幕間 仁武の鐘 動乱の時
『ダンジョンシーカーズ』の登場以降、首都東京は、何時に無く活性化している。
最も安定して重世界産の物品が収集されるというこの国では、海外から多くのビジネスマンたちがやってきている。
各国に比べ、この国が安定している理由。それは間違いなく『妖異殺し』と呼ばれるものたちのおかげだった。
しかしその妖異殺したちが今、ひどく動揺し、騒がしい様相を見せている。妖異殺しとのコネクションを持ち、共に仕事をしていたプレイヤーたちが突如として、門前払いを食うようなことが度々起きていていた。
プレイヤーたちはその異変を見て、妖異殺したちの身に何かが起きていると確信している。多くのプレイヤーたちがそれを探り、状況の把握に努める中。
情報屋と呼ばれるプレイヤーにある調査依頼をしていた男が、報告を聞こうと都内の喫茶店を訪れていた。
「待たせたな。片倉。調子はどうだ」
「ああ。調子はすこぶるいいよ」
椅子を引き、対面に座り込んだ情報屋の男を見据えながら、片倉がアイスコーヒーを飲む。
「よし。すでに報酬は貰っているし、早速本題に入ろう。お前を助けたという、倉瀬広龍という男の正体が分かった」
待ち望んでいたその言葉に、片倉が腰を浮かせ少し立ち上がる。
「あれは……誰だったんだ?」
「……倉瀬広龍。彼はβ上がりの、トッププレイヤーだ。現時点で唯一の、A級ダンジョンの踏破者だという。その割には、全く有名でないがな」
想像だにしなかった男の正体に、彼は仰け反る。しかし、妙に納得できるものが彼の中にあった。
「……彼はずっと、仙台に籠っていたらしい。運営にコネがある上位プレイヤーは皆知っているが、ほとんどのプレイヤーはその存在を認識していない。情報を得ようとしたが、何も具体的なことが分からなかった。しかし、間違いなく彼はDS最強の一角だ」
「なら……あの楠晴海と、同等と?」
「間違いなくそうだろうな。あのイかれ女の次点に置くなら、おそらくあの男になるんだろう」
情報屋の男は目の前にいる依頼主の様子を見て、考える。すでに、倉瀬広龍というプレイヤーと彼の間にあったという出来事は聞いていた。おそらく片倉は彼に礼を述べ、また何か力になれることがないかどうか、伺いを立てに行くつもりであろうと。
「片倉。その倉瀬広龍というプレイヤーに近づくのはやめておけ」
「なっ……それはどうしてだ?」
「今、妖異殺しの連中が色めき立っている。お前は俺の戦友でもあるし、ここからはサービスで教えてやろう」
片倉を宥めた彼が、そのまま続ける。
「重家の名家である雨宮と白川の間で、争いが起きているようだ。そして今情勢は、白川の圧倒的優勢にある」
「……雨宮? どこかで聞いたことがあるが」
「雨宮というのは、例の倉瀬と、共にA級ダンジョンを攻略した妖異殺しがいる家だ。そして、倉瀬というプレイヤーは今雨宮にいるらしい。今彼に接触すれば、お前も巻き添えになりかねん。絶対に関わるな」
情報屋の男は、妖異殺しのものから仕入れたという信憑性の高い情報を片倉に話す。そのどれもが雨宮の圧倒的劣勢を告げるもので、かの妖異殺し曰く、
「いいか片倉。妖異殺しの組織というのは、強大なんだ。国だって簡単に手出しができない。お前が妖異殺しを相手に争いになれば、お前とその妖異殺しを裁くのは日本国の法ではなく、妖異殺しの法だ。現代社会では考えられない、生死が軽んじられる世界にあると言っていいんだぞ」
「しかし私は……」
「いいか片倉。お前は例のアイテムを手にしたことといい、恩義を感じているようだが気にすることはない。上位プレイヤーの持つ財産は俺たちが想像できぬほどに莫大で、お前がこだわっているそれは、彼にとっては痛くも痒くもないものなんだ」
何度も言い聞かせるようにした情報屋の男は立ち上がって席を離れた後、片倉の左肩に右手を置く。
「だからラッキーだったと思って忘れて、お前はいつもの生活に戻ればいい。死にかけたことでユニークスキルも手に入れたんだろ? 今、雨宮なんていう危険な集団に関わる必要はない。この先には、きっと栄光の道が待っている」
「栄光の……道……」
片倉が頭に思い浮かべるのは、彼の家族の姿。苦労をかけてしまった。心配だってさせた。でもこれからは、きっと楽だってさせてやれるし、娘にはこれからなんでも好きなことをやらせてあげられる。
誕生日に、金銭の都合から欲しいものを我慢させてしまった。ずいぶんと先の話になるだろうが、大学に行きたいといえば行かせてやることだって出来るだろう。
白川本家。重世界空間の中。重術に長けた家である白川の管理するこの場所は、他の名家の重世界空間と比べて何倍にも大きい。
雨宮を傘下に加えることを、宣言する場となるであろう祝賀会。重世界の管理された気候を生かし、野外での開催を予定する彼らは、様々な準備をせねばならない。
広々と場所を取り、囲いを作る白川の陣幕。各家が並び座れるよう、配慮され設置された高床の畳は並列し配され、中央にある大きな道を挟むようにしている。その中には『ダンジョンシーカーズ』運営陣のために配されたスペースもあった。
彼らの前で妖異殺しの名家、雨宮を傘下とすることにより、今後の動きを牽制する狙いがある。
準備する家のものたちを見る白川家当主、白川義広は、笑みを抑えきれない。彼の家の筆頭重術師である鳴滝の手により、一度押し返されかけた戦況は彼ら白川へ傾いた。一度ストレスを感じてからの浄化作用に、彼は絶頂を迎えている。
不満点をあげるのならば、今彼らの手元に戦勝品であるくだんの美姫がいないことであったが━━何れにせよ、手に入ることは間違いない。
(ククク……空閑の前で雨宮を併合し、重術の権威がなんたるかを教えてくれよう……)
体を揺らし、椅子に座る彼が振り返った。
彼の傍に、二人の妖異殺しが立っている。
「義重。万事、抜かりないな」
その言葉を聞き、帯刀していた刀の柄を掴むような、抜くような素振りを見せた妖異殺しが、意気揚々と答えた。
「は。雨宮の悪足掻きがあろうとも、白川の剣はここに。奴らを、一刀の下に斬り伏せてみせましょう」
「ほほほほ。お前がいれば、なんの心配もしておらぬわ」
愉快そうにする白川家当主が、続けて話す。
「ほれ。あの雨宮の小娘は今恐怖に身を震わせ、雨宮の城に籠っていると聞くしの」
「は。雨宮本家の動きは白川の妖異殺しに加え、雨宮分家が監視しております。その報告を鑑みても、奴らの戦意は挫けたとみてよいでしょう」
「ほほほほ。義重。お主はなんたる忠義者か。雨宮を抑えた暁には、あの美姫をお前にも貸し出してやろう」
「は。感謝いたします」
傍に立つ、もう一人の妖異殺しは会話に参加しない。
くだらぬ主人と同僚のやり取りを眺める彼は、何かを恐れているように見える。
一人いきりたち、白川の家を歩く妖異殺しの男がいた。
「全く……! 御館様も義重も、雨宮を舐めすぎだ! クソッ!」
実働部隊として渦の攻略に従事する彼は、荒廃してなお渦を破壊し続ける、雨宮の妖異殺しの強さを知っている。無論義重のような稀代の武を持つ者は雨宮里葉を除いていないが、歴戦の精鋭たちだ。
「……仕方あるまい。俺が一人で、雨宮の周囲を探る他ないだろう」
彼は即座に決断し、身支度を始める。これから祝賀会までの間、不眠不休で働く覚悟が彼にはあった。
招待状を受け取った重家の峰々の反応は、様々である。
一時代の終わりを察する者。『ダンジョンシーカーズ』空閑と重術の権威、白川の全面対立を予期する者。哀愁を感じる者。興亡の中に、より一層家を強くせねばと感じ入る者。
その中に。
いくさに備える者がいた。
妖異殺しの名家。佐伯家にて。老軀の妖異殺しの下、情報収集に駆け回る佐伯家の者たちが彼に報告を上げる。
「『ダンジョンシーカーズ』マーケットの調査が完了しました。こちらがその資料です。今現在、重世界産の建材の類や武装の素材となるものが高騰し、需要に対して供給が追いついていない状態にあります」
「その原因は探れそうか?」
「……出品者の数が、激減しているようです。加えて、プレイヤー出身の重術師たちによる、クラフトの依頼も受付を停止したものが多い」
「……」
正式リリース以降、新たに習得が可能となった『劫掠』の術式は、灰燼に帰す前のモンスターから素材を剥ぎ取る……アイテムをドロップさせることを可能とする。加えて『製作』の術式により、様々な武装、防具、魔道具の類がプレイヤーの手により誕生していた。妖異殺しにはできない飛躍的な発想により生まれたアイテムもあり、それらの作成を主な業務とするプレイヤーたちは、仕事に追われている。
しかしそれにしても、手の空いているものが少ない。下位のプレイヤーたちはいつも通りのようだが、上位の者たちが少ないようである。
「ねえ爺様ー。なんの話してるんですか? 初維にも聞かせてください」
「初維。今から一応仕上げておけ」
「え? はーい」
ひょこひょこと歩いていなくなった初維を見送る老軀の妖異殺しは、肌でその到来を感じる。
目つきを鋭くさせた彼は、先の時代を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます