第八十八話 雨竜隊(2)
参謀本部からの部隊編制に関する発表があってから、雨宮のものたちは分隊単位での訓練を続けている。一部の隊はすでに実戦投入されていて、D級へ突入、制圧を行なっていた。
片倉たちは柏木家やアシダファクトリーと有事の際の連携に関する確認を行っていて、忙しなくしている。片倉の提案した作戦を実行に移すかどうかで考え込んでいる俺は、どうするべきか一人、ずっと考え込んでいた。
一応、責任者の立場として、義姉さんにも報告という名の相談に赴いたのだが……
(『広龍がいけると思うならいけるんでしょうし、無理なら無理だと思うので任せます! 私戦えないので!』)
(『いや……そんなノリで決めて良いんですか……?』)
(『いいんですよ妖異殺しなんてそんなもんなんですから。あ、それよりも、重世界空間の開発手伝ってくれません? こっちの方の要請も大変で……』)
相談へ行ったはずなのに、なんやかんやで仕事が増えた。竜もどきの身としては比較的楽な仕事だったので問題はなかったが、釈然としない。
雨宮の城のゆったりとできるスペースにて。夏風を浴びベンチに座りながら、冷たい飲み物をスマホから取り出す。
やはり、この決断をするには、おそらく隊長として戦うであろう、彼女の意見を聞かないわけにはいかなかった。それと、彼女に提案したいことがある。
「……里葉。ありがとう。時間を取ってもらって」
「いえ。大丈夫ですよヒロ。こうやってお仕事の話をするのは久々でどこか新鮮ですけど」
えへへと語る里葉はここ最近、ずっと出撃を繰り返している。訓練中の彼女の動きを見ていて感じたが、明らかに仙台にいた頃より強くなっていた。老桜を相手に敗北したとはいえ、そりゃあ、龍を相手に戦って生還したんだから、変わっているところもあるだろう。
「相談なんだが……」
参謀本部の中であった話を語る。想定される作戦の内容と、陣容を話し、どうだろうかと意見を伺った。
「……おそらく、可能だと思います。大枝の渦は広い。部隊の展開も可能ですし、それぞれの隊に”出来る”妖異殺しがいれば、他をカバーできると思います」
「……そうか。しかし、念には念を入れたい。今の俺は戦うことができないから、目の前の戦いに介入することができない。そこでなんだが……里葉。別の武器を使う気はあるか」
俺の言葉が意味することを悟った里葉が、冷静な面持ちで返答する。
「……それは、他の伝承級武装ということですか?」
「そうだ。今もまだ、あの”独眼龍”の宝物殿を探っている最中なんだが……いくつか見つけたんだ」
「あれ、まだ全容を把握できてませんからね……」
「……ああ。黄金の山の中から、とんでもない武器が見つかったりするしな。絶対に触れてはならないと直感できるほどの代物もあるし、恐る恐る探索を続けている最中だ」
「では、ヒロが芦田さんとザックさんと、あの……片倉とかにあげたみたいに、私にさらなる伝承級武装を与えると?」
里葉に頷きを返す。
俺は、白川戦の直前、宝物殿の中から見繕った武器を、それぞれ妖異殺しや仲間のプレイヤーに分け与えていた。しかし、宝物殿の中にある武器は全て尖ったものばかりで、戦いまでに習熟できる保証がない。そこで、数少ない無難に強い武装を、里葉が挙げた三人に渡したのである。
片倉に与えたのは、”名刀
芦田に渡したのが、”衝撃槌 剛波”。この武器は分かりやすく、宙を叩き、衝撃波を放つことができるという武装である。障害物を貫通し攻撃することも可能なので、非常に便利な代物だ。彼はあれを随分と気に入ったようで、肌身離さず持ち歩いている。
そして最後にザックへ渡したのが、”手套 衛片”。片手だけの手袋で、魔力障壁とは別にさらなる障壁の展開を可能とする。彼は指揮する立場にあったので、それを与えた。実際、白川戦の時はまず真っ先に彼が狙われたというので、役に立ったと思う。
「今回の攻略でさらに里葉が活躍できるようにするのもそうだが……あの時のように、俺が戦えない状況で、里葉を脅かす敵が現れるかもしれない。今の俺は戦うことができないし、出来るだけ自衛が可能なようにしたいんだ」
「ヒロ……」
次は絶対に負けないと呟いた里葉が、俯くように地面を眺めていた。
スマホから、伝承級武装の格上である、空想級武装の”竜喰”を取り出す。
「……俺のこいつのような、空想級武装があれば里葉に渡すんだけどな」
「……ヒロ。無理ですよ。空想級武装って、本当にお目にかかれない空想種と同等の代物なんですからね。妖異殺しの名家の中には、所持しているという噂のある家もありますが……実際に武器として使ってるのは、今の時代だとヒロぐらいかもしれません」
妖異殺しの常識と俺のズレを久々に感じ取った里葉が、懐かしむような表情をしながら俺に語る。
「まあ、例外として戦国の世ではそもそも空想種が蔓延っていたのでかなり数があったそうですし、高祖により観測された並行世界にはいくつか武装があったそうですが……時と場所によるって感じですね」
「前者に関してはすでに結構話を聞いてるが……後者に関しては……なんだ?」
「並行世界……あり得たかもしれない世界を覗き見ることができる人物が、高祖にいたんです。その並行世界は妖異殺し以上にどんぱち続けてる場所だったんですけど……そこの皇族が受け継いでいる、神剣”
「ま、しかし……ないものねだりをしても始まらないな。今、里葉に渡そうと思った武装たちを見せる」
スマホから、伝承級武装の数々を取り出す。それをテーブルの上に並べ、里葉に見せた。
その机の上には、見た目からは能力を想像することが難しい、様々な武装がある。そして、机の上に置くことができない姿見やピラミッドを、その横に置いた。
「……なんか、よくわからないのがたくさんありますね」
机の上に置いてあったサングラスを手にし、かけた里葉が呟く。洋画の米国軍人がかけてそうなそれが、妙に似合っていた。
「それは……伝承級武装”イカしたグラサン”。気分が高揚し、グラサンを右手でつまみ少しずらして相手を眺めることによって、一定の石化効果を相手に与える」
えぇ……と困惑した里葉がサングラスを外す。藍銅鉱の瞳が、胡乱げにそれを見つめていた。
「あの、そんなのに負荷かけられるのは嫌なのですが……というかずらすって戦闘中のことを考えると微妙に面倒ですね。ボツです」
剣や苦無など武器っぽいものもあるのだが、それに紛れて釘バットやチョークなど、ふざけているとしか思えないものが混じっている。
「しかし、伝承級武装ってなんなんだ本当に……よくわからん。こいつらって、どうやってできるんだ?」
俯瞰し改めて考えてみて、疑問を口にする。生真面目な表情を見せる里葉が、それに答えた。
「……まず、この伝承級武装のような、強力な効果を持つ武装を生み出すには、濃縮された魔力が必要です。その前提の上で、伝承級武装を生み出す方法は二つあります。一つ目の方法は、材料を用意して、重術師が作り出す方法。私の持つ青時雨は、この方法で生まれたものに当たります。そして二つ目の方法が、偶発的に濃縮された魔力に伝承が触れ、自然発生するという方法です」
上着の裾から青時雨を取り出した里葉が、それを変幻自在に展開させる。
「濃縮された魔力、と言いましたが、基本的にそれは、
「ああ。もちろん。この世界には魔力が流れていて、重世界は、裏世界側と共有する『龍脈』と呼ばれる魔力の流れのことなんだろ?」
……そういえば、重世界というのは通称であって、本来の名前は『龍脈』であったことを思い出す。しかし、それは何故なのだろう?
「その魔力の流れを、まあ……川か何かだと思ってください。世界間に流れるそれには、構造上の都合から、どうしても淀みが生まれるところがある。そこで、数十年、数百年という単位で淀み続けた魔力を、魔力溜まりと呼ぶのです」
「……なるほど」
「私の武器である青時雨は、その名前の通り、青葉の上に滴っていた露の魔力溜まりを素材とし造られています。青時雨の魔力溜まりを見つけ出した高祖は、その儚さに恐る恐る採取した、という記録が残っているんです。形状を自在に変える水滴を素材とした武器。武器としての形を与えたのは高祖ですが、伝承級武装の特性は、素材の影響を受けて確定している」
机の上に置かれたチョークを取り出した里葉が、魔力も込めず、それを俺に向けてえいと投げる。明後日の方向に飛んでいったはずのそれは、宙で軌道を変え、俺のおでこにコツンと当たった。
「で、後者の自然発生するというものに関してですが……無茶苦茶なものが多い一方、人の手によって造られたものより強力なものが多い。このチョークはおそらく……学校で有名な、百発百中のチョークだったんじゃないでしょうか。それにたまたま魔力溜まりが重なって、伝承級武装としての能力を確定させたと」
「……わけわかんねえな」
「この釘バットとかも、そうじゃないですか。こんな馬鹿げた武器、自分から作る重術師がいるとは思えません」
「……最近の製作を主な仕事とするプレイヤーは、結構はちゃめちゃなもの作ってるぞ。もしかしたら、これも製作物かもしれない」
うんうんと唸る里葉と俺。しかし、俺もこんなふざけたものたちだけを見せるためにこいつらを持ってきたわけじゃない。
「これは……」
なんの変哲も無い。武装ですらなく、魔力も感じない大きな鏡が置かれていることに疑問を覚えた里葉が、鏡面を撫でる。
彼女の横に立って、同じように鏡面に触れる。黒漆の魔力を指先に集めると、波紋を打つ水面のように、鏡面が揺れ出した。
鏡の向こうの世界から、アンティーク風の古びた、金色の意匠が施された旅行鞄が飛んでくる。
「……『
鏡から飛び出したその鞄を、右手を伸ばして、宙で掴むように。取手に付けられた水色のリボンが、風に揺れた。
木漏れ日を浴びる雨宮の重世界にて。
砂塵の舞うその広場には、無数の足跡がある。
「……いいですね。これ。気に入りました。負荷も少なくてかなり使いやすいですし、自分の戦闘スタイルをキープしたまま、幅を広げることができます」
宙に槍を浮かべ、右手に旅行鞄を握った里葉が、機嫌良さげに呟く。俺も使ってみようとして、かなり苦戦したというのに、簡単にコツを掴んでみせた里葉に苦笑いしか浮かばなかった。
「……ヒロ。三日ください。三日あれば、これをある程度使えるところまで持っていける自信がある」
……三日か。ちょっと、早すぎるな。
「他の部隊編制や訓練にも時間は必要でしょうが……私は実働部隊の総隊長として、ちょっとムカつきますが片倉副長の意見に賛成です」
彼女は魔力の灯る瞳を真っ直ぐに、俺へ向けた。
「……了解した。では、大枝を一気に刈るぞ」
「はい。ヒロさんぼーそーちょー」
「……どっちかにしてくれ。里葉」
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