第四十九話 竜喰
青の洞窟。
ここは、地底湖の上。
果ての見えない黒い空を泳ぐ、独眼の黒龍。一体、どのような攻撃手段を持っているのか。一切の想像がつかない。
しかしここは湖上。足場は少なく、空を飛ぶことのできない俺では回避の選択肢が限られている。今すぐ場所を移さねば。
駆け抜ける洞窟。出来るだけ高所に陣取ろうと、跳躍し移動を開始した。道中、空中に里葉が配したであろう金色の盾があって、それを足場に更に大きく跳ぶ。
作り出した雲を背負い、空を蛇行する黒龍。その姿はあまりにも巨大で、その大きさを形容することすらできない。
瞼のない、縦に細くなった瞳には捉えきれないほどの魔力が朧気に輝いていて、世界も未来も全てを見通してしまえそうだった。
その瞳がギョロリと動き、俺を見据えた時。
空を浮かぶ独眼龍の顔がこちらを向いた。口を開けて、白銀の魔力を口部に集める。吸い込まれ球体となった魔力の塊を見て、直感的に確信した。
これからの戦い。受けるという選択肢は絶対に取れない。全て回避しないと、間違いなく死ぬ!
来た!
地底湖の上を迸りながら、俺の元へ向かってくる白銀の光線。それは銀雪を撒き散らし、触れたもの全てを凍らせていった。
氷雪の雲霞が消え去った先。透き通った地下水を全て凍らして、そこに仮初めの凍土が生まれる。一瞬足場にできるかもしれないと考えたが、すぐに考え直した。白銀の魔力を色濃く残し、終霜を撒き散らすその上に立つことなどできない。
迫り来る白銀の光線。それはジグザグに軌道を取り、真っ直ぐにこちらには向かってこない。タイミングを外して対応しづらいように、小賢しく動かしてきやがる。
銀雪の煌めき。タイミングをなんとか読み切って━━━━
それをギリギリまで引きつけた時。翠色の閃きが体を包んだ。
『一陣の風』とともに、翻るように白銀を回避してみせる。
B級ダンジョン脱出後に獲得した『一陣の風』というスキル。これは回避を行う際に、任意で加速することができるというパッシブスキルだ。今だったら、身動きが取れない空中でもある程度は避けることができる。
地を削っていく白銀。先程まで俺が立っていた岩場は凍結し、白が残るそれを見て当てられたら即死だなと確信する。
横目に見ていたそれから視線を外し、駆け抜ける。奴が大技を外した隙をついて、更に高所へ向かった。
縄張りに入ってきたから相手しているものの、おそらくこの龍は俺たちのことをまだ脅威だと思っていない。その舐め腐った横顔に、一発ぶち込んでやる。
跳躍し、ロッククライミングの要領で取りついた天然の石塔。そこから更に飛び立って、刀を構えた。ありったけの魔力を竜喰に込め、魔力を実体化させる。
この戦いの鍵は、間違いなく竜殺しの武器であるこの竜喰だ。
刀より化身となりて浮き出る四角い前足。その太さは奴の胴体ほど。こいつが何なのかはまだよく分かっていないが……
「ぶち込めェッ!! 竜喰ッ!」
振るう刀。それに合わせて放たれる、魔力の拳撃。
それは奴の左頬を横殴りにして、吹き飛ばすように。
直撃を貰った独眼龍が、俺を睨む。射殺すようなその視線に、本能的に体が震えた。
高度を少し下げ、俺を真っ直ぐに見据えた奴が口を開いた。再び収縮を始めた白銀の塊を見て、刀を構えた時━━━━
空中。横並びに、白銀の塊が無数に展開されていくのを見た。その数は降り注ぐ淡雪のように、数えられる量じゃない。
宙に浮かぶ白銀の一つ一つが、先ほどの光線を撃てるほどの魔力を蓄えている。これは絶対に捌き切れない。
空を埋め尽くし降り注ぐ銀雪。
これが、最強の妖異であるという空想種だというのか。
だが、俺は一人じゃない。
突如として飛来した金色に貫かれ、破砕される白銀。展開されていたそれを正確無比に撃ち落とし、両手で数えられるほどの数にした。
一斉に放たれ、突き進む白銀の光線。五本六本と地を凍らせ突き進むそれを、徒歩で避け切れる保証はない。
ならば飛べばいい。両腕を伸ばして彼女を信じた。
誰かが俺の体を抱きしめて、持ち上げる。金色の盾に乗る彼女は、そのまま空を駆け抜けるように。
「ヒロ! 朗報です。私の能力はあの空想種相手でも通用します。実際に奴は、ずっと私の存在を捉えられていません」
「……なら、俺たちの戦い方は通じそうだな」
「ええ。これなら勝機があります」
盾の上。一度仕切り直そうと右腕を伸ばした彼女に合わせて、空に待機させていた金色の槍が一斉に奴の体に突き刺さっていく。
それは奴の血肉を削ったものの、時間を巻き戻すようにその傷は一瞬で塞がってしまった。あの槍一本一本には、里葉の必殺の魔力が込められている。今この瞬間に総力を費やす里葉の攻撃を、簡単に癒してしまうなんて。
「……これが、龍の生命力」
悔しげな顔をした里葉が、即座に思考を切り替えて俺の方を見る。
「ヒロ。巨大な妖異を相手にするために考えていた一撃離脱戦法を取りましょう。今から貴方を奴の上にまで運びます。そのまま取り付いて攻撃を。危険だと思ったら飛び降りて。そしたら、私が必ず貴方を助ける」
「分かった。じゃあ、いくぞ」
「……武運を」
盾に乗り、訪れた奴の真上。里葉の透明化が切れ、飛び降りた俺に気づいた奴が振り返って空を見る。
奴が、口に残していた白銀を俺に向けた。
眩い光は目に突き刺さるように。
初撃。一陣の風とともに回避して、軌道を修正し俺に再び向けられたそれを、竜喰で何とか弾く。火花のように飛散する銀の輝きが、空に煌いた。
回転し体に勢いをつけて。黒漆の魔力は暗闇に溶け、竜喰はカタカタと震える。
「竜喰ィッ!!」
魔力を込め一閃。奴の鼻を斬り裂いた後、車道のように広い奴の背の上を駆けた。途中、刀を振るい奴の体に傷をつけることを忘れない。
舞い散る血飛沫。龍の生き血を啜って、歓喜に哭く竜喰。体に張り付いて鬱陶しい攻撃を続ける俺を相手に、龍が苛立っているのが分かる。
嵐気を纏い始めた姿を見て、舌を巻く。俺が持っている最強の一手。『秘剣』を放つタイミングを、よく考えなければ。
金色の盾の上に座り飛翔する空。龍の背の上を駆け抜け、放たれる白銀を回避しながら、我武者羅に斬っていくヒロの姿を見つめる。いつでも彼に援護が出来るよう、金色の刃を追従させていた。
斬り裂かれる皮膚。削り落ちる肉。その痛みに、ほんの少しだけ”独眼龍”が身じろぎをした。
ヒロの竜喰によってつけられた傷は、私の一撃と違って癒える気配がない。
(ヒロのあの剣は……『暴食』という概念級の能力を備えている。そして他にもあった能力が……『遅癒』に『復元呪詛』)
彼に集ろうと飛来する、独眼龍が展開した白銀の刃を金色で撃ち落とす。
その援護を受けて、彼が剣舞を舞うように奴を斬り裂いた。彼を包み込むように、舞い散る龍の生き血。
ほんの少しだけ、白銀の魔力が揺らぐ。彼の刀は今、龍の生命力を喰らっている。空想種の力はあまりにも強大なため目立って効果が出ているわけではないが、明らかに食っていた。あの、龍を。
(雨宮や運営で……あの剣に関するいろいろな話が出ていたが、あれは裏世界伝承の『竜殺し』の武器だろうという結論が出た)
彼がありったけの魔力を込めて、それが再び
(……あれは本当に、竜殺しの武器なの? 今まで一度も苦戦する機会がなかったから分からなかったけど、『遅癒』という能力はあの龍の生命力を抑え付けている)
独眼龍はヒロのことを警戒しているというよりも、あの刀をひどく恐れているように見える。
裏世界や表世界にかかわらず、魔剣聖剣の類は存在する。そして彼のあれは、祝福するように使用者を選ぶ善の力を持つものではない。呪いのように使用者を選び、厄災を与える悪性のもの……そのはずだった。
(竜殺しの魔剣ともなれば……対価を求めて竜を殺す力を与えるというのが基本のはず。聖剣であれば使い手を祝福して竜殺しの英雄を生み出すのだろう。しかしあの剣が持つ能力には、そもそも善悪がない……)
頭に浮かぶのは、彼がC級ダンジョンで『貪り食うもの』と戦った時の光景。あの剣が彼の力となり、そして『秘剣』という事象を捻じ曲げるほどの強さを持つ奥義を放つのは、正しく敵を食うため━━
一つの恐ろしい仮説が、頭を過る。
龍の生命力を抑えつけるほどのそれ。あの『遅癒』はもしかして……
弱らせて、食べるためなのか?
名前とその能力の強さに目を惹かれ、剣そのものの本質を見抜くことができなかった。違和感を覚えてはいたが、簡単に竜殺しの武器だろうと結論を出してしまった。
しかしその認識が、崩れ去ろうとしている。
青の洞窟。彼が奴の体に取り付き、全力で龍を攻撃していた。波打つように体をよじらせた独眼龍の姿を見て、思わず生唾を飲み込む。
この戦いの鍵は、あの剣とその『秘剣』が握っている。『秘剣』を放つまでに、奴をどれだけ弱らせることが出来るか。私たちがどれだけ、耐えることができるか。その勝負だ。
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