第八十六話 術式屋(2)



 夏も真っ最中。後少しで学期も終わり、学生たちはこれから迎える夏休みに浮かれ気分でいる頃。


 倒れた御庭さんを少し介抱した後、俺たちは雨宮の城の大広間に向かった。アシダファクトリーと柏木家のものたちを除いた、直接雨宮に所属するものたちが集結し、会議となる。


 『術式屋』の筆頭である御庭さんが遅参を詫び自己紹介を終えた後、いつものように、これからの方針についてやしなければならない業務に関しての話題となった。


 今現在、俺たちのリーダー的立ち位置にいるのは、雨宮家当主である義姉さんだ。そしてその下に、雨宮の軍務を担当する参謀本部と、政務や重術を担当する政務部がある。その下にも細かく分類はあるが、大まかにはこの二つだ。それと、アシダファクトリーと柏木家に関しては、傘下にいる別の組織というポジになるので、また話が違う。他の雨宮が所持する表世界側の企業群に関しても、それは同じだ。なんか、謎の呉服屋とかあるらしい。


 俺が務める参謀というものについて聞くと、将軍に助言する軍師っぽい人が頭に浮かぶ。しかし俺が助言しなければいけない対象である、決定権を持っている義姉さんは俺に全てを委任しているので、普通に実権というか指揮権を握っていた。丸投げ。だから、本来の意味からは結構逸れると思う。


「現在、白川戦後にデバイスを利用して戦闘技能を身につけたものの中から出た志願者たちの調練を続けていおり、加えて、雨宮に帰還した妖異殺したちも既存の者たちに合流し、鍛錬を重ねています」


 俺の補佐として付く、副長の一人である片倉が報告をあげた。彼もまた雨宮の鍛錬に参加していて、一度俺とタイマンしたこともある。元々かなりデキるやつだったが、ここのところ更に強くなったように思う。一人で枝の渦━━C級ダンジョンの攻略をしているようで、存在感が強くなったような気がしていた。彼の特異術式もシンプルに強いものなので、頼りになる。


「術式屋の御庭様も帰参しましたので……今こそ、編制、整備を行うべきかと思います」


 片倉の言葉を聞いて、その通りだと村将が深く頷く。ついこの前までの雨宮は、妖異殺しの数が非常に少なく、その場その場で編制を簡単に決定できたため、特に細かい部隊編制などについて考慮する必要はなかった。というか、里葉の出撃ペースが早すぎたせいで、ゆっくりもしてられず、出れるやつだけで行くぞみたいな感じだったらしい。ノリをそのまま言葉にするのなら、妖異殺しの部隊、ではなく、妖異殺しらの集団、といった表現の方が正しいレベルで雑である。


 しかし、そんな部隊編制も、妖異殺しの数が増え、戦力が整った今では放置できる問題ではない。


「……義姉さん。御庭さんたち術式屋の所属は、どこになるんだ?」


「私直属の部下として扱うつもりです。しかし、術式屋のものたちの支援技能は卓越していますので、必要な時はその都度派遣します」


「了解した。しかし、術式屋であるという御庭さんたちは、一体どんなことができるんだ? 正直、重術と一言で表しても、色々あるだろう」


 妖異殺しの家の者ではないという俺の背景を知っている御庭さんが、にこりと笑みを浮かべて俺の方を見る。


「そうですね……まず『術式屋』とは、妖異殺しや重術の家に仕える筆頭の重術師のことです。私たちは、妖異殺しの分業がきっかけで生まれました」


 指先に魔力を灯した彼女が、くるくると指を動かして光跡を描く。


「重術や妖異殺しの術が発展していなかった黎明期において、こちら側に現れた妖異を討ち取り渦を狩っていた高祖は、戦闘に支援など……全ての術式を一人に刻んでいました。しかし、そのどれもが中途半端なものになってしまったことで、渦の攻略に限界を感じたのです。そこで、妖異殺しは戦闘に関わる術式のみを絞って彫り、支援する術式を専門的に習得した重術師をサポーターとして伴って、戦うようになりました。また、技術の継承という面でも、妖異殺しが戦死することによって技術が途絶えてしまうというのを恐れたことから、術式屋の誕生は必然のものだったのです」


「……なるほど」


「先ほどの質問に戻りますが、大抵の重術であれば、使うことができます。妖異殺しのものよりも規模の大きい”劫掠ごうりゃく”の術式、重世界での移動を可能とする”嚮導きょうどう”、重世界空間の開発を行う”拡大””確立”、表世界側に重世界を滲み出させる”侵蝕”、他にも”交信”や”結界”、”運搬”など……多種多様です。加えて、雨宮の術式屋が受け継ぎ続けた武装の”作製”と、術式屋としての本懐である、術式の更新が可能です。雨宮は歴史ある妖異殺しの名家ですから、効率化の域が違います」


 すでに何人かには手を施しましたが、と言う彼女に、聞かなければならないことを聞く。


「俺がずっと感じている疑問なんだが……『ダンジョンシーカーズ』と『術式屋』の相違点はなんだ?」


「いくつかありますが……まず、彫れる術式の違いです。”特異術式”は術者当人の変異によって誕生するので、あの代物でも彫ることは可能ですが、彼らは家が受け継ぐ”固有術式”を所持していません。新興かつ見境ないあの代物では、究極を生み出すことができない」


 固有術式。重家が世代を通し受け継ぐという術。


 ”固有術式”を所持する雨宮の妖異殺しとも訓練で戦ってみたが、基本的に……なんというか、脳筋な術式が多かった気がする。単騎駆けしたり、単騎駆けに続いて突撃すると発動する術式だったり、もうとにかく攻めることしか考えていない構成だった。妖異殺しの家を見渡しても、雨宮はゴリゴリの武闘派らしい。


 ……義姉さんに聞いてみたら、歴代雨宮は猪突猛進の猛将みたいなやつしかいなかったそうだ。敵の術中に嵌められても、とりあえず力で突破するみたいなノリ。故に、『透徹の少女』という名の特異術式を持つ里葉は、歴史的に見ると突然変異らしい。


 シミレーションゲームで例えるなら、武力100知力30の家だという雨宮。そんな風に何も考えずに突っ込む家を陰で支えるため、雨宮の術式屋は真反対にとんでもなく知的……というか陰湿になったそうだ。


「また、あの奇怪な代物と違い、細かい術式の調整が可能です。術式の再展開時間や、持続時間、威力、代償など。このようなマイナーチェンジを幾度となく繰り返していくことによって、世代を重ねれば重ねるほど術式は強くなっていきます」


「……他家と比べると、雨宮のそれはどうなんだ?」


「そうですね……今この場にいないので言えますが、雨宮のものと違い柏木のものは圧倒的に弱……戦闘向きではないですね。私が確認した限りですが、会戦の際草むらに隠れて気配を隠す術式、物色し、死体漁りを効率よく行うための遠見の術式、それと特に逃走する際の術式が優れています。逃げ足の速さだけは、重家一です」


「えぇ……」


「他の例を挙げると……妖異殺しの名家である佐伯家の術式は、次代で完成すると言われています。あの、大老の秘蔵っ子である佐伯初維という少女は、佐伯が追求した”固有術式”の最果て、なんだそうです。実際に確認したわけではないのでなんとも言えませんが……おそらく事実でしょう」


 一度一息ついたあと、彼女がこれは言わなければいけない、という様子で、厳かに語る。


「あの絡繰を作った空閑肇という男……彼が何故”驚嘆の重術師”と呼ばれているか分かりますか」


「……いや、知らない」


「……彼が作り上げた技術、彼が保持しているという術は、重家の長い歴史の中で生まれた術と比べて、一切の類似点がない、まさしく”驚嘆”するしかない技術なのです。特に、『術式屋』を必要とせず術式を彫る技術というのは、前代未聞です。そして、あの代物が有している様々な機能に関して、突破しなければいけない制約が数えきれないほどある。故に驚嘆」


「…………」


「あの男は……同じ重術師から言わせてみれば、あまりにも異質です。まず間違いなく、何かを狙い、欲している。気をつけてください」


「……分かった」


 御庭さんが、ごほん、と咳をして、話の終わりを示す。それを受けて、片倉が口を開いた。


「元々の議題に戻りますが、参謀本部の方でアシダファクトリーや柏木家と連携しつつ、部隊編制を行いたいと思います。また、”重家探題”より課せられた渦の攻略の方も、調練を終えたものたちから、徐々に行なっていきましょう。では、次の議題ですが━━」






 雨宮の者たちによる会議が終わり、重家探題が課した”雨宮仕置”の大まかな方策を決定した後。雨宮家当主である怜は術式屋の御庭と二人で、密議をしていた。


「……貴方の見た、私の義弟の感想を聞きたいです。御庭」


 倉瀬広龍は、怜たちにとって最も重要な人材であり、今となっては家族だ。怜は、重術の専門家である御庭に、彼の状態を確認するよう素早く伝えており、今までの経緯、彼との出来事を事前に話していた。


「怜様の話を聞いた後、今日一日彼や彼の周りを見ていて確信しましたが……彼が龍に飲み込まれていない理由が二つあります。一つは、彼にとっての平穏の象徴である里葉様の存在。そしてもう一つが、あの化け猫の空想種の存在です。あの猫と刀が、龍に対して睨みを利かせているおかげで、暴走する気配がない」


 怜は、里葉が老桜の手によって制圧された時のことを思い出す。あの時の広龍は、竜の方が間違いなく暴走しかけていたし、かつ、戦乱を呼び込むいくさびとの気配をその奥底に思わせていた。しかし、どうしてあの時彼は暴走せず、止まることができたのだろう?


「……そんな日が訪れるのかは分かりませんが、彼が完全に馴染む前にどちらか一つが欠けたら、間違いなく崩壊します。彼を守るということは、里葉様とあの猫を守るということになりますので、ご留意ください。それと……これが一番気になったのですが……」


 心底不思議だという表情で、御庭が怜に言う。彼女はぼんやりと見えた、彼に纏わりつく、魔力の存在を感知していた。


「微かに見えたものなのですが……彼に……他者の術式、による”守りの加護”が付いています。一体何に対して発動するのか、誰がつけたものなのか分かりませんが」


「……”守りの加護”? 貴方の予想でいいから、どんなものか教えてください」


「見当もつきませんが、おそらくあの銀色の龍か、猫がつけたものでしょう。差し迫ったものであるようには見えなかったので問題ないと思いますが……」


 その後も、重家探題が課した重世界空間の開発についてなど、話題を広げていく。数時間経ったあとでやっと、それはお開きになった。


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