第八十三話 至高の笹蒲鉾を求めて(6)



 そのまま酒盛りに突入した楠たちに別れを告げて、楠の重世界空間を出る。妖異種の魚をありったけスマホにぶち込み、雨宮の重世界へ向かった。


 色が重なり合った重世界の中。里葉を抱えて、果ての見えない世界を突き進んでいく。


「……ここからどうささかまぼこを作るかという勝負になってくるな。それに、ささかまの検診まで時間がない」


 スマホを懐から取り出し、カレンダーのアプリを開いて、日程をチェックする。後数日あるかないか。それまでの間に、なんとかささかま用のささかまぼこを作らなければいけない。ささかまがゲシュタルト崩壊しそう。


「そうですねー……でも、割となんとかなるとは思います。ここからは私の出番です」


 キリッとした顔つきの里葉が、俺に宣言する。何か考えがあるのかわからないが、きっと里葉ならなんとかしてくれるだろう。


 重世界の海を突き進み、雨宮の重世界に到着した後、試食要員として何人かをつれ、城の一角にある広場を訪れた。


 仕事中だというのに手を引かれ、連れられてきた義姉さんが、口元をぴくぴくと歪ませている。


「検診のために色々するんだろうとは思ってたけど……こんな風になるとは思ってなかったですね」


「……確かに、今となっては迷走しているような気もします」


「広龍と里葉って……二人だと結構なおバカになりますよね。年相応だとは思いますけど」


「…………」


 反論できない。


 何もない、城壁に囲まれた雨宮の広場にて。里葉は懐から『想見展延式 青時雨』を取り出し、それを地面にばら撒き始めた。


「ヒロ。私のこの金色の正八面体は、私が望むありとあらゆる形状に変形することができます」


「おう」


「そこでですよ」


 地面に置かれた五つの正八面体は浮遊し始め、小さな金色の刃となる。スマホから取り出し置いておいた妖異種の魚を宙へ放り投げた里葉は、金色の刃を動かし、魚を解体し始めた。


 頭や骨、内臓や皮を切り離し、魚肉だけになった魚が、大きな金色の容器に着地する。

 ほいほいほいと宙へ魚を放り投げ、魚肉だけにしていくその姿がやけに面白かった。


「……あれ、一応雨宮伝承の剣なんですけどね。歴代雨宮でもあそこまで使える人物は多分いない……いやあんな使い方あまりしてほしくないんですけど」


 金色の巨大な容器に今、さらに金色の正八面体が一つ追加されて、プロペラのようなものが設置される。水を入れてくださいと頼まれ、その金ピカボウルの中へ水を入れると、プロペラが高速回転し始め魚肉が水洗いされていった。


 普段は槍になったり刀になったりしているのに、わけわからん。


 十分に水洗いされた魚肉が弾き飛ばされ、すでに展開されていた、別の容器へと移される。その容器は蓋となる金色を使い密閉できる構造になっていて、中には鋭い刃が何枚か設置されていた。


「行きます」


 爆音を鳴らし始めたその金色の中で、魚肉がすり身になっていく。中どうなってるのと質問したら、容器の部分だけ透明にしてくれて中の魚の動きが見えた。一瞬で細切れになっちゃってるじゃん。すぐミンチになって、脱水されてる。


 すると今度はまた別の容器が用意されていて、そこには笹かま工場を見学した時に見た、魚のすり身と調味料を練り合わせる機械を真似たものが置いてあった。


「……あの雨宮の剣って、こんなに便利なんですか?」


「……いや、里葉がナチュラルに天才なだけです。あれ、使える人がほとんどいなくて死蔵されてた伝承級武装しろものですよ。普通は無理です」


 金色が今度は、練り上がったすり身を成形する、笹の型になっている。


 黙々とすり身の大量生産を始めた里葉を前に、ドン引きする試食組。そんな俺たちの方を見た里葉が、急に口にした。


「……すいません。至急、村将を呼んできてください」


 雨宮の妖異殺しの隊長である村将をここに連れてきてほしいと、家臣のものに頼む里葉。至急という言葉を聞いて、彼は勢いよく駆け出した。


 しばらく経った後。何事かと、生傷の目立つ歴戦の妖異殺し、村将が汗を垂らしながら、広場へやってくる。


「ど、どうなさいましたか里葉様!? 至急と聞き馳せ参じましたぞ!」


「あ、村将。ありがとうございます。その、焼いてください」


「……はっ?」






 曰く、雨宮に付き従った歴戦の妖異殺し村将は、炎を扱う術式を持っているという。


 金色のベルトコンベア。金色の串に刺さったささかまが流れ、焼き路を模した金色の機構へ流れ込んでいく。しかし青時雨自体に、笹蒲鉾を焼く機能はないので。


「…………」


 体の大きい村正がしゃがみこみ、焼き路へ手を突っ込んでいる。魔力を発露させ、炎を生み出した彼の火加減は、絶妙だ。ちゃんと真面目にやっている。


「……いい匂いがしてきたな」


「そうですね。広龍。村将の顔が死んでますけど」


「まさか鍛え上げた妖異殺しの技をささかまを焼くために使うとは思わなかったんだろうな」


「……横で里葉がその極地を見せていますから、文句も言えないんでしょう。とにかく微妙な顔をしています」


 ファンファンと動く金色の武装は、繊細な魔力操作の技術がなければできることではない。


 広場に、そのまま笹かま工場が出来上がってしまったかのような、そんな状態。

 ……今後、里葉が何かアイディアを持ってきた時は、身構えた方が良さそうだ。ぶっ飛んでいる。


 焼き上がった笹かまを確認した里葉が、むふーと満足げな顔をする。その後、その可愛い可愛い顔を俺の方へ向けて。


「ヒロ。冷やしてください」


「……えっ? 俺も?」


 自分の顔を指差しながら、里葉に問う。大きく頷いた彼女の姿を見て、義姉さんが肩をポンと叩いた。





 金色の正八面体をいくつも使い、作り出された一室。照明もなく真っ暗なそこで、棚に敷き詰められたささかまを眺めながら、銀雪を呼び出し、竜の力を行使する。


 室内には淡雪が降り積もり、銀雪の白銀の魔力で満たされる。キンッキンに冷えた部屋に一人座り込み、ただ待機し続けた。全方位を笹かまに囲まれ、気が狂いそうになる。


「ヒロ〜もう何十個か入れますね〜」


「……あぁ、うん」


「ちゃんと集中してください。温度は一定にしないと」


「……里葉」


「なんですか?」


「これ俺じゃなくていいんじゃないか」


 通気口越しに、里葉と会話する。なんでこんな刑務所の面談以下の構造で里葉と話さなきゃいけないんだ。顔が見たい。


「ダメですよ。ヒロ。竜が冷やした笹かまの方が、ぷれみあ感があるじゃないですか。ささかまは結構みーはーなので、そういうの大好きなんですよ」


 ……ミーハーな猫ってなんだよ。

 俺が不満に感じていることがわかるのか、里葉が咎め始める。


「ヒロ。私もヒロにこんなことをさせたくはなかったですが、ささかまのためなんです。ささかまは私たちの家族なんですよ」


「あ、はい……ごめんなさい。頑張ります。はい」


 ちっちゃく開けられた穴から、焼き上がった笹かまが雪崩れ込んでくる。それを一枚一枚丁寧に取り、棚に並べた。村将……あなたはこんな気持ちで。






 どれだけの時間が経ったのかわからない。

 真っ暗な金色の部屋にて、監禁されることしばらく。ギィと甲高い音が鳴り、金色の分厚い扉が今開け放たれた。


 久々に見る陽光はやけに眩しい。神々しい明かりを背負い現れた彼女目掛けて、飛びつくように抱きついた。なんだか、ちっちゃいような気がする。


「……ぉお、お……いろんな意味で寒かった。里葉は暖かいな……」


「……広龍。私です。里葉じゃありません。あまりにも酷い仕打ちですので、里葉にお説教しました」


「ご、ごめんなさいヒロ……でも! 姉様から離れてください!」


 ぎゃーと騒ぐ里葉が俺の両肩に手をかけて、義姉さんから引き剥がす。その後義姉さんから俺を何故か守るようにして、ぎゅっと俺を抱きしめた。


「……里葉。部屋の中を見てください」


 がるるると威嚇をする里葉をスルーした義姉さんが、部屋の中にある笹かまを指差している。俺と同じく憔悴した様子の村将もその姿に驚いて、目を見開かせていた。


 ゆっくりと振り返り確認した、もう戻りたくない、照明のない金色の部屋の中。

 白銀の輝きを纏い、ギッラギラに輝く笹かまが、そこには積み重なっていた。


 躊躇いもせず、トコトコと部屋の中へ足を踏み入れた義姉さんが、棚の中にある笹かまを一枚摘む。それをゆっくりと持ち上げ、あーんとかぶり付いた。


 瞬間。弾けるような魔力の輝きが、口元から空に爆ぜた。

 それを感知した一匹の獣が、重世界を突き進み接近していることに気づく。


「!? 里葉! 襲撃に備えろ!」


「えっ!? ヒロ!? どういうことですか!?」


「あいつが来る! 青時雨でゲージを作れ!」


 俺の言葉が意味するところに気づき、里葉が金色を展開する。

 空間の扉が開け放たれ、刹那。


「ぬぅうおおおおおおおにゃああにゃにゃにゃにゃぬぬぬぬぬぬっ!!!!」


 よだれを撒き散らしながら、突貫。その猫が冷却室の中に入り込もうとするタイミングでゲージの扉を開き、捕獲した。


「にゃにゃにゃにゃななななにゃぬぬぬぬ! ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」


 捕らえられたささかまは、この檻から出せと暴れ狂う。その姿はまるで、あの夏捕まえた、虫かごの中を踊るアブラゼミのよう。


 その姿を見てちょっと笑っている義姉さんが、密かに口にした。


「この笹かま、とんでもない量の魔力を含んでいます。それと……なんかよくわからないけどめちゃめちゃ美味しいです。ジューシーでオイシーですよ。味の宝石箱や〜です」


「義姉さんが壊れた……? それぐらい美味いのか」


「……広龍。私だってジョークは言いますよ」


 義姉さんの言葉を聞きながら、俺と里葉、そして他にいるメンツにも笹かまを渡して、みんなで食べてみる。笹かまを噛み締めた瞬間、噴火が起きたかのように味の奔流が生まれ、魔力が口内を疾駆した。


 端的に言うと、とにかく美味い。それを羨ましがってか、横にいるささかまは檻に体を突っ込ませて、ガシャーンガシャーンと爆音を鳴らしている。


「……これ、大丈夫なんですかね。一回重世界に出て、その後また入り込めばいいのに、そんなことも思いつかないくらいささかまは目の前の笹かまに執着しています」


「まあ、大丈夫じゃないか。とにかく、これなら効果がありそうだろ」


「……そうですね」


 笹かまを手にした里葉が、それをぷらーんぷらーんと揺らめかせ、言葉を発する。


「ささかま? しばらくいい子にしていたら、ある日、たっくさんこの笹かまをあげます。今よりもずっと多い量です」


 里葉の一言を聞いて、ピクッとささかまが停止する。

 ……ナチュラルに言葉を理解してるよな。こいつ。マシュマロテストならぬ笹かまテストを里葉は強いているのか。


「おすわり」


「ぬっ」


 ささかまがピシッと姿勢を正し、静止する。あのささかまが……言うことを聞いて自由を放棄するだと?


「これ……いけますよ。ヒロ」


「現金なやつだな……」


「しかし、検診の間何があるのかわからないので、できるだけ多く作ってしまいましょう。村将。ヒロ。お願いします」


「えっ」





 ……翌日。雨宮の重世界内にて。この城の主である怜に用がある二人の男は、彼女のいる本丸へ向かおうと、広場を通っていた。


「……芦田。あれはなんだと思う?」


 心底理解できないという声色で質問した、そこにいる者たちの存在。無機質な音と、どこか寂しげな魔力の輝きがそこにはある。


「あ? あー……あれはー……そうだな、ザック」


 金色の謎の機構と、そこに拘束される参謀総長および妖異殺したちの隊長。

 そしてその横では、彼らとは対照的になんか楽しそうな雨宮の姫がウキウキで謎の食べ物を量産していた。


「ジャパニーズカルチャーだ」


「ふむ……意味がわからんな」


 ……しばらくの間。雨宮の上層部にて、やたらと魚の匂いがする男が二人いたという。




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