第七十三話 願いの在り処
怒竜の咆哮が轟く。俺がDSを始めてから、ずっと共にしてきた竜喰。この剣を振るい、技を持つ奴に対して力で押し込んだ。
灰色の魔力が迸り、瞬間。剣が分身したかのように見えて、俺を惑わそうとする。だが、そんな児戯、竜の瞳の前では無力だ。邪魔が入らぬよう、老桜に銀雪をぶつけ時間を稼がせる。
金眼が煌めいた。
「ガァあああああッッ!!!!」
「くゥっ!! 此奴ッ!」
怒りに猛る竜と最古の妖異殺しの戦に着いていくのは、至難の技である。息つく間もないこの戦に、義重が精彩を欠いてきた。
奴を仕留め、そこから老桜をヤる。いや、必ずしも殺す必要はない。一度身動きを取れぬように拘束、ないしは吹き飛ばし、その間に白川を仕留め里葉を奪い返せば、里葉の能力で一気に離脱ができる。
黒雲を撒き散らし、奴らの視界を塞ぐ。だんだん、奴の剣筋がわかってきた。
このままならきっと━━━━
かの戦を見届けようとする重家の峰々。このままであれば、間違いなく白川はこの竜に食われるだろう。しかし、重術の名家である彼らが━━━━このままで終われるのか。終わるのか?
「ぐか、かはぁっ……はぁ……はぁ」
彼らの剣は、今にも折れようとしていて。それだけは、許容できない。許容してはならない。
「本当に、よろしいのですね。義広様」
「鳴滝……! 我とて、白川の子よ! ここで白川を潰えさせるわけにはいかん!」
重家に混じり、一人その光景を眺める彼は眼鏡を外して、魔力を瞳に灯す。
「な、なんという! 想像以上だ! ここまで重家を相手に戦いを成立させてしまうとは!」
約束されたこの盤面の中で、彼は更なる手を打つ。
成り上がり者の彼は、
竜喰はただ無垢に敵を喰らわんと猛り、その力を発揮する。
迫る濃青の斬撃。なんとか灰色の魔力を以って義重が弾き返さんとするも、その一撃を流しきれず手が痺れたようで、彼の動きが止まった。
それは、なかなか見つけ出せなかった決定的な隙。
「とったァッ!」
響く竜の声。距離を詰め、彼の首へ振るう直前。
(━━ッ!?!?)
即座にその危険性に気づいて、体を屈めさせ後転しその後跳躍して宙を舞う。
大きく距離を取り、刀を構え直した後。あの日、彼女と話をした時のことを思い出して。
(『怜。その質問なんだが……『
銀龍を即座に呼び戻し、傍に置く。黒漆の魔力は今竜鱗の魔力障壁を生み出すために全力を注ぎ、守りを固めた。
(『”いくさびと”というのは──……戦国時代初頭から現れるようになった人々を指す言葉です』)
土煙が舞う。焦らすようにその存在を見せぬそれが、だんだんと晴れてきて。
(『”いくさびと”の魂は、戦うことだけに特化している。彼らはいくさにいくさ以外の意味を見出さず、
仁王立ち。驚愕する重家の峰々も何もかもも置き去りにして、ただ凜と佇む彼女。視界の端に映った怜が、思わず声をあげていた。
(『DSナンバーワンプレイヤー。楠晴海。彼女もまた、『
ミリタリージャケット。大海原の魔力を展開し、この重世界を楠は飲み込んだ。
(『……怜。その、β版のプレイヤーたち。彼らの戦闘能力や情報、全部、教えてくれないか』)
(『……? それは、どうして?』)
(『だって━━』)
(『俺たちがプレイヤーを使うんだ。彼らも、使わないとは限らない』)
今目の前には、老桜と義重に加え二人。新たな
「このぶ、舞台で僕は……! 今度こそ勝ち犬になってみせるんだッ! こんな自分嫌だ、今すぐ、情けない自分を変えられるなら……あ、あああ、ああああッッ!!」
決意を胸に、自分を変えるために俺の道を阻むというプレイヤー。戌井正人。
「すっごい報酬が貰えるとはいえ……まさかあの五人の中から戌井くんが出てくると思わなかったけど、共闘ってことでよろしくね。出るかなーって思ってた立花さんは……めっちゃ青ざめてるね。ま、無理かな。じゃ、頑張りましょう」
自然体を崩さず、ごく当たり前のことを行うようにやってきた楠晴海。
一度腕を伸ばした彼女は、被っていた魚のマークがついたキャップを、後ろ被りに変える。意識を切り替えるようなそれに合わせて、彼女の体を荒波の魔力が包み、新たな装備が現れ出た。
スパイ映画に出てきそうな……いや、海を潜る時に使うような、ウェットスーツのような見た目をした黒一色のそれが、彼女を包んでいる。体のラインをはっきりと見せるそれに、他の装備は見当たらず、唯一足にナイフが一本だけ取り付けられていた。
「邪魔するな! 楠! なぜ、この俺の道を阻む!」
「……? 倉瀬くん?」
彼女は心底不思議そうな声色で、首を傾げて言い放った。
「貴方は、
「チッ……!」
苛立ちしか返せなかった俺の顔を見て、見透かしたように彼女は笑う。
新たな局面を迎えたこの戦いに、義重は呼吸と魔力を整え直し、老桜はただケラケラと笑っていた。彼ら四人と相対し、竜の金眼をその先へ向ける。
祈りを捧げる彼女は、いつも通りの、俺を信じたという柔らかな表情で。
━━先で待つ彼女は、まだ俺の勝利を疑っていない!
愛する
大小それぞれの願いを戦に見出し、全員が集結する。ここに、盤面が完全に整った。
刀を彼らに向ける。その鋒が指す先を目掛けて、銀雪が白銀の魔力を収束させた。
この重世界空間の中。竜の肉体。竜の瞳。第六感。その全てが、この場の状況を知らせてくる。
今、重家の峰々は俺たちの戦いから十分な距離を取り、大規模な障壁を展開して、
「やってやるッ! こ、こんな、見たこともないような人に勝てるなら、僕はァッ!」
心の中で銀雪に謝りながら、魔力を高める。こうなれば、意思疎通が難しい。ただ、振るわれ磨耗していく刀のように、ここからは彼を
願いを込め、彼女に魅せるように。
「━━今ここに『不撓不屈の勇姿』を」
瞬間。竜の肉体は、限界を忘れた。
「やばっ!?」
「放て」
驚愕する楠の声を置き去りにして、白光と淡雪は輝く。
雷光を纏った白銀の光線が、宙を突き進んでいった。
前方。老桜は体を炎とし消え去り、俺から距離を保っていた義重と楠は回避する。混乱し、対応する準備をしていなかった戌井が、咄嗟に泥色の魔力を展開した。
白銀の光線が、彼に直撃する。魔力と魔力がぶつかり合う、甲高い破砕音。
彼が文字通り吹き飛び、見えないところまで飛んでいく。
宙を回転する彼を見送った彼女たちが、振り向いて俺の方を見た。
真正面。楠晴海は、ただ笑っている。
「俺は最初から本気を出していないぞ。ここからが本領だ」
スキルの発動により、黒漆の魔力が地を染め上げるように侵略していった。『曇りなき心月』を発動し、リミッターを外して傷を負い続ける体を、同時に癒していく。
刀を構え、背後に黒雲を生み出す。浮かび上がるように飛翔し、竜の瞳は、一人一人を捉えた。
白川の渦に突入するところから始まった、この戦い。
連戦を繰り返し、この心身はどんどん強くなっていく。
「この竜……先ほどより大きく見えすぎるのう……」
顎に手を当て、怪訝な表情を見せる老桜。気づいたところで、対処などできない。対処などさせないがな。
「ねえ。そこの桜ツインテ。幹の渦って、倉瀬くんぐらいの子倒せないと無理かな?」
「桜ツインテ……え、妾? 多分、これよりはマシじゃぞ」
最強の空想種たる竜の威圧感を前に、両手に白色の揺らめきを乗せ楠は笑う。
彼女の大海原の魔力に、果てが見えない。深浅が分からない。
流石に、この竜に比べれば大した力は持っていないが、摩訶不思議な
クソっ……やはり簡単にはいかないか。
ただ冷静に、刀を構える。問題ない。時間は俺の味方だ。
脈打つような体は、どんどん力を増していく。
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