第二十九話 攻略:C級ダンジョン(2)
再び石段を降りて、やってきたのは第三階層。他の階層と変わらないように見える赫い空の世界に足を踏み入れた瞬間、その違いを認識する。
なんというか、非常に説明し難いのだが空気が濃いように感じる。呼吸を助けるという『竜の面頬』越しにも、その違いを理解した。
「ヒロ。今ここには、私たちの世界から吸い込まれた魔力が充満しています。このような環境下で活動できるのは限られた妖異だけになる。警戒を」
「ああ。わかった」
彼女の金青の魔力が赫色の空に揺蕩う。彼女に負けないようにと黒漆の魔力を揺らめかせた。
「……! 来る!」
何も見えない、まっすぐなあぜ道だけが続く地平線の果て。そこから現れたのは、鈍色の剣を持つ、六体のオーガ。四メートルほどの巨躯を持ち、鍛え上げられた筋肉を持つそいつらに迫られて暑苦しいなと苦笑する。
初めてのダンジョンでボスだったオーガが今、雑兵と化していた。
「わお。インフレだな。里葉。どうする?」
「……こいつらが最低ラインになる。ヒロ。どうしますか?」
彼女が杖を俺に掲げてみせる。初めてC級に潜る時は絶対に伝えてほしいと言っていたが、こういうことか。確かに、ちょっと笑えない。
「いや、俺がやる。仙台を制圧するためにはこの程度の敵。簡単に討ち取ってみせねば」
「……そうですか。じゃあ私は手を出しませんので、頑張って」
両腕をずいっと動かして俺を応援した彼女が、一歩後ろに下がる。俺たちに近づいていくにつれて、だんだん加速してきたオーガの群れに対し、竜喰を下段に構えて走り出した。
駆け抜け、ぶつかり合う直前。竜喰に全力で魔力を込めて、銀の刀身に青の輝きが灯る。
カタカタと震え出したそれを、解き放つように。
「放てェ! 竜喰!」
奴らに通りすがる手前。薙ぎ払うように、刀を振るった。
真っ赤な世界に濃青が残る。この一振りで殺しきれなかったオーガを喰らわんと、再び竜喰を振るった。
灰燼の降り積もるこの場所。六体のオーガを一人で撃破してみせた。戦闘の余韻に浸る俺を引き戻すように、どこからともなく現れた里葉が俺の肩に手を置く。
「……やはり魔剣があれば、簡単に勝ててしまいますね」
「ああ。それは俺も感じている。もっとも、ただの剣でも負ける気はしない」
「ここは本来諌めるべき場面なのでしょうが……同感です。やっぱりヒロは……少し向きすぎている。慢心しないようにだけ気をつけてください」
「自分より圧倒的に強い人が今隣にいるんだ。油断するつもりはないよ」
真剣そうな表情で頷きを返した里葉が、こちらを横目に見る。
「ヒロがC級でもやれてしまいそうということがわかったので、ここからは二人で行きましょう。速度を上げます」
武装を再び展開し駆け出した彼女を追いかけて、走り出した。
前方を進む彼女の武装が、通り掛かるオーガや一つ目のモンスター……サイクロプスを蹂躙していく。彼女が討ち漏らした敵を俺が倒して、ただただ走り続けた。『一騎駆』の効果のおかげで、効率的な戦闘ができていると思う。
靡く彼女の後ろ髪。飜るコート。土煙が舞うほどの脚力で疾駆し、彼女が敵を打ち破った。
彼女が大半を討ち取ってくれているおかげで、下手したらD級よりも楽かもしれない。
里葉は一体『ダンジョンシーカーズ』のレベルでいったらどれくらいの実力を持っているんだ……? まだ汗一つかいてすらいないし、実力を知りたいとは思っていたが結局分からずじまいだ。
今の俺と彼女の間には、差がありすぎる。
……竜喰がなければあの戦い、間違いなく敗北していた。
彼女が駆け抜ける先。派手なローブを着たオークが魔力の奔流を放ち、それを文様とする。
閃くように輝いた魔法陣から、魔力の弾丸が風を切り飛んできた。前方。それを完全に見切った彼女が、頭を左方に動かすだけで回避する。
第三階層は、近接攻撃を行ってくる敵だけじゃない。障害物を利用し銃を扱う軍人のように、魔法陣を展開して光弾を撃ってくる敵がいる。地に伏していたり、遮蔽物を使う奴らを仕留めるのは至難の業だ。
放たれる魔弾の嵐。彼女の槍が正面にやってきて、残像が見えるほど早く回転しそれを防ぐ。上方より降り注ぐように向かってくる石の塔を、空を駆け抜けた金色の両刃剣が全て撃ち落とした。
……ここには、第一階層にあった飛翔する石の塔も配されている。奴らの戦い方には防衛線の概念が生まれているようにすら思えた。実際、この弾幕を前に身動きを取れなくなる人間は多いと思う。
しかしそれを彼女は、鮮やかに粉砕していく。
彼女を止めようとするオークが、顔を顰めさせながら魔力を放つ。
奴が作りあげた、一際大きい魔法陣から狙いすまし放たれた魔弾。槍は攻撃に回り、今彼女を守る剣はない。
しかしそれが何故か、
右腕をまっすぐに突き出した彼女に応えるように、金色の巨大手裏剣が回転し突き進んでいく。遠距離攻撃を行うローブを着たオークを、障害物ごと彼女が吹っ飛ばした。
藍銅鉱の瞳が、煌めきを残す。
一瞬の綻びが生まれた防衛線に、彼女が勝機を見た。
放たれる金青の威容。彼女が跳躍し、なんということだろう。
飛翔し空を突き進んだ後。彼女は降り立つように敵の群れの中央へ飛び込む。金色の残像が見えたと思った途端、モンスターの血風が吹き荒れ灰燼が空を包んだ。
俺が手を出す暇がない。彼女の戦いは、次元が違う。
敵を蹂躙し尽くした彼女は独り。こちらを見る。戦場の中で毅然とした態度をとる彼女の姿に、思わず見惚れた。なんて、美しい。
そんな俺の様子にも気付かず、彼女が俺の名前を呼ぶ。
「ヒロ」
「……凄まじいな。里葉。君一人でいいんじゃないか?」
「C級までなら、私であれば蹂躙できます。しかしこれよりまた上のB級、A級ともなると、絶対に私一人では無理です」
あれ、拗ねてるんですか? と里葉がクスリと笑った。この前の電話を思い出す。やめてくれ。意外と彼女、ガンガンくるタイプかもしれない。
「それに、時間はかかるでしょうが貴方だってできるでしょう。これ」
「まあ……攻略できそうだなとは思っているが……」
だって、魔剣あるし。遠距離攻撃をしてくる敵に対して、回避できない飛ぶ斬撃を放つだけで全てが解決する。対し、相手の攻撃はこいつに食わせればいい。
竜喰、だいたい食べちゃうんだよな。こいつが唯一食えなかったのは、それこそ里葉の武装だけだ。
「今回私が戦ったのは、ヒロにC級ダンジョンを冷静に観察してほしかったからです。ここは少数精鋭型ですから、雑魚でこれ以上強いのはC級にはいません」
一歩。彼女が俺の方へ歩み寄って、言葉を発する。
「しかし……あそこに見えるでしょう。次の階層へ続く石段が。あの先になかなかの妖異がいる」
彼女が人差し指で石段を指す。宙に浮かぶ武装を手元に引き寄せ、正八面体の形に縮小させた彼女が、それらを裾に仕舞った。
「ヒロ。危ないと思ったら手を出しますが、ボス戦は独りでチャレンジしてみてください。ここのボスを倒せるということは、C級を攻略できるということになるので」
「……わかった。行こう。里葉」
竜喰を握る手に一度力を込め直す。なんかこいつ、さっきからあまり敵を喰らうことが出来ていないので、珍しく不機嫌になっている気がする。ちゃんとうまいもん食わせてやるから。な?
刀とコミュニケーションを取る素ぶりを見せた俺を見て、里葉がじっとこちらを見ている。普通、ちょっと引くよな。彼女の視線の質は、そういう類のものではないけれど。
C級ダンジョンのボス。一歩一歩、確かめるような足取りで石段を降りていった。
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