」

 「「「はい」」」



 回廊の先43階層は進行方向右側に平地、左側に海が広がっていた。海は鉛色の空そのままの色を映している。


 「これは‥」

 「ええ‥」

 「ああまさに死の海だな‥」


 そこは生気の欠けらも感じさせない海だった。階層を征く旧街道も雑草でさえ枯れ果てて生き物の姿もまるで認められない。生温い風でさえ枯れているようだ。

 回廊から出てすぐ。

 魔物や魔獣がいる気配もまるでしない。


 「ちょっと待っててくださいね」


 俺は海辺の砂地を掘ってみる。36階層ではこうして砂を少し掘ったらすぐに貝がゴロゴロと出てきたのに……。うん、1個も無い。貝殻さえも無い。海には小魚でさえ1匹も見あたらない。ほんのちょっぴり雷魔法の電流を流してみるが‥‥まったく反応なし。


 「どうアレク?」

 「ダメだな。生き物は1匹もいないよ」

 「僕の鼻にも生き物の匂いはまるでしないよ。なんか海自体が死んでるみたいだね」

 「やっぱり‥‥」



 そこは記録どおりに死の海だった。

 これはいよいよ「現地調達」をさせないぞとするダンジョンの「意志」なんだと思った。


 「行くぞアレク」

 「はいキム先輩」


 肩に矢を担いで歩く俺。マリー先輩もいつでも矢を放てるようにしている。


 「!」

 「!」


 歩きだしてしばらくしたらすぐに反応が出た。


 ザブッ ザブッ ザブッ‥


 「アレク!」

 「はい!」


 ザブッ ザブッ ザブッザブッザブッ‥


 この強い気配はもうしっかり覚えたよ。そうサイクロプスだ。


 海の彼方から近寄ってくるサイクロプスの気配は次第に視認でも明らかになる。遠浅の海は50メル近くになって頭、首、肩と上半身から少しずつ海上に姿を現わす身の丈4メルのサイクロプス。手にする三叉槍が禍々しさを醸し出している。


 ザブッザブッザブッザブッザブッ‥


 距離20メルをきったあたり。三叉槍を横に構えるサイクロプス。


 ブゥンブゥンブゥン‥


 三叉槍の先から水が滴り落ちるのが見える。



 「アレク水魔法よ!」

 「ああシルフィ」


 サイクロプスが構える三叉槍の先に海の色と同じ灰色の水が溜まっていくのが見えた。初見、前に倒した奴は雷魔法を発現したから、水魔法だけでも良しとしなきゃな。


 グワッグワッグワッグワッグワッ‥

 グワッグワッグワッグワッグワッ‥


 サイクロプスの周りからガタロの群れ10数体も現れる。


 「シルフィたのんだよ」

 「任せといて」


 シュッ!

 グウウゥゥゥッ!


 この距離ならもちろん外すことなんかない。

 しかもシルフィの補正付きだ。俺が放った矢はシルフィの補正の風を受けてプロ野球選手のお化けフォークボールみたいに急降下してサイクロプスの目を穿った。


 ブシュッ!


 ギャーーーーー!


 目を押さえて悶絶するサイクロプス。


 ギャーーッ!ギャーーッ!

 ギャーーッ!ギャーーッ!

 ギャーーッ!ギャーーッ!


 盲滅法に三叉槍から水魔法を発現するサイクロプス。至近距離から直撃を受けるガタロたちは大混乱となった。


 「いくぞ」

 「「「はい」」」


 必ずしも魔物全体を倒す必要はない。阿吽の呼吸でそれを理解した俺たちは大混乱の中、先を急いだ。




 後ろを行くブーリ隊も同じような動きをする。遅れることなく距離を保って追随している。ビリー先輩が危険性の高いサイクロプスのみを射、近づいたガタロはオニール先輩が槍の餌食にしている。

とにかく前へ前へ。次の回廊を目指して先を急いだんだ。



 「ライトニング(雷鳴)!」


ビリビリビリビリビリーーーッ!


 それでも2体3体と複数で現れるサイクロプスや固まっているガタロには雷魔法をお見舞いした。セーラも障壁を発現させたし、マリー先輩も風魔法を駆使して闘った。ブーリ隊ではリズ先輩もそうだったんだろう。俺も残存魔力を気にせずにぶっ放せたらこんなに時間がかかることはないんだろうけどな。仕方ないよ。



 「えーアレクまたガタロなのー?」

 「サイクロプスも気持ち悪いよね‥」


 俺がサイクロプスやガタロの魔石を解体していると、相変わらずみんなはキモいと近寄らない。


 「アレク、ここの魔石から出る水を飲むのはあまり賛成しないぞ」

 「ああキム先輩、もちろんですよ。ここの魔石は分けて予備用に別に持っていきますから」

 「わかってりゃいいんだ」

 「はい。もしものとき用です」


 ガタロの魔石からは50Lほどの水を発生させることができる。サイクロプスの魔石からはお風呂どころかプール半分くらいの水を大量に発生することができるんだ。死の海の魔物だから飲水にするには気持ち悪いけど、使い道はあると思うんだよね。



 ブシュッ!

 ギャーーーーー!


 ブシュッ!

 ギャーーーーー!


 俺もマリー先輩も、サイクロプスはできるだけ魔法を使わずに弓矢で目を射った。

 ガタロは常に10体以上で襲ってきた。


 グワッグワッグワッグワッグワッ‥


 ザンッ!ザンッ!

 ザンッ!ザンッ!

 グギャーッ グギャーッ

 グギャーッ グギャーッ


 陸からはコボルトがこれも10体以上で襲ってきた。


 ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥


 ザンッ!ザンッ!

 ザンッ!ザンッ!

 ギャーーッ ギャーーッ

 ギャーーッ ギャーーッ


 サイクロプスに付き従うガタロやコボルトはキム先輩やシャンク先輩と3人でクナイや剣、鉄爪の物理的武力で倒していった。

 ブーリ隊も同じような動きだ。




 「やっと着いたね!」

 「ああ」


 43階層を抜けるまでに要した日にちは5日間。

 野営陣地は再び堅固な野営食堂バージョンに仕様を変更した。夜間サイクロプスは襲ってくることはなかったけどガタロやコボルトは時間に関係なく襲ってきた。

 朝は2重に掘った堀を埋めてから出発するんだけど、堀に入っているガタロやコボルトの数の多さに辟易とした。

 昼間は極力魔法の発現は控えた。それでも体感では通常時の7〜80%の魔力量の気がする。




 「アレク君堅いパンはあんまり美味しくないね」

 「あはは」

 「ですです。教会で食べるパンよりずっと美味しいはずなんだけどやっぱり不味いです‥」

 「アレク君おにぎりは食べられないの?」

 「お米も2日に1回ですかね。今のペースでいったら食べ尽くすのも時間の問題ですからね」


 死の海産のガタロの魔石は飲料水には心配だったからシャワー室用にした。飲料水用の魔石はまだ余裕があるけどそれがいつまで続くのか不安は尽きない。

 ビリー先輩にも聞いだけど、俺と同じ考えだった。


 「そうだね。食糧は節約をさらに徹底しよう」

 「ですね‥‥」


 みんなで過ごす野営食堂。みんな楽しみだった食事にも暗い影は落としていった。




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