第八十七話 雨竜隊(1)



 雨宮の上層部が集合し、行われた会議。その後、軍務を担当する参謀本部のメンバーや隊長格の妖異殺したちを集めて、編制に関する協議を行っている。


 白川戦の際、三十人しかいなかった妖異殺したちは今、プレイヤーとして技術を得て志願したもの、帰参したものを合わせると、百五十名ほどに昇った。妖異殺しはその性質上、少人数で構成される分隊での編制が一般的だそうで、おそらく十人前後の部隊を、十五個ほど編制することになるだろう。


 加えて、アシダファクトリー社員五十人前後、そして柏木家の妖異殺し三十人前後がいる。彼らはまた別に編制を決めた傘下の部隊という認識になるので、別枠だ。


 戦闘員の数で聞くと小規模に聞こえるが、雨宮家、アシダファクトリー、柏木家、それぞれにいる非戦闘員のものや、その傘下企業の者たちまで含めると、雨宮はなかなかの規模の組織だ。それに、戦闘員の数自体も、これから増えていくと思う。



 雨宮の城の本丸の中にある、参謀本部の館。その会議室の一室の中。ここは、重世界内で使用できる技術の全てを費やした指揮所だ。



 空調や防音の結界が展開されるここは、表世界側とは違う形で利便性の追求が行われている。複雑な機械類を持ち込むことができないここでは、重術に頼るしかない。


 大きな机の上には、魔力の輝きにより関東圏のみを投影した地図が映されていて、様々な地形情報が記されている。加えてその地図上には、数え切れないほどの木駒が配置されていて、枝の形をしたそれは、渦を示していた。


 地図上の渦それぞれは魔力の光により連結され、どの枝がどの大枝に属しているかがわかる。昔は調査に赴きいちいち確認しなければいけなかったそうだが、『ダンジョンシーカーズ』はそれらを簡単に取得できる機能があるらしい。DSから提供された情報を用いて、この地図は今、一目で情報が分かるようになっている。


 その他にも、モールス信号と同じ仕組みで作られた、妖異殺しの符号を使った重世界間での通信が可能だという電鍵のようなものが置いてあった。この信号による通信の技術は、術式を出来るだけ彫らずに済むようにしたかった、妖異殺しの知恵らしい。使用には訓練が必要なので面倒だが、術式の面積を節約できるので、必要不可欠だという。


 術者へ”交信”の術式を彫れば電話のようなもの━━というかDSには実装されている━━の利用も可能だったが、DSからの盗聴を警戒する術式屋の御庭が全て手配してくれた。御庭の帰還によって重世界内でのハイテク化が進んでいるが、いかに空閑肇の『ダンジョンシーカーズ』が優れていて、異質なのかが分かる。


 地図を写す大机を囲みながら、協議が始まった。副長の片倉が進行を務めている。


「今現在、我々最大の目標は、重家探題より課せられた渦の攻略を完遂することです。東京24区を除いた、関東圏の渦の攻略。大小五百という膨大な数の渦を、我々は最高戦力である広龍様を欠いた状態で、刈らねばなりません」


 ふむ、と頷きを返すのは、片倉と同じく副長を務める老軀の参謀である。雨宮家での騒動をきっかけに、一度雨宮から離れたという彼は、白川戦の顛末を聞いて、帰参してきたものたちの一人だ。


 ずっと残っていた妖異殺したちとしては、彼らに対して複雑な思いがある。しかし、義姉さんは彼らを罵倒するようなことなく、全ての罪を許して迎え入れるという選択を取った。少々疑問に思ったものの、人手が圧倒的に増え、有能な人材を再び迎え入れられた今では、英断であったと言わざるを得ない。


 しかしながら、彼らも綺麗に前のポストへ戻れたわけではない。間違いなく降格という形にはなっていて、俺や片倉が軍務の上層部にいたりと、白川戦の際いたものたちに報おうとしている印象がある。


 このような状況に加え、義姉さんが全ての罪を許したことによって、逆に彼らは罪悪感を強く覚えているように見えた。後から戻ってきたものたちは、自分たちの判断を強く悔やみ、功を上げようと躍起になっている。


 一応、俺の名前で編制を行うことになっているが、実際には彼らが業務を担当し、計画書を上げてきていた。


「雨宮実働部隊━━通称、雨竜隊の編制案がこちらに」


 そこには、十五の分隊により構成される、雨宮実働部隊、雨竜隊の陣容が記されていた。それぞれの分隊が各地に独立展開し、単独での渦の攻略等が可能とする。全隊が出撃するような場面は緊急時を除いてなく、それぞれが交代で行動を行うという風に記されていた。しかし、まず真っ先に目についたのは、この項目である。


 ・第一分隊隊長 雨宮里葉


「……雨宮実働部隊の総隊長を務めるのは、里葉様に他なりません。妖異殺しとしての実力、指揮能力を考慮しても、まず間違い無いかと。加えて第一分隊は、我ら雨宮の妖異殺しの最精鋭で編制されます。それを里葉様が率いれば、雨宮の武威は天下に轟くでしょう」


 そう自信満々に語る副長の彼は、好々爺に見えた。


 第二分隊隊長および副隊長は村将が務める、と言った彼は、そのまま各分隊について語っていく。純粋な軍隊ではないアシダファクトリーに関しては都度要請を行うとし、柏木家とも有事の際は連携して部隊展開を行う、という感じだ。


 俺と片倉の所属は参謀本部になるので、このリストには名前が載っていない。しかし、実戦となれば、指揮権限を持った状態で帯同し、戦闘行動を行うことが可能だ。


「編制が決定する以前に、里葉様と村将が精鋭を率いすでに攻略を始めています。しかし、大枝の渦B級ダンジョンの攻略を二隊による合同で行った際、かなり危ない場面があったと聞いています」


「……そうか。しかし、片倉。お前も、一人で何度か攻略に出張ってるんだろう? そっちはどうだ?」


「すでに枝を何本か」


 初めて彼と会った時の彼と今の彼では、実力に大きな隔たりがあるだろう。精悍な体つきと魔力を迸らせる彼は、頼もしい戦士だ。


「よし」


「しかし、重家探題の要請の期限とは別に、急いだ方が良いかもしれません。妖異被害が他国と比べ非常に軽微だった我が国でも、だんだんと妖異の出現が増えていっています。今は妖異殺しとこちら側に出現する妖異を狩ることのみをターゲットにしたプレイヤー……まあふざけてるようにも見えるあの連中が、上手くやっているおかげで、なんとかなっていますが」


「あー……あれは合衆国アメリカから輸入されてきた文化というか……制度のようなものなんだろう。表側の妖異を狩るより渦を刈った方が実入りが良いという問題を、上手い形で対処した素晴らしい方法だとは思うが。協会も出来たと言うし、世界が変わっていくのを、肌で感じる……」


 脈動する竜の体に意識を向けた。


 ……そういえば、過去むかしのことを思い出してうなされることが少なくなったような気がしていた。むしろ今は、眠っていて強く抱きしめてくる里葉と、顔の近くに堂々と座り込むあの猫のせいで息苦しくなっているような気がする。


 頭の中に浮かんだ日常を霧散させ、思考を仕事に集中させた。


「しかし……やはり大枝B級は油断ならないな。里葉と村将が最精鋭を連れていて危うい場面があるというんだから……しかし、重家探題に振られたこの要請で犠牲者は出したくない……」


 俺が出れるのであれば、里葉や片倉のみを連れ電撃戦のような形で刈ることも可能だが……いや、しかしそれでは組織が育たない。ダメだ。かといって、渦鰻のような滅茶苦茶な妖異を相手にわざわざ被害を大きくしたいわけでもない……


 考え込む俺の様子を見て、片倉が進言する。


「主力を全て一つの渦に投入して、大枝を数本、転戦する形で一気に刈るのはどうでしょうか」


 妖異殺しの知識を豊富に持つ老練な副長が、即座に否定する。


「危険です。大枝には、どのような敵がいるかわからない。それで全滅したりすれば、目も当てられない」


「しかし、かといって枝を一つずつ刈り取っていれば裏世界側の侵攻速度を超えられません。この地図を見ればわかりますが、が少ない。広龍様が仙台でやったように、幹でも切り倒さねば綺麗に刈り取れる保証がありません。故に、現実的に可能な方法として大元に繋がる大枝を刈り取っていかねば」


 机の引き出しをおもむろに開けた片倉が、そこから駒を取り出す。コツコツ、と一つずつ机の上にそれを置いていく彼は、確かな口ぶりで言った。


「それに、我々の戦力は非常に充実しています。まず、広龍様と共に幹を切り倒し、『才幹の妖異殺し』と讃えられる里葉様。次いで、実戦経験の豊富な村将に、術式屋の方々と、増強された雨宮の妖異殺し。支援を要請すればアシダファクトリーの芦田たちも来れますし、柏木家当主の澄子様もいる」


 クールビズ姿の片倉が腰に吊るした伝承級武装かたなの音を鳴らし、左手に小さな黒釣鐘を生成した。


「それに、私も出れます。私の能力は対群戦闘に向いているし、他の特異術式持ちと相性が良い」


「……どうされますか。参謀総長」


 じろりと俺の方を見た副長が、答えを待っている。


 彼のことは信頼しているが、即決するような話でもない。


「……検討しておく。しかし、編制案に関しては、それで問題ない。実行に移し、分隊単位での訓練を開始してくれ」


「了解しました」




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