第六十七話 決死の士



 全ての報告を聞き、雨宮怜の手を取った後。いくさを仕掛けると決めたからには、やらなければいけないことが沢山ある。話し合わねばならないことも多い。それを俺も彼女もよく分かっていたから、あのめちゃくちゃになった応接間を抜け、雨宮の屋敷の大広間へ訪れた。


 里葉の行方と白川の動向を探っていた雨宮の妖異殺したちは皆帰投し、今この場にいる。雨宮最強の妖異殺しである里葉を欠き、状況は絶望的。しかしながら、彼らが浮き足立っているようには見えなかった。


 ……不幸中の幸いだったのは、里葉を制圧した人物が、老桜様と呼ばれ慕われている妖異殺しだったことだ。白川とその妖異殺しの会話を盗聴していたという雨宮の妖異殺しによれば、里葉は老桜の元にいるらしい。少なくとも彼女が宣言した二週間の間は、里葉は無事だろう、という結論が彼らの中ですぐに出ていた。しかし、その後のことは分からないと。


 加えて、何故老桜が表舞台に出てきたのか、何を目的としているのかが分からないらしい。重家の興亡において、介入した例はなく、ただただ不思議でならないそうだ。


 実際に目で見て確認したわけではないが……里葉が無事であることだけは、第六感で分かる。俺と里葉は好一対。これぐらいのことであれば、簡単に分かった。位置を探ろうともしているが、常に移動しているようで正確な場所が掴めない。重世界は、広すぎる。それに、まだ竜の力を使いこなせていない。


 祝賀会までの時。二週間の時間を使って、白川家を、そして、雨宮分家をどうにかする方法を考えねばならない。


 俺は……里葉を奪還するとともに、里葉を取り巻くしがらみを全て、徹底的に破壊する。彼女を連れ、追撃に怯え逃げ回るような生活はしたくない。彼女が妖異殺しから白い目で見られるような、そんな状況にはしたくない。


 里葉には、笑っていてほしいんだ。


 闘志を胸に秘める。この意思は、俺の原動力だ。


 頭を回せ。これは、ただ力を振るえば良いだけの話ではない。


 ……世の中には、多くのいくさがある。


 軍と軍がぶつかる戦争。市場の中で矛を交える企業群。剣と剣を交える個人での白兵戦。スポーツ、受験、競争を含む何もかもを、いくさと呼んでいい。そんな風に様々な戦いがあるこの世の中で、我武者羅に竜の力を振るえば良いのか。


 それは違う。必ず、どこかで別のいくさに負ける。間違いなく喰われる。


 ……いくさならば、俺は上手くやってみせる。知恵を絞れ。



 大広間の中。戦闘装備に身を包む彼らは、三十人程だろうか。女性も混じる雨宮の妖異殺しの集団は、一目で戦闘を生業としているものたちであることが分かる。生傷を歴戦の証とし、俺や里葉に比べれば低いものの、魔力の強度は総じて高い。


 そして全員が、凛とした表情をしている。怜に臣下の礼を取り、俺に一礼した彼らは、覚悟を決めていた。


「まず……現有戦力の把握、そして、勝利に必要なもの、いえ、敗北しない方法ですね」


 自分から誘っておいてなんだが、冷静に話を始める怜の姿に、感嘆する。彼女には、肝っ玉という言葉がよく似合うと思った。


「私たちの敗北が確定するのは、雨宮が白川の傘下に下る象徴となる里葉を抑えられた状態で祝賀会を終えられた時になると思います。重家の峰々がその決定を一度認めてしまえば、もう絶対に覆すことができない」


 今は、彼女の話を聞くべきだ。そう考えて体を彼女の方に向ける。


「では、里葉だけを取り返せば良いのか、という話になりますが、それも違います。広龍。貴方は、妖異殺しを妖異殺したらしめるもの。それは、何だと思いますか」


「……誇りか?」


「それも非常に重要ですが……私たちを妖異殺したらしめるのは、自前の重世界空間です」


 彼女は当然の事実を語るように、話し続けていく。


「妖異殺しというのは、世界を守り妖異を討ち取るため、その存在を秘匿した者たちのことなのです。人の身に過ぎた術を大きく広めるわけにはいかないと考えた高祖は、重世界の空間に身を隠した。逆を言えば、重世界の空間に隠れられぬものたちは、妖異殺しを名乗る資格がないということになるのです」


「仮に、この場にいる私たち全員が白川へ襲撃を仕掛け、何とか里葉を奪還したとしましょう。しかしその時、この雨宮の城を建前上大義を持つ白川に抑えられていれば、私たちは妖異殺しからただの反乱分子に成り下がります。雨宮を奪われないようにするためには、、里葉を救出せねばなりません。しかし、それと同時に雨宮そのものも守らねばならない」


「……二手に別れなければならないのか」


「そうです。此度の戦は攻撃に防衛、その二つをこなせばならない。正直言って、かなり厳しい。攻めも守りも、劣勢が前提です」


「……それで。動かせる戦力は」


 俺の言葉を聞き、俯いた彼女は呟くように言う。


「まず、最大の戦力は里葉とともに幹の渦を攻略したという、倉瀬広龍。あなたです。貴方が竜の身となったことを知っているのは、DS運営と極一部の重家のみ。貴方が我々唯一の切り札であり、最重要戦力になります。それに加え、ここに雨宮の妖異殺しが三十名。もしその家族を含めた非戦闘員も動員すると言うのなら、百五十名弱。合計で百八十名ほどです」


「白川の戦闘員の数は」


「他家の増援が来ることも考慮すれば……五百は堅いかもしれません。申し訳ありませんが、具体的なことは……」


 これは、かなり厳しい。そう、思わず口に出そうとした時。雨宮の妖異殺しの最前列に座る、一際体の大きい者が、深々と頭を下げた。


「……我らは、里葉様のため、雨宮のために死する覚悟がございます。怜様。物の数など、問題になりません」


 魔力を発露させながら言ったその姿を見て、感じ入るものがあった。彼は、。その思いを、馬鹿にすることはできない。


「……彼らは、荒れに荒れた雨宮を見捨てなかった忠義の士です。雨宮里葉に追従し渦を何度も撃破してきた精鋭たちですから、白川の者よりは圧倒的に優れていると断言します」


 怜のその言葉に、疑念はない。彼らは数の差を覆せる質を持っている。そう感じる。だが。


「それでも、絶対的な数が足りない。これは、いくさまでの間に解決すべき事項として、特筆すべきことだ」


 頭の中に様々な選択肢があるのだろう。顎に手をやり、即座に思索を始めた怜。まだ他にも考えることがあるだろうと声を掛け、思考の海から彼女を引き戻した。


「他に考えることというと……攻め込んだ時に交戦するであろう敵だ。特に、俺から里葉を引き離した老桜のことが気になる……あの里葉を、簡単に制圧したというのだから」


 妖異殺しとして、里葉の実力は抜きん出ている。彼女の持つ透明化の能力は対策が難しい技であるし、武勇に優れる彼女と剣を交え勝利するというのは、並大抵のことではない。それに、彼女にはA級ダンジョンを攻略した時の経験値が入っているし、あの時よりもさらに強くなっていたはずだ。


「……まず、里葉を襲った老桜という妖異殺しについてですね。広龍。彼女は、悠久の時を生きるという妖異殺しなのです」


「……というと?」


「魂を引き継いだまま何度も肉体を変え、生き続けた古き妖異殺し。妖異殺しの家のものであれば、知らぬものはいないというほどの大人物です」


 怜が、緊張した面持ちで語る。


「彼女は……”妖異殺し“を見届けたものとまで言われています。今では失伝したという妖異殺しの術を使い、複数の特異術式に加え様々な武装を持っています。はっきり言って、彼女が表舞台に出てこなければこんなことにはならなかった」


 黙って話を聞き続けていた妖異殺しの集団の中から、一人の女性が怜に向け挙手し、発言の許可を求める。里葉と老桜の交戦を目撃したという彼女は、その時に起こったことを説明し始めた。


 曰く、宙で透明化を使っていたはずの里葉が突如として墜落したと。


「……ヒントが少ない。話を聞く限り、対策の練りようがなさそうだな」


「非常に腹立たしいですが、それには同意します……他に対策を練るべき人物をあげると、白川の剣と呼ばれる人物。白川義重です」


 先ほどの老桜に比べれば格落ちですが、と前置きしつつも、彼女は最大限の警戒を見せた。


「妖異殺しを集めた武勇を競う大会において、無敗を誇る男。その男は決して、何か特別な術式を持っているわけではありません。しかしその剣は、並ぶものがいないほどに卓越しています」


「剣技……ただ一つを極めたもの、ということか」


「そうです。他にも白川の筆頭重術師、鳴滝などがいますが……この二人は別格です。中立の他家の介入がないことを前提とすれば、これくらいでしょうか」


 淡々と事実を告げる怜は、どこか苦しそうな表情を見せている。だが、俺は戦うと決めた。こんなところで、負けることはできない。


 白川を叩き潰すにあたり、この場で挙げられた様々な障害。その対策として、雨宮ではなく、俺が講じれる策は。


「……この場の者たちに、宣言することがある」


 一度畳を強く拳で叩き、彼らの注目を集めた。ちょっと魔力の片鱗を見せたので、怜さんがビビっている。


「俺は、里葉のことを心底愛している。惚れ抜いている。決して彼女を、奪わせるつもりはない。そして、貴方達が敬愛するこの主君は里葉を守ろうとするのとともに、雨宮の家を守ろうとしている。その思いは、貴方達も同じだろう」


「願いの本質は違う。しかし、共に乗る船だ。俺が貴方達と同じように欲し、敵を打ち破ろうとしていることは分かってほしい」


「では、今一度戦力の把握を行う。を含めてだ」


 ここからは、彼らと一蓮托生。里葉を取り戻すため。俺たちの、戦支度が始まる。






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