第三十一話 喫茶店
C級ダンジョンを攻略した俺と里葉は魔法陣の上に乗り、報酬部屋に突入した。俺たちが訪れたのは、ショッピングモールのテナントのような店舗。
アホみたいに高い棚の中積み上げられた大量の服。多分ここ、服屋かな。しかし手にとって確かめた感じ、そこまで良い商品を取り扱っていると思えない。服のサイズもなんだかおかしいし、変に穴がついているものあったりよくわからない。
『ダンジョンシーカーズ』を開き確認してみれば、制限時間は10分となり伸びていた。それと、報酬部屋自体がかなりデカくなっている気がする。何か因果関係があるのかもしれない。
「うーん。あまり大したものはなさそうだな」
「そうですね。しかし、何かに使えるかもしれません。運営の想定を超えた市場の動きもあり得ますし、とりあえず収容したら?」
「そうだな」
畳まれ積み上げられている服を、片っ端からスマホにぶち込んでいく。巻き込まれてくる、という性質上、やはりダンジョンの等級が上がれば報酬部屋の中身も良くなる、というわけではないらしい。
スマホにアイテムを詰め込んだ後、ショートカットキーを押して私服に着替えた。
「じゃあ、脱出しましょうか。手、繋いでください」
「……ああ」
彼女の差し出された左手を右手で握る。出た先はあの高架歩道だ。まだまだ人通りがあるだろうし、いきなり現れたら騒ぎになる。これは、透明化を使うためだ。
白光に包まれる。
飛び出た高架歩道の上。ポケットの中に入れたスマホが震えるのを感じてニヤリと笑っていると、俺たちのすぐ目の前にちょっと急ぎ足のサラリーマンが近づいてきていた。リアルゼロ距離。やばいぶつかる。
咄嗟に彼女を抱き寄せて、おっさんを回避した。キョロキョロと辺りを見回し、他にぶつかりそうな人がいないか確認する。
「あ……すみません。まさか目の前に中年男性が現れるとは……」
「大丈夫だ。里葉。この能力の特性はもう分かっている」
「い、いや……あの……そろそろ離していただけると」
ちらりと、彼女の方を見る。自分でやっといてなんだがめちゃめちゃ近い。
身長が俺と少しだけしか変わらない彼女が、こちらを上目遣いで見ている。まつ毛なっが。
あの日家に運んだ時と同じように、甘い匂いが少しした。おずおずと伺うようにこちらを見る彼女の表情は、すごく━━
突き放すようにして彼女と距離を取ろうとする。その場から飛び退くくらいの勢いだったのに、手を握ったままにされて離れることができない。
「私から手を離したら透明化が切れます。いや、やろうと思えばできるんですけど、疲れるので。まだ」
「あ、ああ。ごめん」
「いえ、大丈夫です……助かりました」
彼女が俺の方を見て、最後に言う。
「適当なところで透明化を解除して、休憩しましょうか」
人通りの少ない場所へと向かおうと、彼女と二人道を歩いた。
仙台駅前。人目のない場所で透明化を解いた俺たちは、ゆっくりと繋いだ手を離した。休憩する、と彼女は言ってはいたけれど、夜ご飯を食べるのには時間がまだ早いし彼女に聞く。
「里葉はどこか行きたいところとかあるか?」
「えっ? あ……どうしましょう。実は私、全然そういうの分からなくて……」
困った様子の彼女が口元に手を当てる。うーんうーんと真面目に悩む姿を見て、不思議に思った。
彼女は東京から来ているし、もっと慣れているのだろうと思っていたのに。
……里葉は少し前から思っていたけど、街中での歩き方が危なっかしいように見える。まだ、感覚的なものでしかないけど。
「じゃあとりあえず、近くの喫茶店でも入るか」
「喫茶店」
スマホを開き、マップで近くにあるカフェを探す。美味しそうなスイーツを提供しているところもあるようで、女子的には嬉しいかもしれない。
「ちょうど近くに評判の良いところがあるみたいだから、そこ行こう」
「は、はい」
歩く速度が妙に遅くなった彼女に歩調を合わせて、目的地へ向かった。
物静かなカフェの中。間接照明が配された落ち着いた雰囲気の店内で、店員さんに案内され席に着く。ちょこんと座っている彼女は、どこか居心地が悪そうできょろきょろと辺りを見回していた。
「ん? どうしたんだ? 里葉」
「あ、いや、いえ……」
「メニューあるぞ。俺が払うから好きなの頼んでくれ」
「え、ええ……」
恐る恐る小さなメニューを開いた彼女の目が、少し大きくなった気がする。なんかさっきから、動きが面白い。
「あの……ヒロ。横文字が多すぎて何も分かりません」
……横文字て。もしかして、全くこういうところに来たことがないのだろうか。
あんなに勇ましく戦場を往く彼女が、ただの喫茶店に死ぬほどビビっている。何か、引っ越しした直後の猫みたいだ。耳をペタンとさせながら、恐る恐る辺りの様子を伺う。
話を聞けば洋菓子の大半がわからないっぽい。あの、ケーキでさえも。和菓子なら分かりますよと主張していたけど、そういう問題でもない。
「飲み物は無難に、紅茶とかコーヒーでいいんじゃないか? スイーツは、もうフィーリングで選んで良いと思うぞ」
「あっ珈琲ならわかりますよ? お姉さまがこれ抜きじゃ生きていけないって言ってました」
「……」
俺はコーヒーとショートケーキを頼むことにする。ショートケーキが嫌いな人なんてあまり見たことがないし、里葉にあげることも出来るだろうからな。
顔を顰めさせながら、里葉がメニューをチェックしていく。めっちゃ綺麗な声でタルト……プリン……とか呟かれても困る。
その時。彼女が俺に見せるように、一つのスイーツを指差した。
「ヒロ。この、くりーむぶりゅれなるものはなんでしょう。新手の妖異種のような名前をしています」
「……あー、えーっと」
里葉の不意打ちに言葉を返せない。クリームブリュレって、何か焼きプリンみたいな見た目した奴だよな……それがモンスターて……
やばいじわじわくる。
「き、気になるなら、頼んでみたらどうだ?」
「ちょっと高いですけど……」
「『ダンジョンシーカーズ』で金も入ってるから、気にしないでくれ。そもそも、里葉は俺に協力してくれてるんだし」
「……わ、分かりました! じゃあこれにします」
頼むものも決まったということで、店員さんに声をかけて注文をした。彼女と先ほどの戦いについて話をすることしばらく。店員さんが頼んだ飲み物とスイーツを持ってきた。
彼女の前には紅茶とクリームブリュレが、俺の前にはコーヒーとケーキがある。
「これが……くりーむぶりゅれ……」
表面の焦がされたカラメルを、里葉がスプーンでつんつんと突いている。木の枝で昆虫突いている子供みたいだな……ダメだ笑うな。
スプーンを手にした彼女が、白いお皿の中にあるクリームブリュレにとうとう手をつける。ゆっくりと口元に運んだ彼女が、意を決してパクリ。彼女の青色の瞳が、キラキラと輝いた。
「ヒロ。これ、すっごく美味しいです。なんかトロッとして甘くて、でも食感があって……こんなに美味しいもの、初めて食べます」
「お、おうそうか。それはよかった」
大人びた美人という印象とは真反対の動きで、パクパクと口に運んでいく里葉。フォークでショートケーキを切り取り、とりあえず俺も一口食べる。ここのケーキ、すごく美味しいな。
「で、里葉。今後はどうする? C級を攻略できることはこれではっきりしたと思うが」
紅茶に口をつけた彼女が一言。甘いくりーむぶりゅれに緩んでいた頬が、シリアスな話になった途端一気に引き締まる。
「ええ。確かに。しかしながら、B級に挑むのは私と同じくらい強くなってからでないと厳しいと思います。それか、私と完璧に連携できるようになるか。そこで、地道にC級とD級の制圧を続けましょう」
……キリッとした顔つきで、俺に道を示す里葉。口元にクリームが付いている。
「……そうだな。今は自分の力量を高める段階にあると思う」
「そうですね。あ、そういえばダンジョンを攻略した後『ダンジョンシーカーズ』を確認しましたか?」
「あ、そういやしてないな……今見てしまおう。あと里葉。口元にクリームがついてる」
「え」
顔を紅潮させ、恥ずかしそうにした彼女があわあわとナプキンで口を拭う。
……可愛いな。
それをあえて見なかったことにして、『ダンジョンシーカーズ』を開いた。
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