幕間 パチンカー柏木澄子ちゃんの感情ジェットコースター



 柏木家。雨宮家のような妖異殺しの名家とは程遠い、輝かしい歴史も特にない、なんかいきなりチラッと妖異殺しの戦いに現れ始めて、ちょくちょく名前がなんか記録上にあるかなーぐらいのお家。妖異殺しの数も少なく、強風が吹けば飛んでいってしまいそうなその家に。


 とんでもねえ女当主が爆誕したそうな。





 燦々と輝く太陽の下。日傘を差して、柏木澄子はお淑やかに座る。彼女は今、妖異殺しの家が集まる、白川家による祝賀会に訪れていた。待機を続ける重家の峰々は、その開始を待ちわびている。


 彼女は、DS運営陣からちょっと近いぐらいの場所に陣取り、時を待っていた。


 多くの重家が集まる、この空間の中で。澄子は周りから注目を浴びては、奇異なものを見るような視線と、ひそひそ話を受けていた。執事の瀬場を連れる彼女は、はあ、と大きなため息をつく。


「雨宮に味方した途端にこういうのが増えましたの。全く……白川の方につくだなんて、ギャンブラーの風上にも置けませんわ」


「お嬢様。彼らはギャンブラーではありません」


「……はあ。逆張りは基本ですのに。燃えませんわね」


 倉瀬広龍との霊薬の取引を起点に、始まった雨宮と柏木の関係。霊薬を売っただけならばそこまで咎められるようなことではないが、澄子たちはもう、言い逃れできないくらいにはガッツリ協力してしまっている。政争の中で、雨宮の代理として暗躍するぐらいのことはしていた。


 そう。彼女は勝った未来のことを想像して、突っ込みすぎたのである。



 (調子に乗りすぎてしまいましたの。これはもはや、朝から並んで夜まで全ツッパしたようなものですわ)



 柏木澄子は苦悩している。ここで勝つことができればかなりのリターンが見込めるが、負けた時は何が起きるかわからない。中々にキツイ賭けをしている自覚があった。というか、もうこれ以上はいけない。


「……言うなればこれはCR、いえ、3800発1%の19.5%、Pフィーバー蒼穹の倉瀬さん DRAGON 超蒼穹3800ver.ですの」


「お嬢様。何をおっしゃられているのか、意味がわかりません」


「ちょっと本番に備えてヤニ補給してきますわ。少し待ってなさい」


 コソコソと、澄子は喫煙に向かう。


 決戦が近い。







 生命の補給を終えた澄子が戻ってくる。ちょうどその時、白川家当主義広が祝賀会の開催を宣言しようとしたところで、倉瀬広龍は白川の重世界へと襲来した。


 剣戟の甲高い音がキンキンと鳴り響き、鮮やかな色合いを見せる魔力が、ぶつかり合うたびにビカビカと輝いている。


 最古の妖異殺し老桜と、剣豪義重を相手に圧倒する倉瀬広龍の姿に、柏木澄子は安心していた。


 彼女は今、虹色のラベリングをした缶コーヒーを飲んでいる。ギャンブラーとパチンカーだけでなく、妖異殺し、そして上位プレイヤーとしての姿も持つ澄子は、倉瀬が勝ち目のある信頼度の高い人物だと知っていた。


「あ〜いくら妖異殺しでも空想種には勝てませんわ。これいけますわね。倉瀬広龍の襲撃。赤保留カスタム中のレバブル並みですわよ。あ〜安心感ありますわ〜。わたしにかえりな〜さ〜い〜♪」


「お嬢様……」


 ウキウキの澄子が、勝利の予感へ浸っている時。彼女の近くにいる、DS運営陣の方が少しざわついているように見える。よく見てみれば、空閑が何かプレイヤーたちに話をしているようだ。


「うん……?」


 とりあえずスルーを決め込んだ澄子は、倉瀬の方に集中する。今彼は銀色の龍を老桜に当て、義重を追い詰めていた。


 倉瀬の一撃を受け流しきれなかった、義重の動きが止まる。それは彼を討ち取れる、決定的隙。



「き、来ましたわァーッ!」



 家が懸かった大博打を前に、澄子が畳を両手で強くぶっ叩いた。この戦いは、あの二人の連携があってこそ。ここで彼を倒せれば、倉瀬、いや澄子の勝利は確定すると言っていい。


「ゥん、ぁ、う、ぉ、わ」


 しかし、その瞬間。


 突如として現れたプレイヤー、楠晴海が彼に向かって魔手を振るった。それを回避せざるを得なかった倉瀬は、義重を仕留めることができない。更によく見てみれば、もう一人、男性のプレイヤーの戌井も参戦している。


 勝利を確信してからの圧倒的劣勢に、澄子は顔を真っ赤にして怒り狂った。


「ふざけんじゃないですのこのバカーッ!! ブス! おいッ! 陰キャ! 最終カットイン緑とかふざけんじゃないですわよーッ! アホか! オイ! シバくぞ! 死ね!」


「お、お嬢様、お嬢様おやめください!」


「あぁああああ流石にマズイですの四対一は卑怯ですわいくら倉瀬さんでもこれは厳しいですのぉおおおおおおおおぉおお!!!!」


 頭を掻きむしった後、手に汗握る。


 澄子は今、逃げたくなってしまいたいような状況の中にいる。

 それでも、それでも、澄子は引くことができないのだ。


 もう、すでに引くことができないところまで来ている━━!


 (逃げちゃダメですのッ……! 倉瀬!)


 相対する倉瀬と四人。ちょっとしたやり取りを終えた彼が、周囲をちらりと確認した後。



 なんか急にドカンと強くなって、傍にいる龍がビーム撃ったと思ったら、戌井が空の彼方まで吹っ飛んだ。



 淡雪と雷光を纏うその白銀のビームは、眩いほどに輝いている。

 目に悪そうなその光を浴びながら、澄子は目をまん丸にさせプルプルと震え始めた。


「あぁああああぁあああもうわけがわかりません脳汁が出てきましたわぁ……復活演出からの連チャンなんて、カスタムのレバブルしかありえん赤保留しか勝たんですのォ!」


「お、お嬢様……あれは赤保留ではなく倉瀬さんです」


「瀬場ァ! もっと真剣に見なさい! わたくしたちは追加投資できなくて、もうこれどうしようもないんですのよ!」


 楠の能力『魔海の熱帯林』によって現れた魚群が、倉瀬へ襲いかかる。

 まだ戦いは終わらない。






 激しすぎる戦いの中。この空間で最も真剣でガチであることは間違いない澄子の感情が、乱高下する。

 四対一、いや三対一の中でも、倉瀬は常に戦況を優位に進めていた。一回刀で串刺しにあったり色々あったが、まだ戦えている。しかしそれにしても、もう少し安心させてくれよと。


「くゥッ……!」


 楽に勝たせてくれと願う澄子。しかしボロボロの体でゆっくりと歩いてきた戌井がなんかブツブツ呟き始めたところで、彼女は嫌な予感がした。


 倉瀬に近づいた彼が、その拳を振るう━━!



「あっ」



 直撃。天に向かって吹き飛んでいく倉瀬の姿を見て、澄子は右打ちたたかいの終了を察した。繰り返すようだが、彼女もまた実力者の一人。何が起きたかを理解できる実力がある。この後の追撃を考慮すれば、これは死んだと。



 全ツッパまくりならずの絶望に、澄子は口を半開きにしながら震え始めた。



 これは人智を越えた、不老不死の妖異殺し、空想種たる竜と天才たちの戦。



 人がどれだけ足掻こうと結末は変わらない。



 澄子ちゃん。全ツッパ、まくりならず。

 

 幻想をぶち壊され、倒れこむ澄子。

 へたりと力を失った彼女を、瀬場が支えた。


 それでも。彼女の視線は、志半ばで敗れた倉瀬に向けられている。

 

 それでも。それでも。それでも。


 この、誰もが彼の敗北を確信した状況の中で。

 やはり一番最初に気づいたのは、ガチの澄子だった。


 少しだけ笑みを浮かべて、左腕を伸ばしたその姿。雪の世界が広がり、反転攻勢。煌びやかな光を灯し、場を支配する竜の姿がある。


(あっ──これは────)


 澄子には爆音で鳴り響く電子音と、デバブルが聞こえた。

 重世界へ飲み込まれていく老桜を見て、完全勝利を確信する。



(残保留引き戻し──光り輝く虹色祝福────)



 一世一代の大博打。繰り返される劣勢と優勢。ジェットコースターのように上下するその展開の中で、最後に澄子は、空高く飛び上がったかのような感覚を覚えた。


 人生で最も気持ちいい瞬間を迎えた澄子は、恍惚として呟く。


「──のうじるが、止まりません、の」


「お嬢様……!?」


 執事に見守られる澄子は、右手を痙攣させ静かに気絶した。





 柏木澄子。没落した古き名家雨宮と倉瀬広龍へ家を賭け、彼女が挑んだ一世一代の大勝負。


 収支。一撃万発大勝利。


 人の数だけ、物語がある。東北の地から始まった、彼と彼女たちの物語だけじゃない。逆張り全ツッパに成功した澄子の物語も、まだまだ続くのだ。

 


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