第七十七話 雨宮仕置(2)
大広間の中。雨宮家、否、雨宮グループの主たるメンバーが揃ったここで、今後どうするかを話し合う。重家探題たちから与えられた"奉仕活動"の対処と、俺たちが強くなるための布石を決定せねばならない。
雨宮家現当主という、実質的なリーダーとも言える義姉さんが、皆の前で話し始めた。
「……少々話が逸れましたが、重家探題から与えられた奉仕活動とはなんなのかを、細かく説明しますね。まず、一つ目の項目。一定数の渦の破壊についてです。プレイヤーの皆さんには、ダンジョンと言えばいいでしょうか。元々渦の破壊は妖異殺しの家の仕事ですが、今回の処分では、本来必要としていたノルマ以上の数を破壊することを求められています。それも、破茶滅茶に多いです」
「具体的には、どれくらいだ?」
「……大小合わせて、五百くらいです」
「ヒロと私が落としたのを増やしたくらいですか。それは確かに多いですね……」
里葉のぼそっと言った一言に、澄子さんがドン引きしていた。倉瀬さん抜きじゃ無理じゃね? と素でコメントを残し、それを止めようとした執事に肘鉄を喰らっている。どういう関係性だよ。
「……しかし、幹の渦を切り倒さねばならないのかと言われると、そういうわけではありません。今現在、妖異殺しやプレイヤーが対処しきれないほどの速度で、渦が激増しています。以前は魔力を取り込むために効率的な枝の広げ方をしていましたが、今ではもうめちゃくちゃです。大枝や枝を幹とする渦の群れが、大量発生しています。最近、佐伯家の大老が秘蔵っ子の初維を連れて、わざわざ九州まで遠征に向かい大枝を数本刈ってきたという話がありました」
「……」
「地方がだんだんと抑えきれなくなっています。故に、関東に集中する重家の戦力を各地に派遣したいという考えでしょう。その皺寄せが、私たちに来るというだけで」
一息ついた義姉さんの目配せを受けて、片倉が口を開いた。
「……先ほどの約定が示す通り、その戦いに我々は広龍様の手を借りることができません。私たちそれぞれが奮起し、戦わねばならない」
皆の視線が俺に集う。
「……妖異殺し、プレイヤー、デバイスを使って戦士となった雨宮のもの……今雨宮にいる戦力は粒ぞろいですが、ぐちゃぐちゃな状態です。再編の必要があります」
片倉の一言に、各々の顔つきが変化した。
アシダファクトリーの面々を引き連れて、常に先頭で戦い続けたハンマー使い。芦田。そして、今は不在だが、彼らの指揮を執るザック。
白川との戦の際には白川家の妖異殺しを一騎打ちにて打ち破り、老桜を重世界へぶち込む一手を担った、頭も切れる男。片倉。
皆が雨宮の敗北を悟り離れていく中、一貫して雨宮に味方し続けた柏木家を率いるβ版上位プレイヤー。柏木澄子。
荒廃する雨宮の中で忠誠を貫き、家に残った妖異殺したちを率いる生傷の目立つ男。
そして━━幹の渦を俺と共に打ち倒し、才幹の妖異殺し、凍雨の姫君と讃えられる稀代の妖異殺し。
雨宮里葉。
彼らに付き従うのは、雨宮の妖異殺し、柏木の妖異殺し、アシダファクトリー社員、そして白川の戦いで、OS:銀雪を用い、DSプレイヤーと似た能力を得た者たちだ。
加えて、実際に戦闘に参加するわけではないが、分家の妨害を受け雨宮に残ることが出来なかった一門のものたちも、続々と帰参している。その中に、術式屋の姿はないそうだが……
これが、雨宮の総戦力。
彼らは、竜である俺抜きで渦を攻略せねばならない。
「この”奉仕活動”を果たし、妖異殺しの中でも屈指の武闘派と知られた、雨宮の再興を改めて宣言せねばなりません。その為にまず、広龍。私の義弟である彼を、雨宮の軍務を司る参謀総長に任命します。家老にするとか表側の社長にするとか色々考えましたが……これが一番良さそうなので。基本的な決定権は当主である私に委ねられていますが、好き勝手やって大丈夫です」
「……じゃあ、俺に皆の編成を一任すると?」
トコトコと、俺の元へやってきた義姉さんが肩に手を置く。
「もちろん私も話し合いには参加しますし、皆の意見も聞いて、といった具合ではありますが……軍務関係は広龍に投げます。私は政務で既にキャパオーバーしてるので、よろしく!」
「……そんな雑でいいのか?」
「いやもちろん、広龍には勉強してもらわなければいけないことがたっくさんありますからね? すでに広龍の先生になる人は手配しておきましたし、日によっては私が教鞭を取る機会もあると思います。あ、それと、重家探題が貴方に課した行動制限の細かいルールについてもまた詳しく。色々複雑ですが、ウチで一番強いのはやっぱり広龍なので。お願いします。皆も納得するでしょうし」
社員たちの最前列に座る芦田が、深く頷く。
「……まあ、俺は特に異論ない」
雨宮の妖異殺しである村将も、里葉を救った俺が上に付いてくれるのは嬉しいと言っていた。
「じゃあ、みんな、よろしく頼む」
大広間の中。里葉がぱちぱちと手を叩き始めたのをきっかけに、皆が拍手した。
雨宮の戦力の再編についてはまた協議を行うとして、今度は二つ目の条文、公共重世界空間の開発についての話になる。
「これはまあ……この雨宮の城やダンジョンのような、重世界空間を生み出し固定して、開発しろというものですね。造られた重世界空間はそのまま、重家が自由に利用できる基地のようなものになるそうです。優れた空間開発の技術を雨宮は所持していませんが……まあこれはなんとかなるでしょう。私が担当します」
義姉さんが胸に手を当てて言う。彼女はもう『ダンジョンシーカーズ』空閑肇に退職届を叩きつけたらしく、無事やめてきて、雨宮の方に専念できるらしい。
これで自由出勤だとか少しは楽になるとか、義姉さんが酒の場で珍しくきゃっきゃしてた。義姉さんは本当に仕事ができる人のようだが、空閑にこき使われていて相当嫌だったらしい。ブラック。
「この案件に関しては、柏木さんにも協力してほしいです」
義姉さんのその一言に、ぺこりと頭を下げ、キリッとした顔つきをする澄子さんがカッと目を開く。
繰り返し四回くらい頭を下げているし、澄子さんの後ろにいる柏木家のものたちは頭を下げたままで、上げる気配がない。隣に座るアシダファクトリーの社員たちが、俺たちも頭下げた方がいいのか……? みたいに困惑している。
「澄子とお呼びください。御本城様。柏木家はもう雨宮のマブダチ、いえ、頼れる子分! どの者たちよりも信頼できる家来ですの」
「え、ごほんじょうさま……? まあ、その、よろしくお願いします……」
困惑した義姉さんに、澄子さんがペコペコと頭を下げている。この人、物凄く有り難かったんだけど、なんでここまで味方してくれたのかが分からないって義姉さんが言ってたな……
「あ、あの……良い機会なので聞いておきたいのですが……どうして柏木家は雨宮に味方したのですか? 私たちに味方した時点で、白川を中心とした他家との交流が切られたでしょうし……あまりにも、リスクが大きすぎた。勿論、柏木家から受けた恩を私たちは忘れてはいませんが、何故なのかというのが少し……」
ド直球を投げた義姉さんの言葉に澄子さんが一瞬固まる。アシダファクトリーは存続、表側の企業は商売と分かりやすい動機があったけれど、彼女たちにはそれがない。
澄子さんはポーカーフェイスを保っている。しかし全てを知っていそうな隣の執事は、だらだらと大汗をかいている。
「……無論、白川の悪逆を暴き、重家の正義を示す為ですの。私たち柏木は義を知る、誇りある妖異殺しの家ですので」
……俺の隣に座る、重家の歴史をよく知るであろう里葉はちょっと困惑した表情をしていた。里葉曰く、柏木家はそんな強くないらしい。誇りを掲げて戦場に突っ込んだようなことはなく、一族総出で戦場をちょろちょろしてた程度らしい。
敵のど真ん中を突っ切っるような雨宮とは、関わったこともないと言っていた。
ごほん、と一息ついた澄子さんが、改めて口を開く。
「そして、赤裸々にお話をさせていただきますと……わたくし、雨宮についた方が勝てると判断いたしましたの」
「えっ……?」
流石にそれはないと素のリアクションを見せた義姉さんをスルーして、澄子さんが続ける。
「なんと言いましても、雨宮には大義がありますの。そして、今代の雨宮を率いる当主怜様は才色兼備のお方。保守派のマウント取ってくるブスどもとは比べものにならないほどのお顔&性格美人ですの。そんな御本城様の下には歴戦の妖異殺しが付き従い、加えて怜様のつよつよ義弟、倉瀬さんもいらっしゃいました」
「う、うーん?」
「他にも理由はありますが、まあとにかく、今となってはもう、柏木は雨宮のファースト子分です。もはや、御本城様はわたくしたちのママみたいなものでし━━━━」
「お嬢様、おやめください!」
これ以上の暴走は許容できないと判断した執事が、澄子さんを黙らせる。ハンカチで口を抑えられながら、なんかもごもご言っとる。
「……まあ、その、義姉さん。澄子さんたちが一番の苦境で味方してくれたのは揺るぎようのない事実だから、いいんじゃないか?」
「……! 倉瀬さん、いえ倉瀬様? 倉瀬参謀総長? ありがとうございますですの。御礼申し上げますわ」
「……澄子さん。俺たち、そういう距離感じゃなかったと思うんだけど」
ペコペコと頭を下げる澄子さんをじっと見つめる義姉さんが、ふうと一息つく。
「……まあ、広龍がそういうのなら、よしとします」
平伏する澄子さんが、義姉さんに見えないようにちっちゃくガッツポーズしてた。
なんやかんやあって、終了した雨宮の城での集会。アシダファクトリーの者たちは表世界にある会社の方に戻り、雨宮の妖異殺しも解散した。片倉は義姉さんから任せられた商談に向かい、皆が離れる中、何故か俺と里葉だけが義姉さんに呼び止められて、居残りさせられる。
「どうしたんですか。お姉さま。私たちのことを呼び止めて」
「里葉。広龍。話があります」
正座をし、俺たちと向き合う義姉さんが、すぅと息を吸って言った。
「その、先ほどの雨宮仕置、覚えていますね。実はあれには、皆に話していないもう一つの条文があります」
「……それは、なんですか。義姉さん」
言いづらそうにする義姉さんが、溜めて言う。
「その、ここもかなり頑張りました。譲歩を引き出しに引き出して、頑張りに頑張ったんですが……広龍。里葉。貴方たちが飼っているあの
里葉が口元を押さえる。丁度いいタイミングで、世界の扉を開き、何故か義姉さんの頭の上にささかまが乗った。
「ぬっ」
「え、ちょ、おもいですねこの子」
義姉さんの一言を聞いて、考える。
……どうすればいいのか。初めての経験なので、分からない。
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